帝国の摂政
十二月五日の午後。
いつものように、ローズマリーを誘ってからクローネ様を訪ね、三人でわたしが作っている脚本の読み合わせをおこなって遊ぶ。
これは演劇向けのものだ。歌劇ではなく演劇だけの脚本を作るのは、歌劇が苦手な人でも楽しんでもらいたいと思うから。
アーサーのような人たちが劇場に足を運んでくれれば、入場者数が増える。これが続き、劇を楽しむ人口が増えることで、携わる人たちの収入増に繋がるから業界が助かるのではないかと思って試作しているのだ。
休憩の際、ローズマリーのヴァスラ語が上達したと喜ぶクローネ様と、感謝を述べるローズマリーのやり取りにほっこりとする。
お水を飲むクローネ様が、ここで思い出したように立ち上がると、目立ち始めたお腹を撫でながら卓へと近づき、ひき出しから封筒を取り出した。
「殿下からの手紙が昨日、届いたのです。年明けにはご帰還なさるそうです」
よかった。
つまり、ゴート共和国軍が撤退したってことだ!
よかった!
半年も続いた戦争が、ようやく終わる。
それから三人で読み合わせを再開し、キリがいいところでわたしとローズマリーはクローネ様の室を辞した。
侍女のテスラどのが、室の外まで見送ってくれた。
「お二人のおかげで、姫様は最近、医師の先生にお加減がいいとまで言ってもらえるほどお元気です。本当にありがとうございます」
「とんでもありません。こちらこそ脚本を手伝って頂いて恐縮です」
わたしが辞儀をすると、ローズマリーが目を伏せて口を開く。
「はい。ヴァスラ語を丁寧に教えて頂いていますし、こちらが感謝を申し上げます。それに、テスラ様にも感謝いたします。いつもご親切にしてくださってありがとう」
ローズマリーは、少しずつ大人になっていると思う。
微笑む侍女に挨拶をして、それぞれの屋敷へと帰る際、わたしはニールセン殿が内宮と外宮の連絡通路を歩いているのを見つけたので、挨拶をした。
「ニールセン殿、こんにちは」
「あ、アメリア様、いつもお綺麗ですね」
「会う度にお世辞を言われると、勘違いするからやめて」
笑顔で歩み寄ると、ローズマリーがわたしだけでなく、騎士であるニールセン殿にも会釈をして自邸へと帰っていく。
「彼女、笑顔を見せてくれましたよ……」
ニールセン殿が言うのも無理ない……貴族のご令嬢さまたちは、自分より身分が低いとされる相手は完全に無視しがちだ。これは、そういう環境で育ってきたから仕方ないことかもしれない。
だけど、ローズマリーはわたしが伝えたことを、自分なりに理解して実践してくれているのだと思えると、嬉しく感じた。
「貴族のご令嬢で、我々にも笑顔を見せてくださるのはアメリア様だけでしたから驚きましたよ」
笑うしかない……。
というか、わたしは特殊なことはしていない。
いや、こう思うのは父上の影響だろう。
父上は、伯爵であり領地では最も偉い人だけど、いつもニコニコとしている。それは機嫌が悪い時であっても、臣下や領民の前ではニコニコ顔を作るのだ。
以前、理由を訊いた時、父上が教えてくれた。
「上に立つ者が不機嫌だと、下の者たちは俺の顔色ばかりを窺うようになる。俺は伯爵として、臣下や領民が働きやすく、暮らしやすく、訴えやすく、相談しやすい状況をつくる義務があるのだ。だから皆の前ではニコニコするが、お前たちの前では許してくれよ」
わたしはこれを聞いてから、外では笑顔でいるように努めてきたし、これからもそうだろう。そんなことをニールセン殿に話すと、彼は感心しましたと言ってくれる。
「素晴らしいお父上です」
「ありがとう。父上のことを褒めてもらうのは、素直に嬉しいのよ。それはそうと、殿下がお還りになると聞いたわ。勝ったのね?」
「ええ、南の戦況は一気に好転しました。我が軍の攻勢に、敵主力は一気に南側に逃れたようですよ……内海の南、さらに共和国領内へと軍を進めてベルガ湖を押さえてから停戦交渉でしょう」
「内海の南……ベルガ湖までを?」
「ええ……」
わたしは、脳内に地図を描く。
たしかに、内海を全て押さえておくために、ベルガ湖を押さえておくのは大事だ。というのは、この湖と内海を結ぶ河を使って、共和国は軍や物資を北へと大量に、素早く動かせるからである……だから、これを防ぎたいのはわかる。
しかし、それは内海の南側一帯からベルガ湖までを支配下に置く、ということと同義ではないし、共和国軍が一気に後退したという点が気になる。
名将ザンニバルが敗れた理由が、わざと撤退した敵を追ったことで、補給線を確保しないまま共和国内へと深く入りこみ、後方を遮断されて包囲されたと歴史を学んで知っていた。
わたしは彼と別れてから屋敷へと戻り、夕食を楽しんだ後、手紙を書くことにした。
現場から離れたわたしが、軍事行動に関することに口を出すのはお叱りを受けるかもしれないが、クローネ様と御子の為にも、殿下にはご無事に帰ってきて頂きたい。
だから、差し出がましいとわかっていながらそうしたのである。
ゴート共和国軍の撤退は偽装かもしれず、殿下の軍を領内へとおびき寄せたうえで、退路を断ち、殲滅する作戦かもしれない……これを図書館でのやり取りを謝るような文章で書いた。
伝わりますように……。
手紙は翌日、クローネ様に手渡し、彼女から送って頂くようにする。
これで間違いなく、届くはずだ。
ご無事で、お帰りになってください。
-キングスレイ-
十二月九日。
キングスレイは、野営地の幕舎で、届いたばかりの手紙に目を細めた。
二通ある。
クローネからのものはこれまでと同じだが、アメリアからも届いていた。彼は、もしかしたら自分が彼女に嫌われているのではとオズワルドに話したことを、彼が余計なお世話でアメリアに手紙を送り伝えた結果、これが届いたのかもと想像したものだから苦笑を浮かべつつ、封筒をナイフで切って便箋を取り出す。
手紙は、王都では皆、変わりないことから始まり、クローネに脚本の制作を手伝ってもらっていること、そしてローズマリーにクローネが語学と心構えを教えていることに続く。そして最近、図書館でキングスレイとザンニバルの失敗に関して議論したことを思い出して、とても恥ずかしくなったと同時に、あの時の詫びをしていないと気付いたので、謝りたいと記してあった。そして、彼が無事に帰ってくることを毎日のように祈っていると結んである。
「アメリア、字が綺麗だ」
彼は感心し、便箋を眺める。そして、この手紙をアメリアが出した意図に悩んだ。
彼女は、彼に初めて手紙を書いた。それにしては、そっけない。夫になる予定の男性に出すには、あまりにも淡々としている。だからキングスレイは、アメリアがわざわざこんな手紙を書いて寄越すには、なにかしらの理由があると受け取った。
たとえば、彼の母親である皇妃から、たまには手紙のひとつも出してあげなさいと言われて、渋々と書いた可能性もあるが、彼は母とアメリアがそういう人たちではないと思い、すぐに否定する。
キングスレイは再度、手紙を最初から読んだところで、唐突に図書館での出来事が書かれていることに気付いた。
ザンニバルの失敗は、補給線を無視した強行……正面の敵を叩けば、共和国が降伏するものとして決戦へ持ちこもうとしたことで、補給線を攻撃してきた別働隊に退路を断たれ包囲されて敗れている。
キングスレイは近侍の少年に声をかけ、幕僚を集めるようにと命じた。
四半刻後、彼は自分の幕舎から外に出て、篝火に照らされた作戦卓を囲む面々に問いかける。
「敵の逃げ方が派手だし、思いきりがいい。このまま南下し、ベルガ湖を押さえるべく動いているが、この湖を押さえたいあまり、共和国領内に深く入りすぎているかもしれないと悩んでいる。どう思うか? 率直な意見を言ってほしい。俺は考え過ぎかな?」
幕僚の一人が、問いに問いを返す。
「殿下らしくもない。何があったのですか?」
彼とすれば、ここに来て迷う皇太子にこそ不安を覚えるというものだった。
キングスレイは頷くと、ザンニバルの失敗を口にする。
「皇国の歴史において、ザンニバルとレイノルドは並び称される名将といえる。前者はとくにゴート共和国との戦いにおいて、十戦し九勝したが一敗を喫し、その一敗が大きすぎて命を落とした……ベルガ湖畔の戦いといわれているが、当時の人たちが残した記録を読むことで、戦場は湖畔だけでなくもっと広域であったと考える者がいる――」
彼はアメリアという名前は隠して、皆に伝える。それは彼女が言いだしたことだと言えば、遠く離れた都でなにを言うかと、彼女に反感を覚える幕僚がでてくることを危惧したからだ。
「――その者が俺に言ったのだ。ザンニバルは決戦を急ぐあまり、補給を軽視した……正面の敵が逃げるので追撃し、湖畔で追いつき決戦にもちこんだが、後背を脅かされ補給線を断たれ、敵領内にて孤立し包囲された……たしかに彼が戦った場所はベルガ湖畔だが、そこに誘き出されたともみえる……重要な場所ゆえ、今回の俺も過去の彼も、ベルガ湖畔を押さえたいあまりに、それを敵に利用されているのではないか? ……お前たちがこの不安を払ってくれるものと期待して集まってもらったのだ」
幕僚の一人が、咳払いをして口を開く。
「過去から現在において、ゴート共和国が攻め、我々が迎え撃つ状況の因は、内海とベルガ湖を繋ぐレーム河の水運を使う彼の国が、移動や輸送に有利だからです。よって、内海を押さえるにはベルガ湖も同時に押さえる必要があり、現在の軍行動は当然と考えますが?」
幕僚たちが頷くなかで、オズワルドだけがじっと卓上の地図を眺めていた。
キングスレイは、友人であり相談役の騎士が、必ず意見を述べるだろうと思い無言で待つ。
すると、やはり彼は皇太子に一礼し、考えを口にした。
「殿下、さきほどの言、殿下の不安を払うものではございませんでしょう。では、どうするか……まず索敵範囲を広げます。これはすぐにおこないましょう……敵別働隊の怪しい動きがあれば、そちらを優先し叩く」
彼は、卓上の地図を指で示しながら続ける。
「索敵範囲は今の倍。現在、我々は共和国領内に入っておりますので地の利はあちらにありますが……予報士!」
彼の声で、天候を予想する学者が一礼し進みでる。
「明日以降の天候に変更はないか?」
「は……明日からはしばらく雨……雪になる可能性もございます。これは定期的にお届けしている情報の通りで、変わりありません」
オズワルドは頷くと、皇太子ではなく皆を眺めて言う。
「俺が敵指揮官であれば、悪天候こそ別働隊を迂回させるに適した天候と考える。地の利はあるのだ……これまで展開させておいた周辺の連隊を一気に動かし、皇国軍の後方を遮断、この情報をわざと皇国軍に掴ませる。ここで他の連隊群を動かし、進むか退くかで迷う皇国軍本軍を包囲……壊滅させたうえで再度、北上して内海の南側沿岸を押さえる……殿下」
オズワルドは、皇太子に問う。
「私はこう愚考します。よって、この可能性を消すためにもすぐに索敵範囲を広げ、騎兵で統一した連隊を編制します。敵発見後に、騎兵の機動性を生かして即時攻撃します」
「わかった。オズワルドの案を採用する」
皇太子の言で、幕僚たちが頷きあう。
そして翌日の昼、キングスレイは皇国軍後方へと進出を企む共和国軍の連隊群を発見したという報で、撤退を決めた。
皇国軍の後方へと回りこもうとしていた敵戦力は、判明しているだけでも一万にも及ぶもので、十個の連隊からなる。
さらに増える可能性もあった。
キングスレイは、オズワルドの進言で編制を終えていた五個の騎兵連隊を後方に派遣する。
ここで、彼は殿を誰にするかで悩んだ。
オズワルドが、彼の前に進み出る。
「私めに殿をお命じください」
「……わかった。殿を命じる。必ず生きて還れ」
「は……承知いたしました」
キングスレイは、すぐに馬上となった。
-アメリア-
十二月も半分が過ぎた頃……ちょっとばかし面倒なことになってきた。
ヴァスラ帝国から、摂政がやって来る。
原因は、シンクレアの貴族化。
うちの娘を何かってに追い出しとんじゃ、ワレ! と言いに来るに違いない。
そして、その接待役を任されてしまった……。
いや、全力で取り組みます。
ま、だいたいがですね、おたくの娘さんは本当に最低の女なんですわ、と言ってやりたい気持ちを殺して接待をする必要があるので、わたしも会話を楽しめるものでもてなそうと決める。
摂政は、碁が好きという情報をニールセン殿が仕入れてくれた。情報部に親友がいると言って、そこから聞いてくれたのだ。
すばらしい騎士! 弟も、こんな有能に育ってほしい。
そして十二月も終わろうという二十五日、ヴァスラ帝国の摂政シュバイク候がご登着された。
恰幅のよい貴人だが、目付きは獰猛な獅子だ。北方大陸最大の国家の重鎮が、わざわざ娘のために来るとはよっぽど親馬鹿なんだろう。
皇帝陛下との会談は明日である。前日に迎賓館に入られた彼に、わたしは挨拶をした後に、碁盤と碁石を運び込んだ。
「おや? アメリアどのは碁をされるのか?」
「ご教授くださいませんか? 彼の国でも相当な腕前を耳にいたしました」
「ほう、こちらこそ貴女の噂は聞いていますよ。博識な方だと……よろしい。うちましょう」
爺がここで緑茶、紅茶、珈琲を用意した。
シュバイク候は珈琲を選ぶ。それにあわせたお菓子をアーサーが隣室で用意してくれる。
林檎のタルトが運ばれてきた。それも、片手で掴んで食べられる工夫がされている。
さすがアーサー! さすがわたしの料理人。
碁のほうはやはり強い。わたしは碁の先生である爺の相手をするくらいで、対戦相手に恵まれていないが、彼は帝国であらゆる人と打っているのだろう。
余裕がある。
一方、我が皇国では、将棋や碁などは男がするものとされていて、わたしが嗜むことはあまりいい顔をされない。だからこっそりと、爺やニールセン殿相手に楽しむだけだ……。
碁をうちながら、シュバイク候が口を開く。
「我が娘ながら情けない。ご迷惑をかけていたのではありませんか?」
「とんでもございません。皇妃陛下もそのようなことで今回のご決断に至ったわけではありませんでしょう。あくまでも関係性の微妙さを憂いてと存じます」
「というと?」
「ヴァスラ帝国の皇室の姫様であられるクローネ様がご懐妊あそばした。もともとお身体が弱いという事情があるにせよ、仮に……万が一のことが起きた場合、それは本当に自然なことであっても、疑う者が生まれます」
「……」
「皇妃陛下は、その疑いが生じる余地がないよう、シンクレア様を守るためにも、ご懐妊判明後すばやくご決定あそばしたものと愚考いたします。また、それを受け入れたシンクレア様は淑女の鑑と存じます」
「貴女は男で生まれてくればよかったのに……」
「皇帝陛下からもそう申されましたが……わたしは女である自分が好きでございます」
「許してくれ。そうだな……貴女のいう落としどころにもっていくのが、両国の関係を保つにもいいか……我が妻や親族たちも納得しよう」
シュバイク候は薄く笑うと、非情に厳しい手を打ちこんできた。
ぐ……これはいかん! 圧倒的劣勢になってしまう強打! 絶妙の一手だ。
わたしは思わず彼を見つめた。
ヴァスラ帝国の摂政は、満足そうに笑う。
「碁まで負けるわけにはいかんよ」
「……お見事すぎて言葉がでません」
「貴女はまだ皇太子の妻になったわけではあるまい?」
「はい……さようです。殿下が戦地からご帰還あそばした後に――」
「俺の側室にならんか? 帝国で暮らせば、今よりも良い暮らしができるぞ?」
このおっさん、すげぇ……。
「申し訳ございません。我が身ひとつのことではありませぬゆえ」
「そうか、わかった。そなたを譲ってくれたら、シンクレアを引き取って帰ると貴国の皇帝陛下に話してみよう……もうよいぞ、押し倒されたくはなかろう? 俺が我慢できているうちに去ってよい」
「……失礼いたします」
わたしは迎賓館を辞した。
隣室で、爺もアーサーもドキドキしていたという。
「こわい……帝国人こわい」
わたしの感想に、爺が苦笑していた。
「しかし、あの男は見る目があります」
アーサーも笑う。
「そうですね。さすがは帝国の摂政」
笑いごとじゃないのよ。
皇帝陛下、断ってくださるよね?
-摂政-
シュバイク候は皇帝との会談を終えた翌日、都の郊外に建つ娘の屋敷を訪ねた。
すると、娘だけでなく、男もいて苦笑する。それも、その男は皇国において責任ある選帝侯の一人であると、帝国摂政は知っていた。
「オーリエ候、シンクレアを引き取ってくれるのか?」
シュバイク候の問いに、オーリエ候は誤魔化すように笑みを浮かべ、半裸であったからシャツを着る。そして、ベッドで眠る浮気相手に毛布をかけて肌を隠した。
「同意の上ですので」
オーリエ候の言葉に、シュバイク候は鼻を鳴らす。それは、こいつは馬鹿か? という嘲りが含まれていて、アメリア、皇帝と続けて難敵相手にかけ合いをしていた彼からして、ただ顔がいいだけの男など興味をそそられるものではなかった。それでも、皇国の選帝侯であるから、腹立たしさに任せて殴り倒すことはしない。
だが、利用できるのであればしようと決める。
「おぬし、ホムルズ伯爵家のアメリアどのを知っておるか?」
「……ええ、もともと婚約をしていた相手です」
「もともとしていた? 過去形であるのはどうしてだ? 断られたのか?」
アメリアと会った後に、ここでこの男と対面している彼からすれば、当然ながらこういう評価になるので、このような問いになった。
それすら気付かないオーリエ候は、あっさりと答える。
「いえ、断りました」
シュバイク候はせせら笑う。こいつの馬鹿は昔からなのだなと笑う彼は、であるならさらに確率は高くなるかとも思う。
「娘をたぶらかす男として、皇帝陛下につきだしても良いが、そうはされたくなかろう?」
「は……はぁ、それは……」
「皇太子殿下に隠れて、通じていたという疑いもかけられたくなかろうな?」
オーリエ候は、自分の娘に汚名をきせてもかまわぬという態度の父に絶句する。
答えられない浮気者へ、摂政は言う。
「これは俺の独り言だ。アメリアをさらって俺に届けろ……十日間、公海上で待ってやる。あとで人をやるゆえ、連絡はそれと取ればよい」
「は……どうしてアメリアを?」
「俺は独り言を言っているのだ。理解しろ、低能」
「それで俺は、つきだされずに済みますのか?」
「少なくとも、俺は何もしないままにしよう。俺はもう去る……娘の顔を見て帰ろうかと、たまに父親らしいことをすればこれだ。皇妃陛下はよく人をみておられたわ!」
摂政は、娘が寝たフリをしているのを見破っていた。だから彼は、シンクレアに罵声を浴びせて辞したのである。