本が届かない
実家から写本が届くはずの日、五月十五日を過ぎた。
今日は五月十六日。
おかしい。
もしかして、昨日は雨だったから荷が遅れているのでは?
困った。
もし、雨の中でも運ばれていたなら、脂紙で包んでいたとしてもすぐに出して確認しないと。
何度も自邸の玄関に立ち、外を見るも誰も来ない。来た! と思ったらお肉屋さんで、アーサーが頼んだ食材を届けに来てくれたのだった。
今夜は牛肉か! ふふふふふ……ふぅ。
こんなことなら、手持ちで運べば良かった。馬車を三台にして運べば、そうとうに高くついただろうけどこんな心配はしなくてよかったはずだ。
その日、結局、荷物は届かなかった。
五月十七日、わたしはイエッタに頼んで王宮の正門に確認をしてもらった。
わたし宛の荷物を積んだ運送業者が通らなかったかと。
帰ってきたイエッタの困惑顔をみて、わたしも困惑する。
「どうしたの?」
「それが、五月十五日に通過してたんです。荷物」
「え? じゃ、なんで届いていないの?」
「わかりません」
どうしたらいいのか……。
もしかして、中身が本だから図書室にいっちゃった?
わたしは散歩ではない運動をする。
外宮の図書室に行くと、受付の女性が笑顔で迎えてくれた。
「アメリア様でしたのね? 仰ってくだされば――」
「ここにわたしの本、来ていないかしら?」
「アメリア様の本?」
受付の女性、カレンに事情を説明すると彼女はかぶりを振った。
「内宮のお荷物がこちらに届くはずがありません」
「まず、どこに届くの?」
「内宮のお荷物は、まず内宮の……皇室警備連隊詰所です」
わたしは彼女に感謝し、内宮へと戻る。詰所はどこかと探すと、外宮と内宮を繋ぐ回廊の二階より上が近衛連隊本部になっていて、その中にあると警邏中の兵士が教えてくれた。
近衛連隊本部に入ると、騎士や兵士たちの視線が集まる。
「ここは女性が来るところではありません」
騎士に注意されたが、事情を話すと理解してくれた。
「失礼しました。ホムルズ伯爵家のアメリア様でしたか……えっと、詰所にご案内しましょう」
皇室警備連隊詰所に案内してくれた騎士が、その連隊の騎士に話をしてくれる。
されたほうが首を傾げた。
「お通ししましたが……たしか、二日前ですね」
「そう、十五日なの!」
必死のわたし。
「えっと、他の荷物もありましたので、よく覚えておりますよ。ホムルズ伯爵家アメリア様宛の荷物が木箱十……これ全部本?」
「ええ」
「……失礼……えっとワーデン伯爵家パメラ様宛の荷物が木箱ひとつ……通過させています」
うん?
わかった。
内宮で、わたしは最も奥まった建物を割り当てられた女だ。そして、荷物を運ぶ業者は、入り口から近い順に荷物を降ろしたに違いない。
ワーデン伯爵家パメラ……本はそこにある!
「ありがとう!」
「あ、どこに行くのです?」
二人の騎士が、わたしを呼び止める。
「パメラ様のところに、間違って降ろされていないかを確かめます」
彼らはそこで、お互いを見合った後に口を開いた。
「同行しましょう」
「ええ、私も行きます。第三者がいたほうが、揉めななくて済みます」
「あ……そうか。疑っていますというようなものですものね」
疑ってんじゃない! 確信してんだよ!
ぜったい、嫌がらせしてんだろ!
騎士が言う。
「ええ、諸侯のご令嬢ですから、面子は重んじるでしょう。さ、参りましょう」
あんたたち、立派よ! さすが騎士よ!
我が弟も、こんな素敵な男性になってほしい。
パメラの屋敷が見えてきた。
近衛連隊の騎士オズワルド殿と、皇室警備連隊の騎士ニールセン殿がわたしの前に立ち、屋敷の玄関を叩く。
「失礼! 近衛連隊の者です!」
ワーデン伯爵家のお嬢様は現れず、中年小太りの男性が顔を覗かせる。あ、家宰さんです。前回会いました。
オズワルド殿が、荷物が間違ってこちらに来ていないかと確認した。
「ありますよ……あれはホムルズ伯爵家の荷ですか? 迷惑だから早く持っていってください」
我々三人の頭の中に、大きな『!マーク』と『?マーク』が生まれたのである!!
玄関からすぐの空き部屋に、わたしの荷物たちが置かれていた。
家宰さん曰く、業者が全て置いて帰ったとのこと。で、荷札もなく、誰の荷物なのかわからないからどうしたものかと困っていて、あやうく、捨てるところだったという。
本を捨てるな!
わたしは木箱十箱というとてつもない量の本を、ワーデン伯爵家の屋敷から、奥まった我が家まで運ばねばならない現実に眩暈をおぼえた。
散歩で体力はついてきたけど、これはさすがに……。
「アメリア様、手伝います」
ニールセン殿、優しい。素敵。
でも……。
「いえ、お役目がおありでしょう? こちらはわたしたちで運びますので、どうぞおかまいなく……家宰様、ご親切に保管くださりありがとうございました」
わたしは一度、自分の家へと戻り、爺とイエッタを呼ぶ。すると料理人のアーサーが何事かと厨房から出て来て、運びものをすると伝えるとついて来た。
二十代半ばで内宮に出入りする料理人だけあって、気遣いができるいい青年だわ!
こうして四人で本を運ぶのだが、重いし量もすさまじい。しかし、一刻も早く本の状態を確かめたい。
木箱のまま運ぶのは無理だとわかり、箱を開けて、持てる量を抱えて往復する。油紙で包んでいる本たちだが、雨の影響はあると持ったときにわかった。いくら油紙でも、大雨にさらされると……。
ひたすら運ぶわたしたちを、パメラは庭に出てきて眺めて笑った。
そして、三人のお嬢様たちが集まり、いつのまにかお茶会の用意を終わらせて、わたしたちの運搬作業を眺めて優雅に過ごされておいでだ……。
いい性格してるわ、ほんと。
キングスレイ様が気の毒だ。
夕刻が迫っても、まだ終わらない。
半分以上も残っている……。
明日にしてもいいですか? なんて聞くわけにはいかない。
すると、ニールセン殿が現れた。いや、彼はたくさんの騎士を連れて、やって来た。
「夜勤の連中と交代したので手伝いましょう」
「ニールセン殿、皆さん、ありがとうございます」
騎士たちが五人、集まってくれて木箱をさっと抱えて運んでくれる。
早く終わる!
オズワルド殿も、同僚の方々を連れて来てくれた。
あっという間に運搬は完了する。
そこでお礼を言って、アーサーに皆へ酒をふるまうように伝えると、騎士たちが喜ぶ。だけど、彼らは本のチェックを先にしましょうと言いだした。
「本は貴重ですから……修復が必要なら、カレン……図書のカレンどのに頼んで人を手配してもらえますよ」
「写本用の本、図書室の奥にたくさん保管してありますから大丈夫でしょう」
「これ全部、アメリア様が写本したのですか? すごいなぁ!」
「あ、このミューレゲイト討伐戦記、読みたい!」
皆さんワイワイと賑やかに手伝ってくれる。
仕事を終えて疲れているはずなのに……。
嫌がらせをされて悔しかったけど、よくしてくれる騎士の皆さんのおかげで笑顔になれた。
わたしは、意地悪な人よりも、親切な人のほうが世の中には多いのだと信じることができたのだ。
―騎士たち―
騎士たちはアメリアから酒を振る舞われ、気分よく内宮を後にする。
ニールセンは、オズワルドに言う。
「荷札、なくなっていたのは嘘だ。俺は見たのだ。だから記録にも残した」
「嫌がらせか。諸侯の娘同士の喧嘩ならどうでもいいが、アメリア様、いい御方だからな」
「ああ、よくあちこちを歩いておいでで、挨拶をしてくださる。騎士相手だぞ? それに俺の部下たちも彼女を知っている……諸侯の姫君らしくない親しみやすい方だと言っている。すごいことだ……この嫌がらせの件、殿下に報告すべきか?」
ニールセンの問いにオズワルドは悩んだが、こう答える。
「近衛連隊の騎士として、報告すべき事案だと思えばしよう……だが証拠がないからな。よけいな混乱のもとだ」
「そうだな……わかった」
二人は同僚たちの輪に戻り、気分よく歩きながらそれぞれの寮へと帰った。