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ココア

 六月十日は、宮廷舞踏会が開催される。


 だが、わたしのところにはお誘いは来ていない。


 理由は明白だ。


 わたしがここにいるのは、美しさや美声、優雅な踊りを期待されているわけでなく、頭の中にある脳みそを活かす為だからだ。


 皇室から、はっきりとそう言われたわけではないがエドからそうと聞いているし、今回のお誘い無しの件もあって、改めてそうなのねやっぱり! という自覚でさすがに落ち込んだ。


 でも、アーサーが牛肉の頬肉を赤ワインで煮込んでくれるうえに、スジ肉もトッロトロに仕上げてくれると言ってくれたから、それを食べて嫌な気分を忘れちゃいましょう!


 昼から豪華だぁ……ふふふふ。


 食堂に入り、スプーン、フォーク、ナイフが並べられる前に着席する。爺が赤ワインをグラスに注ぎ、「一杯だけです。あと、料理のおかわりは駄目です」と釘をさしてきた。


 わかってるわよ! わたしだってカロリーは気にしてるの! でも、カロリーは熱に弱いから熱したらカロリーは死んじゃうからゼロになるっていう説があるのを知ってた? わたしはそれを信じたいけど駄目?


 頬肉煮込みが運ばれてきた。


 いい匂い!


 わたしは食べながら、昨晩に作っていた歌劇の脚本をイエッタに読みあげてもらう。


 うーん……文章だけではわからなかった小さな粗が、読みあげてもらうとみえてくるな。やっぱり、本とは違って歌劇の脚本だから声に出して読み聞かせてもらうのが大切だわ!


「イエッタ、読んでいてどう? ちょっと韻にこだわりすぎてるかしら?」

「そうですね。ちょっとわざとらしいかもしれません。あと体言止めが多いような気がしました。断定的になるので強い印象を受けます。ですが、この主人公の女性は優しい方です」

「そうね、ありがとう……はふはふぅ……美味しい! 語尾を直すわ。続けて」


 美味しい料理を食べながら、脚本の読み上げを聞くわたしは、デザートを運んできてくれたアーサーに尋ねた。


「アーサー、歌劇は観賞するの?」

「アメリア様、私なんぞの料理人が見ても意味がわかりませんよ」

「うーん……でも、わたしは歌劇を、多くの人に楽しんでもらいたいのよ。どうやったら、楽しめそう? いえ、逆に歌劇を楽しめないのはどうして?」

「そうですね……一度だけしか見てないですが、意味がわからなかったです」

「意味が? わからない?」

「はい、ストーリーが全くわからないので、何を演じているのかがわかりません。あと、突然に歌が始まるので、それも好きじゃなりません」

「……歌劇を見る前に、物語を読んでおくというのはこちら側の常識を押し付けていたということね……歌が苦手なひとは、そもそも見たくないか……」

「申し訳ありません。好きかってなことを」

「ううん、いいのよ。ありがとう。参考にさせてもらうわ」


 わたしは昼食後、歌劇の変形を作れないかと模索する。


 物語を知らなくても、演者の演技や台詞で物語を追うことができ、なおかつ歌が入らない形式を作ることはできないかと考えた。


 午後の運動の時間になったが、舞踏会が開催されているだろうから今日は遠慮しておこうと思う。わたしなんぞが舞踏会会場の近くをうろちょろとしてたら迷惑だろう……ベルギモ先生、今日は仕方ないので許してください……ん? 運動しないから、その分、食べる量を減らさないと駄目か……?




 -騎士たち-




 オズワルドは舞踏会会場の警備主任として、多くの兵士を指揮している。


 国内から集まった紳士淑女は皆、庶民の年収よりも高価な衣服や装飾品で着飾り、楽しそうな表情で笑いあい、高い酒を飲んでいた。


 本日から開催された舞踏会は、三日間続く。


 その費用は巨大なものである。


 皇帝と妃が上座に着座し、皆の注目を浴びたところで乾杯がされた。


 そして、宮廷楽団が演奏を始める。


 華やかな曲調は大勢の拍手を誘った。


「オズワルド」


 場違いなほどに暗い声で名を呼ばれ振り返ると、皇太子がいた。


「殿下?」

「前を見ていろ」


 オズワルドは、自分に隠れて会場の端っこにいる皇太子の意図に困る。


「どうされたのです?」

「ゴート共和国との戦闘が南の国境付近で行われているが、舞踏会があるから俺の出発は五日後にされてしまった……その抗議で隠れているが、ちょっと頼みがある」

「はい」

「二個連隊を援軍で派遣したい。すぐに……手配を頼めないか?」

「承知しました。部下に走らせましょう。レイムズ卿とマエッセン卿にそれぞれ連隊を率いて頂きます」

「頼む。では、俺はこのまま消えるから」

「さすがにそれはまずいのでは?」

「腐った奴らだ……民や兵の苦労を知らぬ」

「しかし殿下がおられないと――」

「父上も母上も、年間行事を予定通りに実施することに重きをおいて臨機応変をなさらない。これを今、皇宮で開かれていることを前線の兵が知ればなんと思うか……」


 キングスレイはそう言い捨てると、オズワルトの肩を軽く叩いて舞踏会会場からそっと出て行った。


 オズワルドは部下を呼び、皇太子の指示を実行すべく命令を出す。


 その時、会場で黄色い喚声があがる。


 オーリエ侯爵ヴィルヘルムと、恋人のカテリーヌが見事なダンスを披露していたのだ。


 オズワルドは、自分の周囲で二人を見守る貴族たちの会話を聞いた。


「皇太子殿下は戦馬鹿……ヴィルヘルム様ほどの教養と優雅さを身につけられるべきだ」

「おい、滅多なことは言うな。騎士が周りにいるのだぞ」

「はん……下級の貴族に列せられるだけでも迷惑な奴らだ。軍人のくせに」


 オズワルトは、わざと聞こえるように言いやがってという不満を無表情で隠す。


 ここで、皇太子の二番目の妻シンクレアがヴィルヘルムへと微笑を浮かべて近づく。


 その美しさに、会場の男も女も見惚れた。


「オーリエ候、よろしい?」


 シンクレアはカテリーヌからヴィルヘルムの手を奪うように取ると、ざわめく周囲を一瞥しひと睨みで黙らせた。


 ヴィルヘルムとシンクレアが踊り始める。


 オズワルトは溜息をついた。


 皇太子妃であるクローネは、身体が弱く子供を望むのは酷であると彼は知っている。そして、そのクローネの対抗馬として同じヴァスラ帝国から送り込まれた摂政の娘シンクレアは美しいだけの性悪であると評しているうえに、このような場所でこのように男を誘惑するふしだらであると嘆いた。


 彼はキングスレイと学友なので、皇太子と側近騎士という以上の関係だからこそ、目の前の光景にうんざりとするのだ。


 見れば、新しい妻候補者たちが皇帝夫妻の近くに侍り、取り入ろうと必死だ。


 ここで彼は、アメリアの姿がないことに気づく。


「いればわかるのに……」


 思わず口にしたところで、彼は慌てた。


 悪意からではなく親しみから出た言葉であったが、彼女はそれを嫌がるだろうと思う騎士は反省し周囲を窺う。


 部下が近くにいて、彼は手招くと尋ねた。


「ホムルズ伯家のアメリア様を見たか?」


 部下は、「ああ、いつもお散歩されてる気のいい方でしょ? いらっしゃらないですよ」と答えた。


 彼は同僚の騎士へと近づき持ち場を頼むと、会場を離れる。


 この前の嫌がらせの件――本を隠し持っていたリーダー伯爵家パメラの件があるので、今回も誰かが嫌がらせをして、アメリアへの招待状が届いていないのではないかと推測したのだ。


 彼は急ぎ皇室警備連隊のニールセンを探し、会場から内宮への通路を警備していた彼を見つけた。


「おい、アメリア様がおられないのだ」


 オズワルドの言葉に、ニールセンは困惑する。


「そんなはずはない……いや、通られていないな」

「どうしてだ? 皇室から招待されているはずではないか?」

「ともかく……アメリア様のところへ行く」

「頼む。俺は殿下を探す」

「会場におられないのか?」

「南の戦場への出発を遅らせられてお怒りだ。抗議でお姿を隠されておられる」

「……殿下らしいといえばらしいが……困った御方だ」


 二人はそろって苦笑を浮かべ、それぞれに走った。


 オズワルドは、皇太子の姿を内宮の庭で見つけたが、そこに正妻のクローネもいると見て緊張する。


 近づきながら、失礼がないようにわざと存在を二人へ知らせるように足音を立てた。


 キングスレイは、クローネを気遣いながらオズワルドを見る。


「どうした? まだ宴は終わらんだろ?」

「アメリア様がおられません」

「……シンクレアは、招待状を渡していないのか? 迎えに行こう……クローネ、すまない」

「いえ、殿下……あの」

「なんだ?」

「あのアメリア様という方、歌劇の脚本をされておられるアメリア様でしょうか? 先日、お名前をうかがった時にもしやと思いました。ホムルズ伯爵家のアメリア様?」

「そうだが……脚本? わからん。聞いておく」

「もし、そうであるならお話をしたいのです。お繋ぎ頂けますでしょうか?」

「もちろんだ。オズワルド、すまないが妻を部屋に連れて行ってもらえないか?」

「かしこまりました」


 キングスレイは足早に離れた。




 -アメリア-




 歌劇から歌を取り除き、役者の演技で物語が観客に伝わる方法。


 これをわたしは演劇という名称にしようと思った。


 歌劇で作っていた脚本の歌部分をごっそりと台詞にやりかえた後、それぞれの役割ごとに動きや感情はこうだという注釈をつける。


 ふと、この方法はもしかしたら、世の中に多くある英雄譚や恋物語を舞台で役者たちが披露する方法に応用できないかとも考えるに至った。


 おもしろそうだ。


「アメリア様」


 イエッタが部屋に入ってきた。


 時計を見ると午後八時を少し過ぎた頃で、まだ寝る時間ではない。ランプの油を持ってきてほしかったから、ちょうどよかったと思いながらペンを手から離して口を開く。


「ちょうどよかった。イエッタ、ランプの油をとってきてもらえない? もう無くなりそうなのよ」

「それが、ニールセン卿がお見えでして」

「ニールセン殿? 皇室警備の騎士殿がどんなご用かしら」


 わたしは席を立ち、部屋から出て階段を降りる。正面に親切な騎士殿がいらっしゃった。


「ニールセン殿、過日はありがとうございました」

「アメリア様、突然のご無礼、平にお許しください」


 彼は玄関で片膝をつくと、そのまま一気に喋った。


「原因は不明なれど、アメリア様への舞踏会招待状が届いていないのではないかと危惧し参りました次第……皇室の方は全員が参加されますゆえ、皇太子殿下の妻となる予定の貴女様も当然ながら、参加なさる催しでございます」

「……そうなの……ただ、もう今さら遅いわ。これから支度となると時間がかかりますから……また別の機会でかまいません」


 心の中はささくれだっているけど、彼にあたるなんてとんでもないことだ。


 とにかく、今さら遅れて参加したところで恥の上塗りにしかならない。準備もせず、時間も守らず、それならば招待状が手違いで届いていなかったという理由で不参加のほうがマシというもの……。


 こういうことを説明すると、ニールセン殿は暗い表情で「そうですか……いや、そうでしょうね」と言った。


 すると、遠目にこちらへと駆け寄る長身の男性を見つける。


 わたしの視線で、ニールセン殿も振り向いた。


 キングスレイ様だ。


「アメリア、すまない。手違いがあったようだ」


 彼は駆けつけてくるなりそう詫びると、わたしの手を取ろうとする。咄嗟にあとずさりして躱したわたしは、自分でも驚いて目を丸くした。そして、すぐに非礼を詫びる。


「も……申し訳ありません。驚いてしまって」


 殿下も驚いていた。


 わたしは怒られることを覚悟したのに、彼は予想外な態度をとった。


「いや……すまなかった」


 ああ……頭をあげてください。


 その……なんというか、男性に手で触れられるってことに慣れていなくてですね……びっくりしたんですよ。ああ……そんな申し訳なさそうな顔をされると困りますぅ!


 慌てるわたしを前に、彼は言葉を続ける。


「詫びるのは俺のほうだ。なんと謝罪すればよいか……欠席など、妻候補として汚名を残しかねない。婚約の儀で序列が決まるが、そこで不利になる。俺が説明をするから、一緒に会場に入ろう」


 殿下の気持ちはとっても嬉しかったが……もともと序列は最下位確定だろがよ、と思う。

 それに、殿下は今すぐに行こうという態度なんですが、男性の基準で準備を考えてもらうと困るんですよね……。


「いえ、殿下。今さら何の準備もせぬまま参加するほうが恥でございますので、どうかこのまま」


 ムダ毛処理、メイク、衣装選び、小物、アクセサリ……男にはわからないだろうが、女にはいろいろとあるんですよ……。


 皇太子殿下は俯くと少し悩んだようだったが、「わかった」とだけ言い、離れていった。


 わたしはニールセン殿に、お役目の途中にお腹が減ったらどうぞと、チョコレート菓子の包みを渡して送り出した。


 そして自室へと戻り、この前の顔合わせが理由で嫌がらせを受けているのだろうなと思い、寝台に転がる。


 もともと女性として期待されていないはずのわたしが、皇太子殿下と一番多く会話をしていたので、一番の奥方や二番目の奥方には気に入らないことだったのではないか……。これからは気をつけて、彼女たちの気に障らないように対応せねば……。


 コンコン、とノックされて扉が開く。


 イエッタがココアを運んできた。


「アメリア様、辛かったらホムルズに帰りましょう」

「……」

「今日の件、皇室の落ち度です。理由になりますよ?」

「イエッタ、侍女が口出しすることではありません」

「……申し訳ありません」

「でも、ありがとう、イエッタ」


 彼女は微笑みを残して室を出ていく。


 ココアの優しい甘さが、心地よかった。

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[良い点] 《でも、カロリーは熱に弱いから熱したらカロリーは死んじゃうからゼロになるっていう説があるの知ってた? わたしはそれを信じたいけど駄目?》 わはは。物理知識豊富なアメリアにして熱量そのものの…
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