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大和からの使者

 毎朝の運動、適切な食事、夕方の散歩、寝る前の我慢……アイスクリームを我慢……。


 こんな生活を続けていたら、夏が終わっていた。


 体重の減りが鈍化している。ベルギモ先生いわく、ここからが正念場だそうだ。だいたいの人は、減りが少なくなって諦めてやめてしまうのだが、ここを越えるのが大事だと言われた。


 図書室に通い、これまで手に入らなかった本をかたっぱしから借りて写本していると、受付のカレンとも仲良くなり、本を仕入れる際に希望を聞いてくれるようになった。


 そしてクローネ様との関係は良好そのもので、彼女はわたしが困らないようにしてくれるおかげで、以前のような嫌がらせはなくなっている。本当にクローネ様はいい方だ。これまでこのような関係を築けた相手はいなかったのではないかと思うほどだ。皇太子殿下は南の戦場に行かれて、クローネ様はおひとりで過ごすお時間が増えたので、わたしは暇さえあればクローネ様を訪ねて、音楽や読書を一緒に楽しむ時間を過ごせる。


 ただ、こうして内宮の中枢に頻繁に通うようになったので、これまで知らなかったことをいくつも知ってしまった。


 キングスレイ様とクローネ様はとてもいい関係を築いておられるが、クローネ様は心臓の病で子供を産むのが難しいと言われている。いや、それどころか運動もままならない。歩くのもとてもゆっくりだ。それでも北方大陸最大の国家であるヴァスラ帝国皇帝の三女であるから、我が皇国は彼女を皇太子の妻に縛り続けている。いや、両国がそうしているといえる。


 ギュレンシュタイン皇国は、彼女をおいておきたい。


 ヴァスラ帝国は、娘に原因がある離縁は避けたい。


 ただ、そうなると問題は御子だ。


 キングスレイ様の他に、姉、妹二人と現在の皇室には男子がいない。親戚筋に男子はいるが、そこはやはり直系の御子に皇帝位を継がせたいだろう。


 選帝侯は女性を皇帝に選ばない。理由はお産で命を落としかねないからだ。仮に皇太子殿下の姉君、あるいは妹君たちに御子ができて男子であればと思うも、まだまだ先のことになりそうである。


 ここで、皇帝陛下ご夫婦と、ヴァスラ帝国の帝室の間でどのようなやり取りがされたかはわたしが知るはずもないが、帝国の摂政の娘が皇太子殿下の第二夫人として嫁いできた。


 帝国との関係を維持する目的として、帝室とも血縁である帝国摂政シュバイク候ヴラディミルは自分の次女を送り込んできたのは、ヴァスラ帝国とギュレンシュタイン皇国の両国で影響力を強めたいという意向なのだろう。


 また、シュバイク候はアロセル教団との繋がりも強いと聞く。


 主神への信仰を組織化したといえば聞こえがいいが、信仰を金儲けに利用しているとわたしは理解しているので、主神(アロセル)への信心はあれども教団は苦手だ。その教団の教皇がいる本拠はギュレンシュタイン皇国の東側である。


 教団から帝国摂政に、中央大陸でももっと力を発揮してくれという依頼があって、シュバイク候は帝室をだしぬいていると取られかねない縁談を帝室に認めさせて強行したのではないだろうか。


 ギュレンシュタイン皇国は長年、南の国境を接するゴート共和国と戦争状態だ。


 北方大陸の雄であるヴァスラ帝国との関係維持は、貿易による外貨獲得に大切で、大きな負担となっている軍事費をまかなう為にも必要なのだと思えた。


 そういうこともあるから、シンクレア様は我儘ばかりなのかもしれない。


 そういう彼女を、キングスレイ様は彼なりに大切に扱っているものだから、さらに勘違いがおきてしまっているようにみえる。


 とくに問題なのは、恋愛に自由奔放でいろんな男性に興味をもつことだろう。市井の年頃の女性ならともかく……皇国の皇帝は誰が父親かわからない、なんて影口を叩かれる未来は情けないと宮中で影口を叩かれてしまっている。


 地方にいた時にはわからなかったことも、入ってみると嫌でも情報が入ってくるものだ。


 そしてこの二人は、事情と性格で各国の要人を前に務めが難しい。クローネ様はともかく、シンクレア様は以前、小国の使者をからかって外交問題になったことがあると聞いた……馬鹿なんか? 顔がキレイだけの残念か? と皇国の者として呆れる。


 まぁ、だからわたしたち四人が、追加されて内宮にいるわけで……御子を期待されている三人と、接待係として期待されているわたし、なのだ。


 さっそく、その期待されているお役目がまわってきた。


 外務卿のミレーネ選帝侯から、隣国の大和から王族が交渉でやって来るので、その相手をしてほしいと依頼があった。皇妃陛下は他の予定が入ってしまっているらしい。


 お客様は、大和の王の弟君でホムラ殿という名前だ。大和の言葉で炎と書いて、ホムラ、と読むようだ。


 大和……皇国の北東に位置する小国だが、亜人種との関係は強固であり、金や銀が豊富な土地が領土である。文化も小国なのに進んでいるのは、海洋貿易で北方大陸の各国と繋がっているからだ。その大和との関係は微妙で、先日も国境付近の揉め事が原因で双方ともに軍を動かしていた。


 戦闘では皇国が勝利している。


 今回の交渉は和国側の希望で、停戦を望んでいるだろうと推測できた。


 我が国も南で大戦(おおいくさ)をしているので、北の戦争を長期化することは望んでいない。


 皇帝陛下が交渉するが、相手を二時間ほど待たせてしまうことになるスケジュールらしく、その待ち時間の相手をわたしがする。


 今回の接待係は、待ち時間を退屈せずに過ごして頂く以上に、交渉がうまくいくような前座の意味もあるなぁと考えた。


 行政府の外務関連部署が集まる行政府北棟二階にイエッタとバスケットを抱えて行き、そこで働く官僚の皆さんにお菓子の差し入れしながら両国の現状をあれこれと尋ねた。


 みんな、とっても親切でいろいろと教えてくれる。


 大和は戦争継続を望んでいないが、それは現場と首脳部の総意である。しかし大君オオキミと呼ばれる王だけが鼻息が荒く、周囲は困っているそうだ。それで、なんとか穏便に事をおさめたい人たちの代表であるホムラ様が、大君オオキミには内緒で皇国にやって来られると……。


 夜になり、爺に相談する。


「ただ時間までお過ごし頂くにしても、会話で一刻も間をもたすのは無理だと思うの。いい方法はないかしら?」

「そうですね……何かホムラ様が得意なものを、アメリア様が教えて頂くという場にしたら如何でしょう?」

「教えてもらう?」

「ええ、自分が得意なこと、好きなことを、相手が興味をもって質問してくれば嬉しいものです。私も、アメリア様がまだこんなに小さかった頃、宇宙のことをあれこれと訊かれて、話すのが楽しかったですからね」


 爺が自分の膝のあたりで、手の平をひらひらとさせている。


「そんな膝くらいまでしかなかった? 当時は小さかったのねぇ」


 戻りたい、その頃に。


 やりなおして、小さく育ちたい……。


「アメリア様、大和の文化で興味があるものは? 将棋は彼の国発祥ですが?」

「それが……将棋は皇国だと女のするものじゃないって怒られるでしょ? この家で爺相手にするのはいいけど、迎賓館に将棋盤をもちこむのはちょっと抵抗あるのよね……そういえば、歌があるわ……大和の言葉、ただでさえ難しいから敬遠していたけどいろいろと教えてもらおう」


 それからわたしは、大和の玉露という緑茶を用意し、茶器も大和のものを取り寄せた。さらにお菓子はアーサーに頼んで、緑茶にあうものをと頼む。


 すると彼は、果物のモナカ、というものを考えてくれた。


「その場で作ります。喜んで頂けると思います」


 モナカ、というものは食べたことがある。薄皮の中に餡子と呼ばれるものが詰められたお菓子で、わたしは好みではなかった。口の中の水分が一気に奪われる感覚が苦手……。


 それに、大和ではよく食べられているだろうから、喜んでもらえるのかと疑問に思うも、いつも美味しい料理を出してくれるアーサーが言うことだからと思い、一切を任せることにしたのである。


 そして、当日を迎えた。


 ホムラ殿を迎賓館に迎えて室に通したところで、わたしは一礼とともに名乗る。


「ホムルズ伯爵家のアメリアと申します」

「ご丁寧に……大和のホムラと申す」


 ここで、アーサーが材料とともに現れて、最後の仕上げを始めた。わたしは、急須と呼ばれる茶器に葉を入れて、湯を注ぐ。


 ホムラ殿は、急須と湯呑を見て笑っていた。


「わざわざ取り寄せたので?」

「ええ、お茶はこの道具のほうが美味しいと聞きます」

「いやいや、変わりませんよ、味は」


 そっけない返事だ。でも、緊張がほぐれたような笑みを浮かべていた。


 アーサーが、マスカットと梨のモナカを皿にのせ、ホムラ殿に差し出した。


 彼はひとつを食べて、目を輝かせてふたつ目を口に入れる。


 わたしも食べた。


 美味しい! 果物の甘味としっとり感が薄皮のサクサクとあいまって美味しさが口の中に広がる。梨はシャクシャクした食感の種類ではなく、ねっとりとした果実のものを使っているのは、このモナカにはこのほうがあうと、アーサーが判断したからだとわかった。


 さすがわたしの料理人!


 美味しい。


 ホムラ殿が、アーサーに微笑む。


「おかわりを頂けませんか?」

「はい、承知しました」


 アーサーが一礼し、おかわりを用意する。


「モナカに果物……我が国では思いつかないでしょうな」


 ホムラ殿はそう言うと、緑茶を飲み、頬をほころばせた。


「モナカの甘味、酸味のあとに緑茶がよくあう。貴女はこれを計算して?」

「いえいえ、全てアーサー……この料理人に任せただけです」


 アーサーが恐縮したようにかぶりを払い、おかわりを差し出した。


 ホムラ殿はすぐに手を伸ばし、味わうとわたしを見る。


「過去、無礼な態度をとられたことがあったので心配していましたが、貴女とこうして時間を過ごすことができてよかった」

「過去?」

「ええ、あれは昨年……第二夫人のシンなんたらという思い出したくもない名前の」


 おっと!


 貴方でしたか!


 シンクレア様にからかわれた小国の使者というのは……。


「その者にかわって深くお詫びいたします」

「いえいえ、過去のことをもちだしてすみません。ですが、思い出して比較してしまうほどに、今日は楽しい」


 ホムラ殿は、嫌味なく笑った。


 それからわたしは、大和で愛されている歌に関して彼と話し、限られた文字の中に表現と呪いを込めると聞いて驚いた。


「呪い? こわいですね」

「ははは、例えばそれがしが、貴女にこう言います。薬を飲むと死にますよ……と。失礼、例えです。で、これも立派な呪いなのです」

「言葉が呪いになる?」

「ええ、我が大和ではそう信じられていますので、先の戦い、大君としては呪われたと感じておるのでこじれているわけです」


 戦闘に勝利したギュレンシュタイン皇国の皇帝陛下が、大和の大君に対して、謝らねば滅ぶぞと告げたことは聞いて知っている。つまり、これを呪われたのだと受け取った大君は、それを取り消さないとあくまでも戦争は継続だと言いたい?


 馬鹿らしいと言えば簡単だけど、他国、他民族の価値観を否定するのはよくない。


「皇帝陛下も口が過ぎたと後悔された、と聞いております。陛下の謝罪をもって、貴国の誤解も解かれましょう。双方が手を取りあうのは近いと存じます」


 わたしの言葉に、ホムラ殿は頷く。


 そろそろ時間だ。


「アメリア様、お時間でございます」


 外から声がかかった。


 わたしは席を立ち、皇帝と側近たちが待つ室へと向かうホムラ殿を見送った。




 -アメリア-




 ホムラ殿の接待係を務めた翌日、日課の散歩から帰ると玄関の前に老人が立っていて、爺が応対をしていた。


 老人の後ろ姿には見覚えがある。


 外務卿を務めるミレーネ選帝侯イェルハルド様だ。 


「あ、アメリア様、外務卿閣下が今いま、お越しになられまして……」


 爺の言葉に、二人が振り向く。


 白髪で品のあるミレーネ選帝侯は、柔和な人柄を表したような笑みでわたしを見た。


「アメリア様、突然の訪問、お許しを」

「いえ、とんでもありません。こちらこそ、日課の散歩をしておりましたのでこのような格好で……」


 動きやすい衣装なんです。靴も平べったくて歩きやすいやつ。


 ミレーネ選帝侯がかぶりを払い、笑みのまま口を開く。


「おかげ様で昨日の大和との交渉、無事に終わりました。ホムラ様から貴女のお名前が出まして、依頼した私もたいそう鼻が高うございましたよ」

「とんでもございません。接待係として、当然の務めを果たしただけでございます」


 外務卿閣下は何度も感謝の言葉を述べてくれて、わたしは自分が役にたった実感を得て嬉しく思えた。


 彼が去った後、爺が呟く。


「これまで、接待係でご苦労されておったのでしょう」

「クローネ様とシンクレア様だから?」

「それもありますが、御二方では務まりません。皇妃陛下をお立てになられておったのだと思いますが、皇妃陛下もお忙しい身です。都合がつかなかった場合、外務卿の部下の方々があたられていたと推測しますが……各国の要人を前になかなか大変だったのではありませんか? 面子を重んじる相手である場合、役人が相手をするかと怒る者もおったでしょう」


 わたしは苦笑する。


「役人の方々を軽んじる者が上にいるような国は、きっと長くないでしょう。わたしたちは反面教師にしましょうね」

「至言でございますよ、アメリア様」

「ああ、早くお水飲みたい……イエッタ! イエッタぁ」

「はい!」


 廊下の先、階段からイエッタが降りてくる。


「お水ちょうだい!」

「ただいまぁ」

「それから湯浴みしたぁい!」

「すぐにぃ!」


 イエッタ! 我儘でごめんね!

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、エリザベス様の称号は「皇妃」で良かったのですね。 先にここまで読んでいれば、誤字報告で済ませましたのに。 後で探して報告しようとは思います。
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