解決
-ニールセン-
ニールセンは、警備の者たちが魔法で眠らされ、さらにホムルズ伯爵家のアメリア姫が誘拐されたとあって、降格処分を受けたが、犯人逮捕まで処分は保留とされた。
彼は自分のため、というよりもアメリアのために冷酷な捜査官となる。
「内宮に賊がひそんでいた。馬車も用意されていた。内通者が宮にいるのだ。お前たちの誰かだ、わかるか? 俺の言っている意味が!」
ヴェルズ伯爵家のアニータ、リーダー伯爵家のローズマリー、ワーデン伯爵家のパメラを前に、地位も身分も爵位も無視した騎士が凄みのある表情と声で迫る。
この時、ローズマリーが勇気を振り絞って口を開いた。
「最近、アニータ様が新たに男性の使用人を迎えられましたが……人数があまりにも多いと思い気になっていました」
「な! あんたなんてことを!」
激昂したアニータが、ローズマリーの髪を掴もうとするも、ニールセンがそれを阻む。
「ヴェルズ伯のアニータ嬢の邸を調べろ」
彼の指示で、兵たちが邸内へと踏み入った。
ここで、都での変を知ったパメラの両親が、領地が都に近いこともあって皇宮へと到着したが、近衛連隊の兵たちが彼らを外宮へ留める。
皇室警備連隊の騎士と兵士が、アニータの邸宅を徹底的に調べた。
「ニールセン様! ヴェルズ邸の馬車の車輪の跡が、アメリア様を連れ去ったと思われる馬車と同じものです」
「地下室に、計画書を燃やした痕跡があります」
兵士の報告に、ニールセンはアニータの髪を掴む。
「無礼者! 痛い!」
「まだお前は殿下の奥方ではないからな! 遠慮せぬ! そういえば、お前はシンクレアとつるんでアメリア様に嫌がらせをしていたな! 覚えているぞ、小娘!」
「騎士の分際で! 父上に頼んで死刑にしてもらうわよ!」
ニールセンは娘の頬を殴りつけ、再び髪を掴むとその両目を睨みつけた。
「俺は死罪になってもよいからお前の顔に傷をつけてもいい。どうだ? 知っていることを話せ」
「わ! わたくしは何も知らぬ! ただ、シンクレア様から使用人たちを屋敷にいれて、いろいろと教えてやってくれと頼まれたの!」
「シンクレアからの頼みで、男たちを迎えたのだな?」
「そう! そうです!」
ニールセンはそこで貴族の娘たちを解放するように兵士たちに告げると、自らは馬を駆り、部隊を率いてシンクレアの屋敷へと急いだ。
彼が指揮する皇室警備連隊一個中隊一〇〇人は十名の騎士と九〇名の兵士からなる。その指揮官として、シンクレア邸への突入を命じた彼は、兵士たちから驚愕の事実を知らされた。
「もぬけの殻です」
「誰もいません!」
ニールセンはすぐに皇太子に報告すべく早馬を出すと、自らは部隊を指揮して屋敷の調査を行う。
「ニールセン様!」
一人の兵士が、チョコレート菓子の包みを持ってきた。
「廊下に落ちていました」
「この包装紙! アメリア様だ! おのれ! 尻軽を捜せ!」
彼は怒りのまま怒鳴り、自らも走った。
屋敷の外に出て、厩舎を覗いて空になっていることを確認した時、あの女が一人でこれをできるかと思い至る。
アメリアに嫌がらせをしたいのは彼でもわかるが、誘拐となるとそれはもう嫌がらせではない。
ここで皇太子からの伝令が駆け付けてきた。
「報告! 皇帝陛下が港町の封鎖、国境の封鎖をお命じになりました。すでに出港した船もあり、軍船で追跡を開始しております」
「わかった。各地への周知伝達を急げ」
「は!」
国境を封鎖?
ニールセンは悩む。
たしかに国外に出られるとまずいが、こうも早く、その可能性に気づいたのは理由があるのではないかと。
彼はだが、すぐに悩むことをやめて指示を出す。
「どこに逃げたか探せ! 必ず痕跡があるはずだ!」
-アメリア-
わたしは長い距離を運ばれた……身体のあちこちが痛い……狭いところに閉じ込められてどれだけの時間が経ったのだろうか……途中、女の人が世話をしてくれたけど、あれは誰だったのだろう? というか、誘拐にしては丁寧な対応だったような……お手洗いもその女性が手伝ってくれたし、ご飯もお水も口に運んでもらえて……びっくりするくらいに美味しいスープだった!
……。
ともかく、誘拐されたのはわかった。
で、今は何か部屋の中に座らされた。大勢に囲まれているのは気配でわかる。
声が聞こえる。
「閣下、ご到着しております」
「乱暴な真似はしてないだろうな?」
誘拐は乱暴でしょうが!
ここで、目隠しを外される!
目の前に立つ、その男性を見て言葉を失った。
帝国の摂政!
「縛られたそなたを見るとそそられるな」
変態! 変態親父!
シュバイク候……わたしを誘拐したのは帝国のおっさんだったのか!
「閣下……これは一体、どういうことでございますか?」
「そなたが欲しかったのだ。貴国の陛下は譲ってくれぬ……ならば馬鹿を使ってさらうしかないと思ってな……」
「あの……帰らせてくださいとお願いをしても無駄でしょうか?」
「ここはもう貴国の領海から出た公海上だ。船で待っていたのだ……さ、帝国に行こうか」
勘弁して!
この強引なおっさんを誰か止めたらんかい! という気持ちで周囲を窺うも、兵士たちは真面目な顔で直立していてわたしを助けようという人はいない。
敵だらけ……。
「閣下、国際問題になりますよ?」
「娘への扱いに対する抗議のひとつとでも言っておこう。艦長へ加速を命じよ」
「は!」
宰相の命令に、兵士が応えた直後だった。
空間が揺れて、宰相がよろけた。
わたしは床に座っていたけど両手を背で縛られていて、床の上をゴロゴロと転がる……。
壁にドーンとぶつかった!
痛い……うぅ……手がグキってなった! おでこをぶつけただけでなく手まで……。
兵士たちの怒声が聞こえる!
「皇国海軍だ!」
「問答無用で突っ込んできた!」
「応戦しろ!」
「馬鹿野郎! 命令を待て!」
「閣下! 如何いたします!?」
ここで、士官に助け起こされたシュバイク候が叫ぶ。
「さっさと応戦しろ! 船の速度をあげよ!」
なんとか……味方の船に逃げ込めないか?
わたしは壁に身体をおしつけ、なんとか立ち上がる。
ここは? 船のどこ? 船倉? 脳内にこれまで読んできた設計図をいくつも甦らせる。同時に、帝国の摂政が乗る船だから大型に違いないと推測した。
帝国の軍船の種類で大型のもの……ジェームス級だと仮定すると、船倉の上には武器庫や火薬庫……窓はもっと上まで行かないとな! 揺れた!
揺れる視界の中に、隣室への扉を見つける!
わたしは揺れを利用して、一気に扉へと突っ込んだ!
わたしの得意技! 体当たりを舐めんな!
ドーン!
跳ね返された……。
痛い!
おかしい!
は!
ダイエットで、痩せてるから威力が落ちてる!?
なんてこと……。
失意で崩れおちた時、帝国兵たちに立たせられた。
「無礼者! 触るな!」
両手を縛られているから、抵抗も防御もなにもできないし、武装した兵士たちを相手にとっても怖いけど、わたしは懸命に叫んだ。
帝国兵たちが驚いたように固まるが、上へと通じる階段をあがろうとした摂政が、こちらを見て口を開く。
「いいから連れてこい」
兵たちに掴まれ、あれよあれよと上へと運ばれて……くそ! ダイエットなんてするんじゃなかった!
わたしは甲板に運ばれる。
摂政は、わたしの顎を掴むと微笑む。
「俺の女になるなら連れて帰ってやるが、断るならあいつらの盾にしてから海に捨てる」
あいつら……皇国海軍か!
船がもうすぐそこに迫っていて、いや、体当たりをした後、距離が開いたからまた接近してきているんだ! 皇国海軍の軍船の甲板には、武器をもった兵士たちが多数……。
「返事をしろ」
シュバイク候の促しに、わたしは恐怖で脚が震えている自覚があったけど、勇気を振り絞った。
「わたしの夫は、殿下一人と決めております」
「わかった」
シュバイク候はそう言うと、皇国海軍に向かって声を張った。
「許せ! ちと戯れが過ぎたわ! アメリアどのはここにいる! ご無事だ!」
この親父ぃ……試しやがって、この!
わたしは変態親父の脚を蹴っ飛ばそうと足を動かすも、帝国兵たちに邪魔をされて蹴りは彼にとどかなかった。
-キングスレイ-
アメリア誘拐に、シンクレアが関わっていることを知らされた皇帝は、彼女の父親が交渉の席でアメリアに執着していたことを思い出した。
「シンクレアの件の仕返しも含めてかな? 必ず生かされているに違いない。北方大陸への船便は全て立ち入り調査をするように。海上にも船を遣わせて徹底的に捜せ」
この命令の結果、公海上に停泊する帝国籍の船を皇国海軍が見つけ、無事にアメリアを救出できたのである。この追跡を指揮していたのは騎士のオズワルドだった。
一方で、陸路での捜索をおこなっていた皇太子は、アメリア救出の報と同時に受け取った情報をもとに、オーリエ侯爵邸へと急行した。
屋敷の執事が、皇太子来訪に驚くも、騎士たち、兵士たちを引き連れたキングスレイを止めることはできない。
皇太子は、オーリエ候の寝室へと入り、恋人のカテリーヌと戯れていたヴィルヘルムを見つけた。
「やぁ! アメリアの元婚約者」
キングスレイの挨拶に、ヴィルヘルムは半裸のままベッドから飛び出し、慌てて衣服を着ようとして転倒した。
「君は、シンクレアと通じていたようだね? 証言がでているよ。アニータがね、話してくれたのさ」
「ま! まままさか! 殿下の奥方に――」
「もう他人だからかまわないよ。でもね、アメリアに手を伸ばしたのは失敗だったよ、君は」
キングスレイは笑みのままベッドへと近づき、カテリーヌの髪を掴むと外へと投げ飛ばす。
女の悲鳴に、オーリエ候の悲鳴も重なった。
「帝国の摂政殿とは手打ちにするよ。君のことを差し出してくれたからね」
「で……殿下、それは彼が仕組んだことで俺は――」
キングスレイは、ヴィルヘルムの言を遮り、低い声を出す。
「黙れ……実行したのはお前だろう? さて、裁判で死罪を言い渡されるか、ここで殺されるかを選ばせてやる」
「死罪!? たかが地方貴族の娘をさらっただ……」
キングスレイは、単純で馬鹿な男を嘲った。
オーリエ候ヴィルヘルムは、自供をとられたことに気付き、皇太子を睨む。しかし、圧倒的に不利であることから、怒りや恥辱は許しを請う懇願へと変化する。
「殿下、脅されたんだ。俺は帝国の摂政に」
「脅されたことを差し引いても、オーリエ候には別の人物がふさわしいだろうね……どうする? 譲って隠居するなら世間には公表しないでおこう」
「……お願いします!」
「……わかった。他ならぬ君の頼みだ。あ、アメリアを譲ってくれてありがとう。彼女はとても素敵だ。よかったよ、君みたいなクズに嫁がなくて」
皇太子は微笑むと、兵士たちに命じてカテリーヌを縛り上げる。
どうして? という目のオーリエ候に、キングスレイは笑みのまま言葉を放った。
「彼女はこちらで預かる。君の悪巧みをいろいろと知っているだろうからね……」
ヴィルヘルムは喉を鳴らした。
それは、カテリーヌが証言したということで、自分はいつでも投獄される立場になってしまったこと知ったからだ。そして身に覚えのない罪でも、言い逃れができなくなってしまったことを気付かされたからだ。
膝から崩れ落ちたヴィルヘルムを、皇太子は一瞥もしなかった。