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14/15

誕生

 わたしは暇をもらって、実家へと帰っていた。


 家宰のエドが、皇室への厳重な抗議をおこなった結果、領地加増と賠償金が支払われた。


「お前、もう一度、さらわれてみんか?」


 父上! 


「姫様、軽くなったせいでさらわれてしまったのではありませんか?」


 エド!


 ともかく、しばらく実家にてその後の状況を観察することにした。毎日のように、爺からの手紙が届く。一日遅れではあるが、最新の情報が手に入った。


 それにしても、あの摂政、強引なおっさんだったな。どうせなら、もっと美人で若い子をさらえっての……でも、逃げられないと理解してからの判断は素早く正確だった。


 すぐにわたしを皇国海軍に返し、手打ちへの筋書きを組み立ててその通りにした。皇帝陛下も、わたしは無事であるし、選帝侯への影響力を強めることができる事件ということで矛をおさめる判断をしたのだけど、これは摂政の計算通りというところが変態親父のすごいところだと思う……こうして、皇室はこれを表沙汰にせず、内々で処理を進めたのだ。


 オーリエ候はヴィルヘルムの隠居をうけて、親戚筋のハモンズが継ぐことになった。彼はヴィルヘルムの妻の弟である。別居していた妻側に権力をもっていかれるという屈辱をヴィルヘルムは味わうのだ。


 ざまぁ。


 ざまぁみろ!


 そしてヴィルヘルムは皇国東部の山岳地帯へ領地が与えられ、転封となった。侯爵が子爵となり、妻にはシンクレアをあてがわれるという徹底ぶりだ。


 こうして、仕置きが終わった頃にわたしは呼びかけに応じて、ワーレンハインへ向かう。


 正式に婚約を交わし、皇太子殿下の妻となるために。




 -アメリア-




 誘拐騒動も終わり、夏前におこなわれる結婚式まで、わたしは皇太子殿下の婚約者として内宮で過ごす。


 わたしが二番目、ローズマリーが三番目となった。


 アニータは誘拐騒動に関して、知らずとも協力していたことを理由に宮から追放され、ヴェルズ伯爵家はホムルズ伯爵家に二千万リーグの賠償金を支払うことになった!


 ちなみに、オーリエ選帝侯となったハモンズ君は、わたしの父上の前で土下座し、過去の婚約破棄と今回の誘拐事件の詫びをいれて、一億リーグもの大金を支払っている!


「おまえの嫁入り道具! 好きな物をなんでも買ってやる!」


 父上はこう言って上機嫌だったので、大きな本棚を二つと、それを埋め尽くす量の本を発注させてもらった!


 そして残る一人、ワーデン伯爵家のパメラは四番目と言われたが、順位が気に入らないと言って抗議した両親のせいで、だったらサヨナラと皇妃陛下に言われて追い出された……。


「アメリアに対する嫌がらせの数々、宮中の者たちを軽んじる言動の数々、それらが娘の順位を決めたのです。つまり、そなたらが娘をあのように育てた結果が順位になっただけのこと。気にいらぬなら去ればよかろう。荷物はこちらで運んでつかわす」


 エリザベス陛下はこう言って、慌てて謝罪するワーデン伯爵と奥方の前から去り、その日の夜には、パメラは外に出されることになった……。


 この姑、怖すぎるんだが……。


 気をつけよう。


 皇妃陛下が怖いということを、寝る前の散歩をしながらローズマリーに話すと、彼女は微笑む。


「わたしが叱られたときは、盾になってくださいね」

「……い、や、だ」

「アメリア様が叱られた時は、盾になってあげますから」

「あなた、小さくて可愛いから盾には不安なのよね」

「ひどぉい」


 二人で笑う。


 日課の散歩、彼女が一緒にしたいというので今は二人で歩いている。


 楽しい時間が増えて、嬉しい。


 人に親切にすると、良いことが返ってくるって本当だと思えた。




 -アメリア-




 四月七日。


 陽が沈もうとしているのを、廊下の窓から眺めた。


 廊下の壁に並ぶ蝋台へ、宮中の使用人たちが火を灯し始める。


 わたしは、落ち着かなくてうろうろとしていた。


 皇妃陛下が、その部屋の扉の前で直立したまま、ずっと祈りを呟いている。


 ローズマリーが、わたしの隣で同じくそわそわしていた。


 クローネ様が産気づき、医師や看護師たちが室へと入ってから、どれだけの時間が経過しただろう?


 まだ出てこないってことは、クローネ様が戦っている証拠だ。


 クローネ様……頑張って。


 負けないでください。


 お願いします、神様!


 お願いします。


 奇跡を起こしてくれませんか?


 わたしには、奇跡を起こしてくれましたよね?


 だから、わたしよりもずっといい人で、素敵で、優しいクローネ様のために、奇跡をおこしてください!


 祈りながらうろうろとして、エリザベス様の後ろに立つ。


 ここで、皇帝陛下が駆け足で近づいてきた。


 大きな会議がようやく終わったのだ。


 キングスレイ様も、陛下の後ろに続いていた。


「クローネは? まだか?」


 皇太子殿下が、わたしに尋ねる。


「はい……まだ頑張っておいでです」


 彼はわたしの隣に立ち、扉を睨む。


 その目は潤み、唇は震えていた。


 見れば、脚も震えている。


 わたしは、彼の左手を右手で触れた。


 キングスレイ殿下が、わたしを見る。


「大丈夫……大丈夫です」


 わたしの言葉に彼は頷き、わたしの手を握った。


 ここで、うぶ声が聞こえた!


 世界に生を受けたことを全身で訴えるような、希望に満ちた可愛い声だ!


 皇太子殿下が室に入る。


 皇帝陛下、皇妃陛下も続く。


「クローネ様、やりましたね!」

「本当に!」


 わたしとローズマリーは、抱き合って喜んだ。


 クローネ様、がんばりましたね? 来週には、延期されていた歌劇をご覧になって頂けますからね!


 御子と一緒に、観賞してください!


 最中に御子がお泣きになってもかまいませんから!


 ああ! 早く会って称えて差し上げたい!


「アメリア」


 皇太子殿下の声で、わたしは許可を得て室に入る。


 赤ん坊を抱く殿下と、ベッドを見つめる皇帝ご夫妻。


 わたしは、ベッドへと近づく。


 室内には、赤ん坊だけの泣き声。


 室内には、母親を労う声がない。


 クローネ様に、声をかける人がいない。


 こわい。


 こわい。


 見たくない。


 知りたくない。


 嫌だ……。


「アメリア」


 殿下の声で、立ち止まっていたことを知らされた。


「アメリア、クローネに声をかけてあげてくれないか?」


 殿下の言葉で、クローネ様の侍女テスラが泣き崩れた。


 わたしはベッドへと近づく。


 痩せたクローネ様の、白い顔があった。


 血や、汚物の匂いは戦った証なのだと涙が溢れた。


 彼女の腹部から下は隠されている。


 医師の血塗れの手が、起きた出来事を雄弁に語っていた。


 わたしはクローネ様の頬を撫でた。


「クローネ様……頑張ったのですね? ご立派です……ご……」


 これ以上、声にならない。


 医師が、わたしたちに告げる。


「クローネ様は、間際……腹を裂いて子を救えと私にお命じになられました。私は、このようなすばらしく、勇敢で、お優しい奥方様のお手伝いができたことを誇ります。また、奥方を救えなかった罰は、いかようにも受ける覚悟ができております」


 彼の声は、涙に濡れている。


 キングスレイ様が、クローネ様を見つめて口を開いた。


「よい、そちの罪は、この子を救ったことで不問と処す」


 皇太子殿下は、そこで涙を溢した。




 -アメリア-




 国中が喪に服した。


 クローネ様の葬儀が終わり、内宮の本邸に与えられた空間の一室で溜息をついた。


 わたしは椅子に座り、書き物をする時の机に向かっている。そこには、一冊の脚本が広げられていた。


 十六歳の時に書いたもので、題名は水の乙女と火の青年という。劇中の歌は、作曲家のラーメリー卿に依頼したすばらしいものだ。


 精霊の湖を守るリミアという娘と、彼女を守る青年ウィリアムの物語で、クローネ様が好きだと言ってくれた物語だ。


 だから、クローネ様は、御子のお名前をウィリアムにしたいと、遺言で残されていたに違いない。

 これで御子は、ウィリアムと名付けられた。


 わたしは、彼女の遺言の意味を、もっと深く考えている。


 クローネ様は、とても弱々しい印象を皆に与えるが、芯は強く、しっかりとした女性だった。だから彼女は、自分の出産を楽観せず、真摯に向かい合っていたのだ。


 クローネ様は、本当はわたしに直接、伝えたかったのかもしれない。


『アメリア、わたくしが万が一の時は、我が子のことをお願いね』


 こう言いたかったのではないかと、勝手に理解をした。わたしにこれを言わなかったのは、わたしが泣き出さないようにと配慮してくれたのだ……皇帝陛下と皇妃陛下から、クローネ様のことを聞かされて、泣き顔で訪ねたわたしを彼女はよく覚えていたのだ……。


 最後の最後まで、わたしのことを気遣ってくれた。


 脚本に、滴が落ちる。


 原本はこれしか残ってないけど、クローネ様を想って流す涙で濡れるのは、しかたないことじゃないかと思ってしまう。


 扉が叩かれ、わたしは涙を止められないまま返事をしてしまった。


 キングスレイ殿下が、イエッタに案内されて入ってきたけど、わたしの顔を見て、無理に作っていた笑顔を一気に崩した。


 二人で、抱き合って泣く。


「アメリア……クローネのために、ありがとう」

「うぅ……くやしいです……もっとして差し上げることはあったのに……もっとできることはあったのに」

「考えすぎだ……」

「殿下……ごめんなさい。ごめんなさい……なにもできなくてごめんなさい」


 わたしは、葬儀が終わるまで気丈に振る舞おうとしていたせいで、ここにきて歯止めがきかなくなった情動を殿下に晒してしまった。


 今、もっとも取り乱したいのは殿下のはずなのに、わたしはそんな配慮もできないまま、涙を流し、嗚咽を止められない。


 強く抱きしめられた。


「アメリア、ありがとう。君がいてくれてクローネは幸せだったに違いない。アメリア、ありがとう」


 わたしは、殿下の腕の中で泣き続けた。


 ごめんなさい。


 殿下、弱い人だなんて思ってごめんなさい。


 あなたは、強い人です。


 そして、とても優しい人です。

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― 新着の感想 ―
[一言] うう…クローネ…! 助からないだろうなぁと思ってたけど実際そいなると辛いなぁ…。 いっしょに抱き合って故人を偲べる相手がいて、殿下はしあわせですね。
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