ぷろろーぐ
「父上、冗談はよしてください」
「冗談ではない。お前は皇太子殿下の三番目の妻になるのだ」
「……三〇歳まで一度も求婚されたことがないわたしを喜ばせようという父上の冗談、まったく笑えないのです」
「冗談ではない。お前は皇太子殿下の三番目……四番目かな? 妻になるのだ」
しつこいな!
「わたしはもう嫁に行くことも婿をとることも諦めて、父上の老後のお世話をこの屋敷ですると決めておりますのでご安心ください」
「アメリア様、お館様は本当のことを仰っています」
家宰のエドまでそんな冗談を……言うようなキャラじゃないわな、こいつは……。
ちょっと待って。
皇太子殿下の三番目か四番目かわからないけど、わたしは本当に皇太子殿下の妻になるの?
このオデブなわたしを?
みごとな三段腹を誇るわたしを?
わたしは爺を見た。
「爺、冗談や嘘ならば今、そう言いなさい」
「アメリア様、本当に本当なのです。なので、お運びする荷物の準備をすぐに致しましょう」
「……説明して。急だし、どうしてこうなっているの?」
父上は鸚鵡のように「皇太子殿下の三番目の妻になるのだ」「皇太子殿下の四番目の妻になるのだ」と繰り返している。
テンパっている父上に代わって、爺が教えてくれた。
「皇太子殿下の正妻は政略結婚でして、また病弱とのことでお子は期待できないそうです。それで二番目の奥様と御子をご期待されておりますが、周辺国から要人を招いた際の接待係が難しいお人柄のようでして……これまでなんとか皇妃陛下がご対応されてお二人を表に出していなかったようですが、皇位継承となるとそうもいきません。それで殿下の妻を追加しようという運びとなり、お声がかかりました。三番目か四番目か、アメリア様がどの順番になるかはまだわかりませんが、アメリア様の他数人、皇太子殿下の妻になります。婚儀などは順番が決まってからということです」
「なんで、わたしなの?」
「家柄が適当で、語学に政治に経済に堪能な女性が他におりませんでした。ですから、アメリア様は女性として期待されているわけではな――」
「とめて!」
それ以上は聞かなくてもわかる!
そこまで言わんでいい!
学んできたことを活かせるってわけね? そう説明しなさいよ。
ま、家族と離れるのは寂しいけど、接待用とはいえ皇太子の妻といったら父上も恥をこれ以上かかなくてすむ。
行き遅れの父親だ、なんて陰口を叩かれて可哀想だったから……。
ああ、難しいことを考える時は甘いものがいるわ。
「エド、とにかくチョコレートケーキを用意して。準備はそれからでいいわ」
「……承知しました」
「お前は皇太子殿下の四番目、五番目かもしれない。殿下の妻になるのだ」
父上はまだ同じ言葉を繰り返している。しかも、だんだんと順位が下がっている……。
「父上、わかりました。わかりましたから、落ち着いてください」
こうしてわたしは、三〇歳の誕生日を一か月後に控えた日の午後、皇太子の妻になることを伝えられたのだった。
-アメリア-
わたしが三十歳になろうというのに、独身であるのは容姿のせいだ。
多くの諸侯、貴族の家の女性は一〇代で嫁ぎ、遅くとも二〇代前半で必ず嫁ぐ。どんな容姿であろうとも、金を積んで商会や地方豪族などへ嫁に出すということをするのは、建て前を大事にするからだがわたしはそうなっていない。
もともとわたしは、生まれた時にはすでに嫁入り先が決まっていた。皇国に六人いる選帝侯のひとりオーリエ侯爵家の長男ヴィルヘルムの妻になることが内定していたのだ。わたしも成長するにつれ、彼の妻になるのだと思い、彼を想い、その日が早くきますようにと女を磨いた。
選帝侯といえば、我がギュレンシュタイン皇国において皇室に継ぐ高貴な家柄である。だから、ふさわしい女性にと努力した。あらゆる学問を学んだのもそのひとつで、当時の最高学府であった都の軍学校にも出入りさせてもらい、多くの知識人と交流をもった。
そして、十五歳の時に初めてヴィルヘルムと会い婚約を交わす。その時に、わたしが十七歳になれば彼の妻になるということが決まった。
ところがその数日後、ヴィルヘルムが婚約を破棄した。
理由は、わたしのほうが彼よりも身長が高かったことと、目つきが鋭かったからだ。
身長は縮めることができない。
一重も手術すれば二重になるかもしれないが、危険を伴うし、そもそもわたしは一重を理由に婚約破棄をするような男に興醒めしたのである。
ところが、思ったよりも精神的なダメージは大きく、わたしは食べても食べても満足できなくなり、一日二度の食事を三度、四度と増やして、デザートも間食も食べたおかげで、縦に大きかっただけの状態から、縦と横に大きくなってしまった。
縁談の話は入ってこなくなった。父上が、いたるところに打診したがいい返事はなかったと察している。
だからわたしは、学問と芸術に時間を割く日々を過ごした。歌劇の脚本はいくつも書いて、国内の劇場で人気を博している。また将棋やチェス、碁などの腕も磨いた。多くの知識人を招き、それこそ多国籍の勉強会にも参加しており、多種多様な価値観と語学を身につけることができている。
そういうところを評価されたのであれば複雑だけど、わたしの半生も悲劇だけではなかったと思えるじゃないか。
でも、本音はやはり、女性として扱われたいのだ。
軍艦、と他家の令嬢たちから影口を叩かれるわたしでも、女なのです……。
ああ……難しいことを考えたら、お腹が減ってきた。
「イエッタ!」
わたしは侍女を呼ぶ。
室の扉が叩かれ、イエッタが顔を見せた。
「はい、アメリア様」
「読書をまだ続けたいから、ミルクを温めてもってきて。それにあうクッキーも」
「歯磨きをされたはずでは?」
「またすればいいのよ! 早く!」
「承知しました」
ふふふ……五次元理論の本を読みながら、甘いものを飲み食べる時間は宇宙よ!
最高の夜の過ごし方……やめられない!