生まれた意味
「クロノス……?」
その名前は、学のない私でも聞いたことはあった。
「クロス様が、クロノス……?」
「そうだ。」
……確かに、声に出してみるとクロスとクロノスは一文字違いだ。いや、でも普通は気づかない。
「確かに名前は伝わっているけど、実際に信仰してる人がどれぐらいいるかといわれると……私も詳しくないからよく分からないけれど、とりあえず私の近くには居なかったです。」
「なるほど。神の信仰がない世界が、どうやって成り立っているのか興味は尽きないが。それは、この問題が解決してからにしよう。」
「……ん?ということは、もしかしてオーケノア様の名前も、伝わっているのですか?」
始まりが同じ、ということは、同じようにオーケノア様も人間に魔法与えており、それが淘汰されていったのではないか。もしも、オーケノア様の名前も聞いたことがあるものだったら、何かしらの手がかりになるかもしれない。そう思ってクロス……クロノス様?……いいや、この世界でクロノス様なんて言ったらまた余計な問題起こすだけだし、クロス様にしておこう。そもそも、クロス様自身は名前とかどうでも良さそうだし。
「伝わっている。」
「えっ、じゃあなんて言うんですか?!」
新たな手がかりが得られそうだ、と少し前のめりになって尋ねると、クロス様は相変わらずぴくりとも表情を動かさずに答えた。
「海神、オーケアノスだ。」
……それは、知らない。
でも、きっと調べれば出てくるのだろうと思い、私はスマ本を出して検索する。
「……神クロス様。ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが、質問することをお許し頂けますでしょうか。」
「かまわない。」
私が検索ワードを探っていると、今までクロス様に話しかけることを躊躇していたシーくんが、やけにかしこまった口調でクロス様に話しかけていた。
「ルナの……ルナ・ハリスの御両親は、これらの事情を知っているのでしょうか。」
その言葉に、私は検索していた手を止めて顔を上げた。
そうだ。私が生まれ変わったことや、なぜ平民階級に生まれたのかは説明されて理解した。でも、なぜお父さんとお母さんの元に生まれたのかは分からなかった。両親はこのことを知っているの?知っていて、前世の記憶があるなんて変わった子供を育ててくれたのか、それとも何も知らずにここまできたのか。
今までのいい加減な……言い方を変えれば、人間に対しての興味がないクロス様のことだから、意味はないのかも知れないけど、この世界での私にとっての家族に、どんな影響があるのかは知っておきたい。
「知らない。」
「そうですか。ならば、こちらが下手な立ち回りをしなければ、ルナの御両親に影響はないですね。」
シーくんも、同じことを気にしていてくれたらしい。私も、ほっと息を吐く。前世の記憶があるとか、前世では王族と神に殺されていて、今でもその因縁が繋がってるとか、自分の娘がそんな面倒な出自だなんて知られたくない。両親からどう思われるか、という理由もあるけど、なによりも生きていくだけで本当に大変な両親を、巻き込みたくはない。
「そういえば聞いたことなかったですが、なぜガラク村のハリス夫妻をルナ嬢の御両親に選んだのですか。」
ウィルド様がそんなことを尋ねた。多分、ウィルド様もふと思いついただけで、深い意味はなかったんだと思う。でも、私はクロス様の次の言葉を聞いて固まってしまった。
「この国の母体の中で生命力が最も強かったからだ。」
……生命力が強かった?
なるほど、と納得しているウィルド様を見ながら、私は頭が真っ白になった。
だって私は、元気なお母さんなんて見たことがない。私を産む前は元気だったって村の人たちから聞いたことはあったけど、今のお母さんはベットから起き上がることもできない。シーくんの助けがなかったら、もうこの世にはいなかったかも知れない。それぐらい、お母さんの身体は病弱だ。
「しかし、ルナの母は現在王都の病院で治療を受けています。病気自体の完治は近いですが、体力の消耗が激しく、感染症にもかかりやすい。とても健康体とは……」
「ああ。」
言葉を失っている私の代わりに、シーくんがそう言ってくれたけど、クロス様からはただ肯定の返事が返ってくるだけだった。まるで、それが当たり前かのように。
「私を、産んだから?」
子供を産むのは、いつだって命懸けだ。それぐらい、子供を産んだ経験のない私でも知っている。特にガラク村では、ろくな医療設備もなく、出産で命を落とすことも少なくない。だから、命懸けで私を産んでくれたお母さんには、申し訳なさと共に感謝もしていた。生きていてくれたことに感謝もしていたし、お父さんとお母さんの助けにもなりたいと思っていた。
でもそれは、一般的な出産だと思っていたからだ。でも、私の出自がずっと複雑なものだと発覚した今……お母さんの体調の悪化は、ただの出産のせいではない?
「そうだ。神が干渉し異世界の生命を宿し産むにはそれ相応の対価を伴う。生を受けるまで宿せる人間は少ない。その後も生きながらえたのもその強い生命力ゆえだろう。」
全く変わらない声色で告げられた言葉は、とても残酷なものだった。
……ああ、私が生まれてきたせいで、こんなにもたくさんの人間を狂わせている。
お母さん、お父さん……ごめんなさい。




