第八話「遣国家代務官区使節団」
実生活が忙しくてだいぶ遅くなりました。
話の内容はあまり進んでいないので、近いうちに次話を投稿しようと思っています。
ビストリア諸侯領連合国 首都アクスプール 政府専用埠頭
超巨大飛行物体飛来事件から始まり、そのまま飛行物体に乗ってやって来た大日照帝国と名乗る勢力との接触、そしてべステア大公による異例の即日国交樹立要請等があったあの日から一週間の時が経っていた。
国内では未だにアクスプール近くに飛来した超巨大飛行物体の話題で盛り上がっており、その日の光景を描いた絵やその飛行物体に乗ってやって来た使節団を描いた絵を市内の絵師達が描いて売りに出したり、手先の器用な者は仕事場で出た端材を使って飛行物体の模型を製作した。また知識層の間では飛行物体の飛行原理についてやその技術力等に関する議論が行われていた。
これまで隣国との戦争準備に対する緊張と不安が続いていた国内で突如現れた超巨大飛行物体の来訪という一大事件に遭遇した人々は暗い話題を塗り替えるように夢中になった。この歴史的な出会いが今後祖国にどういう変化をもたらしてくれるのか、市民達はいずれ来る新たな時代への期待で心を踊らせた。
その新たな時代を手にするためビストリア連合政府では代務官区への使節団派遣を決定し、外交関係者や各界の専門家の選定が行われ代務官区側とのすり合わせを終え今日という日を迎えた。
アクスプールの港にある政府関係者用の埠頭には使節団の人々が集まり、代務官区側から派遣される迎えの船を待っていた。
「はぁ……何でこんな事に…………」
使節団員の集まりから少し離れた場所にあるボラード(繋船柱)に腰を掛けながら若手外交官のヒルスはため息をついていた。あの日初めて代務官区側と接触した一人である彼は未知の相手との接触を恐れなかった度胸と対話能力を買われて今回の使節団に組み込まれる事になった。
本人はその日にあった出来事についての詳細な報告書やら技術者達に囲まれての聴取で休日がほぼ無くなり、それがやっと終わった矢先に決まった使節団員内定という上からの決定に谷底に叩きつけられた気分であった。
(あの日だってほぼ無理やりやらされたものだし。前回はどうにかなったけど、今回はさすがに厳しいな……)
肩にのしかかる重圧と仕事に打ち込み続けた疲れで気が弱くなってくる。
その時、彼の肩に手が置かれた。振り返るとそこには初老の狼人族の男が立っていた。
「出発前だというのに随分暗い顔をしておるな」
「マルカス将軍」
老人、ビオロ・マルカス将軍は上司であるジャース軍務卿からの命令でビストリア陸軍代表として使節団に参加していた。
武技や伝統を重んじる騎兵隊出身者としては珍しく銃火器を使った戦術に通じており、ビストリア陸軍初の重騎獣砲兵連隊の設立に寄与した老将である。ここ数十年に起きたビストリア・コンキスタ両国国境地帯における戦争危機全てにに対応し、前線の実情をよく知る彼は今回の使節団派遣で代務官区側の軍事技術の評価を付けるのに最適だと判断されたのだろう。
「ヒルス・ココノハ君だったか?君の事は聞いておる、アレ(代務官区の航宙駆逐艦)を見ても物怖じせずに臨検に同行して会合に望んだと、その度胸をウチの若い衆にも見倣ってほしいもんだ!」
「は、はぁ……(いや、衝撃が強すぎて逆に冷静になっただけなんですけど)」
マルカスはヒルスの肩を叩きながら続けた。
「君は自分で思っているよりずっと優秀だ。それに今回はヘネル子爵が主だった事はやってくれるだろう。君は外交交渉の勉強と異国文化に触れる機会を得たと思えば良い」
マルカスの視線と同じ方を見ると使節団団長を務める梟族の男性、ブボル・ヘネル子爵が他の使節団員と今後の予定について確認を取り合っている。
ヘネル子爵は現外務卿コタン伯爵の従兄弟にあたり、伯爵と大公からの信頼を受けて使節団を纏め上げる大任を担っている。
マルカス将軍の言うとおり交渉の多くはヘネル子爵や他の高官達がやってくれるだろう、その安心からヒルスの顔に明るさが戻る。
「そうですね、旅行も兼ねた出張だと思って楽しもうと思います!」
「その意気だ!ワッハッハッハッ!」
マルカスはそう言って笑い声を響かせ、ヒルスもつられて笑みをこぼした。
その時、埠頭でざわめきが起きた。全員が一様にして空を見上げて大きく目を見開いていた。視線の先には前回と同じ飛行戦艦(ビストリア内呼称)が一隻とその少し離れた後方に前方の艦よりもやや小さい八面体の形をした純白の飛行艦がこちらに向かって飛行していた。
使節団がいる埠頭まで近づくと二隻は前回のように海面近くまで高度を下げる事はなく、高度五百メートルを維持したまま停止した。停止してすぐに白い飛行艦から飛行物体が飛び出し、埠頭に目掛けて迫ってくる。
全長30メートル近いその飛行物体の外観は例えるなら鉄の蜂と称するべきもので、内部何かが高速で回転している甲高い音を発しながら腹部から虫に似た脚を出して目の前に着陸した。
側面が大きく開くと中から日照人の男が出てきた。短く整えた黒髪とシワひとつ無い濃紺のスーツを着込んだ爽やかな好青年の印象を与える彼は使節団の面々を前にお辞儀をする。
「はじめましてビストリア諸侯領連合国使節団の皆様。此の度、国家代務官である打鉄優輝閣下より皆様の案内役と身の回りのお世話を任されました中山秀斗と申します。今回の使節団派遣によって両国のさらなる発展が実現できるよう微力ながらお手伝いさせていただきたいと思います」
「使節団代表を務めております団長のブボル・ヘネルです。こちらこそお世話になりますナカヤマ殿」
ヘネル子爵は笑みを浮かべながら手を差し出す。中山も差し出された手を握り返して笑顔で応対する。握手を終えた彼は使節団員全員を見渡して声を掛ける。
「それでは今から皆様にはこの機体に乗って本船に乗船していただきます!一列を作って一人ずつ順番に乗り込んで下さい!」
中山の指示に従って使節団員が列を成して鉄の蜂内部へと乗り込んで行く。他の団員に続いてヒルスとマルカスも乗り込むと外見より広く感じる内部空間が広がっており、先に乗り込んだ団員達が機内の端に設けられた席にそれぞれ向かい合う形で座っていた。
「なかなか広いな。あの飛行艦に比べればノミ程の大きさだろうが、これが空を飛べるとは」
マルカスは機体の居住性と輸送力の高さを評価した。
彼の知る航空輸送手段としては『シアキ』というアホウドリに似た巨大な鳥が挙げられるが、全長12メートル翼幅22メートル程の体躯に操縦者を含めた大人4名と同程度の重さの荷物しか運べない。
そこに最後尾に当てられた雑用達が使節団員の私物や相手側に贈る宝飾類や調度品が詰まった木箱を持って入って来た。
「まだ載せられるのか」
「あれ結構重たいのに」
こうして機内には雑用係を含む使節団員25名全員が席につき、乗り忘れが無いことと全員のシートベルト着用を確認した中山は操縦士に離陸を指示する。
機体は30名弱の乗員と荷物を腹に抱えたとは思えない程スムーズに離陸し、振動を一切感じさせることなくフェザーワイバーンよりも遥かに早い速度で飛行する。
「これだけの重さを抱えてるにも関わらず、この速度で飛行できる上にまだスペースに余裕があるとは」
「しかも防寒着無しでもこれだけ快適にだなんてすごい技術ですね」
技術者では無い二人でもその凄さを感じており、軍民両方から派遣された技術者達は機内を見回したり同乗している係員に質問を投げかける。
わかった事はこの鉄の蜂の呼び名が『三和MeVー6000』である事と、反重力エンジンというこの世の理から外れたような仕組みで飛行していることだけであった。
そうこうしているうちに機体はあっという間に母船に到着した。母船側面の一部が開口すると機体はその中に滑るように入っていき、見えない力(電磁固定)で静止すると発着場側の壁から搭乗橋がせり出して機体に接触した。
機体の扉が開くと中山に降りるよう促され純白の飛行艦、宇宙豪華客船『瑞洋丸』の船員達による歓迎を受けて中へと案内される。
「おお……これはなんと…………」
ヘネル子爵は絞り出すかの様に感嘆の声を上げ、他の使節団員達も同様に目の前の光景を呆然と見ていた。
「短い時間にはなりますが、どうぞお寛ぎになってください。お困りごとがあれば私か近くの係員までお申し付けください」
中山の言葉に空返事を返すしかない一同はその光景から目が離せなくなっていた。
全長約5000メートルの白い船体の内部には黄金製の立派な女神像が中央に立ち、床は毛足の長い緻密な紋様が描かれた絨毯が敷かれ、船内を真昼のように照らす魔導灯?や階段の手摺り等至るところが金色に輝いていた。船員の案内で奥に進めば小さな街かと見紛う程多種多様な店舗が並ぶ商店街、宝石の様に輝く瓶に入れられた無数の酒類が揃うオーセンティックバー、そしてアクスプール宮殿の大浴場よりも広い巨大プール等使節団の者達が知るどんな邸宅や宮殿よりも遥かに豪華な造りにその技術力と国力の差を痛感させられた。
ヒルスとマルカスの二人は船内にある喫茶店のソファ席で寛いでいた。
「これだけ巨大な建造物を宙に浮かせられるだけでも相当な技術力があるとわかっていたが、内部の造りまで大きく凌駕してきたな」
この喫茶店オススメの甘いカフェオレを口にしながらマルカスは率直な感想を述べる。立場上、上級貴族とも交流する機会のある彼は内部の調度品の質からしても相手が祖国を大きく引き離していると認めていた。
「ええ、最初に空中艦に乗る事になった自分でもこの船の質の高さには驚きました。今座っているこの椅子一つですら同じだけの物を作れる職人は残念ながら我が国にはいないでしょうね」
ヒルスはバナナチョコレートパフェを頬張りながらブラックコーヒーで流し込むとマルカスの感想に同意した。
他の使節団員達も同じ感想を抱いており、ヘネル子爵を含む外交官達はこれから行われる交渉で相手から最大限の支援を受けつつどこまで譲歩するかについて相談を始めていた。
優雅な空の旅も僅か二時間程で終わりを告げ、いよいよあの恐ろしい地で知られた暗黒大陸、代務官区呼称『瑞穂大陸』の陸地が見えてきた。
『ご乗船の皆様にお知らせします。本船は現在瑞穂地区領空内に入りました。本船はこれより西浜市国営宇宙港入港のため進入機動に入ります。お荷物のお忘れが無きようご協力お願い致します』
「もう着いたのか。大陸までかなりの距離があるはずだが流石に速いな」
「次は長期休暇の時に改めて乗りたいですね」
談笑をしながら寛いでいた二人はアナウンスを聞き終わると席を立った。集合場所に指定された展望室に向かうと他の団員一同が外を見て何やらざわついていた。
すると目の前を巨大な影がその巨体に見合わない速さで通り過ぎた。
「な、何だッ!?」
「ひっ!?」
不意を突かれた二人はぎょっとした様子で後ずさりした。
落ち着いてよく見るとそれが自分達の乗る飛行客船より巨大な空を飛ぶ箱舟だとわかったが、その数が尋常ではなかった。使節団の眼の前には百は下らない数の空飛ぶ箱舟が縦横無尽に動き周り、その周りでは更に多くの羽虫が群がるように飛び交っていた。騒がしい空のその下では天に向かって聳える高さ1000メートル以上の灰色の塔で埋め尽くされた樹海が陽の光を強烈に反射しながら広がっていた。
「これは……」
「まるで『不朽の魔都』だ……」
次の言葉が出ないマルカスの隣でヒルスは中央大陸から広まった空想冒険小説に出た決して朽ちることがない栄華を誇る都の話を思い出した。
とある世界に迷い込んだ少年と少女が訪れたその都は天を貫く高さの塔がひしめき合い、空飛ぶ巨大船が飛び回る現実ではありえないような超技術で埋め尽くされていた。そこに暮らす者たちは一切の苦しみや悲しみ、怒りも無くただ幸せのみを享受して暮らしていると物語では描写されていた。
人類にとって理想郷だと断言できるその場所が何故『魔都』なのかその小説に登場する人物が次のように語っていた。
ー心せよ旅の子らよ。魔のモノは決して自身の邪悪さを表に出したりはしない。
ー善人の仮面を貼り付けて近寄り、気づいた時には既に奴らの腹の中だ。
ー魔都はその魔のモノらの住処であると心得よ。決して見えるものだけに囚われてはならない。
その人物が語った言葉が彼の脳内で繰り返し響いた。
「調査団からある程度聞いてはいたが、これほどとは」
団員の言葉を聞いたヘネル子爵が深刻な顔で頷いた。
一足先に暗黒大陸の地へ踏み込んだブラニー氏率いる調査団からもたらされた情報を共有した使節団の者達は先の巨大飛行物体飛来事件を目撃した事もあって誰一人相手を軽く見ることはなかった。
「うむ、これだけの都市を創り上げた相手だ。これから行われるであろう交渉は決して油断できんぞ」
使節団団長であるヘネル子爵の言葉が使節団全員の心に重くのしかかった。
そして使節団を乗せた『瑞洋丸』は宇宙港に入港し、彼等を大日照帝国領の地にまで届けた。