プロローグ 不思議な夢
「今までありがとね、優翔。とても楽しかったわ。でもごめんね。さようなら」
校舎の屋上、雨上がりの大気はよく澄んでいた。
艶やかで美しい彼女の髪は、よく通る夏特有のむしっとした風になびいていた。
その背中まで伸ばした美しい黒髪を顔にかからないようにと、可愛らしい手でひしと押さえながら、彼女はそう告げた。
そして、屋上から、飛び降りた。
酷く一瞬の事だった。
今まさに1人の命が失われたというのに、優翔はただただ立ち尽くしていた。
最後に見えた彼女の儚げな笑顔と対照的に、広く澄み渡る青空には色鮮やかな虹の橋がかかっていた。
ピピピピ、ピピピピ。まだまだ寝ていたいと言うのに目覚まし時計は無情にも優翔を呼んでいる。
「はいはい。起きますよ。分かったから静かにしてく、れ?」
ここで優翔は1つ異常に気付いた。顔に冷たい感触がある。重い手を動かし触れてみる。目元が濡れていた。つまり、眠っている間に泣いたのだ。
朝起きたら、泣いていた。こんな経験10年ちょっとの人生で体験するやつなんてそう居ないだろう。
あったとしても、欠伸位のものだ。
しかし今まさに、大空優翔は泣いていた。朝起きたら、泣いていたのだ。
「そういえば、何か凄く悲しい夢を見たような…どんな夢だったかなぁ」
優翔は昨夜の夢を必死に思い出そうとした。勿論自分が泣いた理由を知りたいのもあったが、それよりもなぜだか、忘れてはいけないような気がしたからだ。