第六話「ビストリア諸侯領連合国への進出」
遅くなりましたが6話です。かなりの難産の割にあまり進んでなくて申し訳ありません。
ベルジア大陸。
南北アメリカ大陸とほぼ同じ面積を持つこの大陸は宇宙から見ると歪な菱形な横長に伸びているような地形をしている。そしてこの地には数多くの国が建国され、その中でも規模の大きい二カ国が今にも戦火を開きそうな程の緊張状態を保っていた。
大陸中央にある高さ3,000メートル級の山々が連なる『ゴーラ山脈』を境界線に、以西を人族が人口の大半を占めるコンキスタ帝国が、以東には亜人等の多種族で構成されたビストリア諸侯領連合国がそれぞれ統治していた。
コンキスタ帝国はかつてこの大陸に漂流して来た異民族の国で、ビストリア諸侯領連合国の前身の国家であるビストリア帝国が存在した時代から確執は始まる。
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漂流して来たコンキスタ帝国民の祖先の多くは他大陸で少数派だった弱小派閥で、多数派から迫害されて逃げて来た者達だった。
当初は西海岸に住んでいた住人達が善意で保護し、狩りの仕方や食糧になる作物の作り方等を教える等良好な関係を結んでいた。しかし、時が経つと文化の違いによる小さないざこざ等が起きるようになり次第に両者は距離を置くようになった。
その頃にやってきたのが後にコンキスタ帝国の初代皇帝となるカロルス・リベラと言う男であった。彼は元々他大陸で領地運営に失敗してしまい、領民の反乱によって国を追い出された元貴族で様々な縁があってどうにかこの大陸に流れ着いた男であった。
彼は領地運営にこそ失敗してしまったが、貴族だった頃に受けた教育と伝手で商売を始め、商才もあったのか漂流者達の間では知らない人がいない程の商人に成長した。商売の軌道も乗り、順調に進んでいたがその頃になると再び権力の座に座る事を夢見ていたと自伝に書き記していた。
当時のビストリア帝国東側では地下資源が多く産出されており、漂流者達の商会を通じて他大陸にも輸出していた。しかし、ビストリア帝国の技術では採掘量はそこまで多くは無く漂流者達がかつて住んでいた大陸の技術を用いればもっと多くの採掘量が見込めた。
リベラはビストリア帝国領の資源に目を付け、ビストリア帝国の人々を『ビッグボアに龍玉(豚に真珠的なことわざ)とはまさに彼等の事を言うのだろう』と馬鹿にしていた。
それからしばらくして偶然漂流者自治区郊外の森林に住んでいた木こり一家を惨殺する事件が起こり、現場に残されていた矢がビストリア帝国西側伝統の物である事が発覚。民衆は怒り狂い、報復を望む声が上がり、偶々リベラの商店で«狩猟用の火縄銃»が大量に入荷していた。これをリベラは民衆に無料で配り、雄弁に反ビストリアの演説を語りながら彼等を扇動してビストリア帝国に戦いを挑んだ。
突然の襲撃に驚いたビストリア帝国は急いで軍を動員するが、弓矢と槍が主武装の彼等では攻撃半径に入る前に民衆の持つ猟銃に撃ち倒されるしかなかった。
軍事教養も備えていたリベラは民兵の陣頭指揮を取り、集落や村を襲撃しては占領下に置いて行った。更に武器弾薬や他大陸の軍で退役した歩兵火器や大砲が届くと民兵という域を超えて一つの軍隊と化した。
彼等は自らを『コンキスターレ(頑強なる断罪者)』と名乗り出し、それはやがて国名になるまで普及した。
コンキスターレの行軍は遂にベルジア大陸東側にあったビストリア帝国の帝都『アベレンチプール』まで至り、ビストリア帝国軍の精鋭部隊との激戦の末帝都を陥落させ、逃亡を図ろうとしていた皇帝一族を捉えこれを全て処刑した。
ビストリア帝国帝都を制圧したリベラは民衆から絶大な支持を得て、初代皇帝に就任し名をカロルス1世と名乗り国名を『コンキスタ帝国』とし後に続くリベラ王朝の礎を築き上げた。
以後も東進を続け、2代目のカロルス2世の治世になると大陸のほぼ半分になる『ゴーラ山脈』まで辿り着いた。しかし、これ以後戦線は完全に停滞する事になった。
理由は山脈を越えた先にある元ビストリア帝国領地達でその大陸東海岸地域を治めるべステア公爵家が諸侯領の陣頭指揮を取り、結束を求めたためであった。べステア公爵家はビストリア帝室から血筋を受け継ぐ一族で、言わば帝国の正統後継者になる。これによって諸侯領は団結しより苛烈な抵抗と地の利や山脈を活かした戦法を取った事でコンキスタ帝国軍に多大な損害を与えた。
この時より両国史上最も激しいと言われた30年戦争の幕が開く事になる。
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30年戦争終結から150年後の現在、両国は先の戦争で多大な犠牲と経済的打撃を受け疲弊し結果的しばらくの間平穏な時を過ごしていた。
だが、十数年前に即位したカロルス9世は再び東進する計画を大々的に発表しコンキスタ帝国の大規模な軍拡を行った。即応軍の増員と新型フリントロック式マスケット銃の全部隊への配備、ワイバーンを用いた航空部隊の増設や海軍の戦列艦の建造等コンキスタ帝国の国力限界までの軍備を整えた。
それだけでなく公共事業を大々的に実施し、輸送力の強化や市場経済の拡張にも努めたため、以前とは比べ物にならない程強大になった。
そして計画に必要な全ての準備が整ったと公的に伝えられたのがつい最近の出来事で、ビストリア国内では国境付近や領海での哨戒が強化され極度の緊張状態にあった。
ベルジア大陸東海岸 ビストリア諸侯領連合領海沖合上空
第117警備艦隊に所属する翼竜母艦『プローラ』第16飛行隊の隊長騎を務める犬人族ビーグル種の男、ナッツ・シュルツ大尉は相棒のワイバーンとそれぞれの愛騎を駆る僚騎3騎と共に哨戒飛行を行っていた。
エルジア大陸東側に生息する比較的小型で温厚なフェザーワイバーン種である彼等の相棒は見た目としては白い羽毛とノコギリの刃のように並ぶ歯を持つクチバシが特徴で、より自力での飛行力に適した進化を遂げた始祖鳥のような生物であった。
「今日も穏やかだな。お前もそう思うだろ?」
『きゅーん!』
相棒に話し掛けながら周囲を警戒するシュルツ大尉は同僚から聞いた話を思い出す。それは一週間程前に出たきり帰って来ない調査団の事についてだった。
(アトラ人民共存同盟から来たという調査団の人達は大丈夫なのだろうか?あの暗黒大陸に行って帰れる保証は限りなく低いが)
『フーッ!シャアアアッ!』
その時、相棒が何かの気配を感じ取り急に威嚇を始めた。他のワイバーンよりも頭の良い相棒の勘はよく当たるため、シュルツ大尉は周りの警戒をより一層強める。
その時、東の方角から黒い複数の点が確認された。最初はゴミ粒大の大きさだったそれは数分もしない内にどんどんと大きくなり、やがて高速で此方に向かって飛行する物体だと知覚できるようになると事の重大さに気づき、脳内で早く周りに知らせねばと警鐘を鳴らした。
すぐに相棒に括り付けてある抱え鞄程の主機に繋がれた『ウォーキートーキー』に似た受話器を取り出し、母艦の『プローラ』に緊急入電を入れる。
酷いノイズの後に非常に小さな音量で通信士が出る。
《此方『プローラ』。第16飛行隊応答せよ》
「此方第16飛行隊隊長シュルツ、国籍不明の飛行物体を視認!」
シュルツ大尉は大声で状況を報告しながら通信士から指示を仰ぐ。その頃には飛行物体郡は全貌を確認できる程接近していた。他の僚騎も動揺しており、現場に緊張が走る。
それらは色合いからして非常に巨大な金属で構成された塊で、信じられないような速度で近づいてくる。
《識別表に該当する騎か?》
「……そんなモノじゃない。確実に生物ではない!アレはなんと言ったら良いんだ?金属でできていて一切羽ばたいている様子がない。他大陸で使われている飛行機械じゃ…………ッ!?」
かなり近くまで来ていたと思っていたその飛行物体の影は更に大きくなり、真上を飛行する際にその詳細がはっきりと見えるようになる。
全長が凡そ数キロもある楔形の巨体に夥しい量の巨大な魔導砲と思われる兵器郡が下部に配置され、何百メートルもある城郭に似た構造物が飛び出している。両翼のように見える部分には赤い円の周りに黄金色の植物を象った国章らしきシンボルが描かれており、それに該当する紋章を持つ国を彼等は知らなかった。
巨大飛行物体の群れは飛行隊をまるでそこに居ないかのように通り過ぎて行く。シュルツ大尉は震える手で通信機の向こう側に伝える。
「何を言っているのかわからないかも知れない。俺達がおかしくなったのかも知れないが、飛行物体郡の大きさは目測で凡そ5キロ以上。しかもワイバーンよりも遥かに早い速度で我々の上空を飛行して行った!針路の先には首都があるぞ!」
《……我々も今確認した。直ちに本部に連絡する》
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『プローラ』を通じて本土にある海軍本部に詳細が伝えられると本部は混乱し、すぐに陸軍と政府上層部に通達した。政府の命令により陸軍海軍にそれぞれ所属している首都『アクスプール』近郊及びその周辺地域に配備された飛行隊が緊急出動を行った。既に首都防空隊と周辺地域に配備されていた部隊の連合凡そ50騎以上が飛び立った。
首都防空隊第一飛行隊隊長及び陸海ワイバーン連合司令騎を務めるルトラ・バルトメッセ少佐は『プローラ』から伝えられた情報を元に東側上空を警戒していた。
そして[ソレら]はそれ程時間を掛ける事なく姿を現した。
報告では全長数キロもある巨体だと聞いており、眉唾ものだと思っていたが報告は真実であった事が証明された。
「クソ真面目なシュルツの野郎が遂に冗談でも言ったのかと期待したんだが…………まさか本当だったとはな」
バルトメッセ少佐は未知の恐怖に恐れおののく竜騎士達を鼓舞する。
「此方司令騎、バルトメッセだ!テメエこそビストリア最強と自負している馬鹿野郎は全騎俺に続け!三段構えの横隊を組んであのクソデカ矢印共に痛いの喰らわせるぞ!」
『『『『『『『おう!』』』』』』』
バルトメッセ少佐の激励に勇気を奮い立たせた竜騎士達はバルトメッセ少佐騎を中央に三段の横隊を形成し、騎乗するワイバーンに圧縮空気弾の発射体制を指示した。
ワイバーン各騎は限界まで顎を開くと内部の気道に魔法陣を何重にも展開し、体内の特殊な器官で圧縮空気と弾丸として使用する小石の装填準備を進める。有効射程までかなり近づかなければならないが、当てられれば1ポンド砲並の威力を発揮した。
だが、有効射程に入るよりも早く飛行物体達が急に高度を落とし始めた。それに慌てた竜騎士達はバルトメッセ少佐の命令が降りる前に圧縮空気弾を発射させてしまい、音速の壁を越えた弾は一瞬の破裂音と共に何もない空を滑空した後に速度を失って落下していった。
「馬鹿野郎が!誰が撃てと言った!?」
バルトメッセ少佐は勝手な行動をした部下達に怒りの声を上げるが、状況としてはそれどころではない。急降下を始めた飛行物体達はどんどん高度を下げていき、海面に激突しそうな勢いであった。
飛行物体達の正面には首都である『アクスプール』があり、このまま飛行物体達があのままの速度で着水すれば街を巨大な津波が襲う事は想像に容易い。だが、自分達の何千倍もある大きさの物体を津波が起きない程度まで減速させる方法など何処にもなかった。
飛行物体達の高度は既に海面まで後百メートルまで切っていた。
(ぶつかる!)
バルトメッセ少佐と竜騎士達はその時を覚悟し、目を瞑った。
そしてその時は来なかった。飛行物体達は高度数十メートルの位置を維持しており、そのままゆっくりと『アクスプール』へと近づく。
「た、助かった……のか?」
竜騎士の一人が絞り出すように言葉を発する。その発言にはその場の誰もが同意見であった。
既に緊急通報を受けて出航準備を終えていた海軍の砲艦が飛行物体郡を囲みこむようにして臨検を行おうとしていた。高度差もあるが飛行物体のどこが出入り口なのか知らない彼等は取り敢えず囲むだけしかできずに相手側の出方を見るしかなかった。
(これはもしかして俺達が臨検を行ったほうが良いのか?)
空を飛べる自分達ならどうにか強行着陸?でもすればなんとかなるかもと思案していると飛行物体側が動き出した。
急に飛行物体郡から甲高い音が流れたかと思うと、一番大きい飛行物体の直上にビストリアの国旗と見慣れない飛行物体に描かれた国旗らしき物が写しだされ、その下には互いに手を握り合う絵が映される。次にはとても声の通りが良い無機質な男性の声で五大陸共通語の放送が流れる。
『我々は大日照帝国使節団です。我々は貴国との経済的、文化的交流を希望しています。繰り返します我々は大日照帝国使節団です。我々は貴国との経済的、文化的交流を希望しています』
流暢に流れる音声に周囲は戸惑いながらも、すぐに上層部に今起きた出来事を伝えた。飛行物体達は繰り返して音声を流し続け、騒ぎを聞きつけた市民達が不安と興味が混じった眼差しで眺めていた。
少しの時間を置いてから政府上層部から派遣された外交官及びその他の人員が辿り着き、非武装の小型船で飛行物体に近づいた。
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小型船に乗る外交官達は途方も無く大きい物体を唖然としながら見上げながら中に入れそうな場所を探していた。
狸族の獣人で若手外交官であるヒルスは他の船員達と同じく出入り口を探していた。
何故若手の彼が呼ばれたかと言うと現場近くに居たのが彼だった事と年齢に反してかなり実績は持っていた事、と言うのが表向きの理由で彼の敵対派閥の人員や上層部の老害達による裏工作による生贄と言う面が大きい。
それを知りつつも、彼は未知の存在との接触にある種の興奮を覚えながら目の前の巨体を見つめていた。
「本当に大きいなあ。西方の大陸では同じように金属を使った飛行機械と言うのがあると聞いているけど、これはどちらかと言うと飛行要塞だな……」
飛行物体の下面には自国の持つどんな火砲よりも口径の大きい砲らしき物がハリネズミのように張り巡らせれており、これらが一斉に攻撃を仕掛けたらと想像すると背中にヒヤリとする寒気が走った。
中々出入り口が見つからずに右往左往しているのを見かねたのか飛行物体の下面の一部が開き、船の目の前に舷梯のような構造物が降ろされる。段上の先には人型の何かが此方に来るように身振りで指示をする。
「こっちに来いと言っているんですかね?」
ヒルスは補佐達を引き連れて降ろされた舷梯を登ろうとしたが、ヒルス達が乗るやいなや足を乗せた段が動き出してそのまま上昇した。
「うおっ!?」
まさか舷梯が動くとは思っても見なかったヒルス達は驚く間も無く飛行物体の内部まであっという間に着いた。
着いた先には無数の人型によって完全に囲まれており、その手には銃らしき物体を携えていた。人型は赤く光る単眼で身体の表面が金属に似た輝きをしていることから生物とは思えない無機質な外観をしており、ヒルスが知る中では魔導人形に近いものを感じた。
護衛の兵士は警戒するが人形兵達の壁が割れ、その先から人族らしき見慣れない服装をした人物と一週間程前に暗黒大陸に向かった調査団の人々が現れた。
人族の男は右手を挙げて人形兵を制した。
「全機銃口を下へ。申し訳ありません、彼等はほんの少し融通が利かない質でして。私は大日照帝国第9801国家代務官区外交部より貴国に派遣されました使節団責任者の神谷義実と申します。今回は突然の領空侵犯行為によって貴国に多大なご迷惑をお掛けした事を先にお詫び申し上げます」
神谷と名乗った男は丁寧な口調で深々と謝罪の意を示した。
ヒルスも慌てて返礼を始める。
「ビストリア諸侯領連合国外交官のヒルス・ココノハです。まだ政府としての解答はできませんが、私個人として貴国の謝罪を受け入れたく思います」
飛行物体の実物を見たヒルスとしても相手が明らかに上と嫌でもわかっているが、国家としての返答を勝手に答える訳にもいかないため個人としての見解であることを強調しながら神谷にそう返す。
神谷としてもそれについては理解しているため、敢えてそれ以上言わずにヒルスに対する感謝の意のみを伝える。
取り敢えずは穏便な挨拶から始まった両者は少しの沈黙の後にヒルスの方から本題に入った。
「それで、先程我々と『経済的、文化的交流を希望する』との音声が流れていたのですが変わりは無いのですね?政府の中は貴方達が武力による征服を疑っている者もいるので此処で貴国の意思をはっきりして頂きたい」
ヒルスの目には神谷達に対する疑いと後で反故にされないよう言質が欲しいとの思惑が映っていた。例え言質を取った所でこれだけの飛行物体を建造できる組織に対応できる訳が無いだろうが、手持ちの中に小型の魔導通信機がありそれを通じて政府上層部に情報は逐一伝わっている。つまりヒルス達の身に何かあればすぐに軍部各部署に情報が共有され、戦闘態勢に移行できる状態にある。
対する神谷は戸惑った様子も見せずに断言する。
「ええ、我々は侵略しに来た訳ではありません。そちら側に危害を加えるつもりは毛頭無く、もしもの事態に備えた場合の安全面を考慮して武装艦艇を伴って来たのです。それ以上の意味は特にありません」
視線を外さずに言い放つ神谷の言葉に嘘偽りが無いと確信したヒルスはひとまずは信じる事にした。
「……わかりました。ただ此処にこの飛行艦達を停泊させていると民間船舶の業務に支障が出るのですぐに海軍より指定された場所に移動をお願いします。カミヤ殿達と暗黒大陸調査団の方々は我々と共に陸に上がってください」
了承した神谷達を連れてヒルスは再び陸地を目指して船を出した。
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同地 『アクスプール宮殿』
べステア大公フォクスエル5世の居城である『アクスプール宮殿』では各省庁大臣及び幹部達が大会議室に集まっており、大公の御前にて緊急会議を行っていた。議題は東側から飛来して来た飛行物体とその所有者達についてである。
まず口火を切ったのは獅子族の獣人で軍務卿を務めるラオ・ジャース侯爵であった。彼は今回の件で自身のメンツを潰されたため、強靭な牙を剥きながら怒りの形相で吼える。
「さっさと追い返してしまえば良いのだ!仮にも伝統ある我が国に対して何の了解も無く空中戦闘艦で領空侵犯を行った挙げ句に何が『文化的、経済的交流』だ!隣の盗賊共に引けを取らんほど厚顔無恥も甚だしいわ!」
ジャース軍務卿はかつて軍部の大幅な財源の拠出を大公に嘆願した事があり、その対価として絶対の防衛を約束した経緯があった。それを突破されたとあれば相手に対する心情は最悪であった。
怒声を上げる軍務卿を尻目に外務卿を務めるフクロウ族の男性、ストリク・コタン伯爵は反論する。
「しかしですな軍務卿、貴殿が憤る気持ちは畑違いとは言えお察しするがそのように強硬的な姿勢を示せば我が国や国民達がどのような目に会うかわかったものではありませんぞ」
コタン伯爵は諌めるように話しながらもジャース侯爵に同情的な視線を向ける。
「しかもココノハ君からの通信によればアトラ人民共存同盟から派遣された調査団の方々も同乗していたと聞きます。もし以前にあった未確認の外部勢力の一部だったとすれば我々どころかこの世界全てに多大な悪影響を及ぼします」
「だからと言って何も抵抗せずに彼奴らを『はいそうですか』と受け入れる訳にはいかんだろうが!そんな事をすれば我が国は『御しやすい国』と友邦や他国から軽視され、いずれ不当な要求を受ける羽目になるだろうな。外務卿である貴殿がそれを知らぬとは言わせんぞ!?」
少し熱が入りすぎていたジャース侯爵も現実可能性の無い意見である事は認めつつも、力で押されれば簡単に受け入れるような態度を取った場合の悪影響を主張する。
「それはもちろん承知の上でですな…………」
「もう良い」
外務卿が反論しようとした時、今まで黙って意見を聞いていたべステア大公が制止した。
「双方の言い分はよくわかった。だが、私としては彼等にまず会ってみたいと思う」
「陛下!」
ジャース侯爵は尚も食い下がるが、べステア大公は制した。
「早まるでない軍務卿。あくまで会うだけと言っている。もし相手が居丈高に振る舞って隷従を求めるならばその時は盛大に祭でも開いてもてなすつもりだ。もちろん祭は祭でも血祭りだがな。上手く取り込めば隣国との軍事的関係に優位に立てるだろう」
べステア大公の鶴の一声で謁見の許可が決まった。
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瑞穂大陸 国家代務官民政府『勝利神殿』
「そうか、相手は応じてくれるか」
優輝は自身の執務室で現地に派遣された要員からの報告を受けながら仕事を続けていた。彼の脳内には現地要員の音声と現在の状況を記したデータが常に送られ続け、それらを参照しながら状況を確認する。
「うむ、それではくれぐれも油断せずにと神谷君に伝えてくれ」
通信が終わるとすぐに電子脳内に保管された別フォルダからある人物に向けて発信する。
「私だ。予定通り現地政府と対立関係ある組織と人物をリストアップしておけ、それと現在収監されている若しくはかつて犯罪歴のある人物も洗い出しておけ、これからの相手の動き次第では予算もそっちに回して置く。ああ、可能性は低いだろうが気取られんようにあくまでも自然を装え」
この命令によりベルジア大陸、ひいてはこの惑星に大きな影響を与える事になる。
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