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私は普通を諦めない  作者: 星野桜
第一章
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本の力

 私を山奥の小屋に連れて行く道すがらでなら、話をしてくれると言ったお父さんに渋々従い、私は奴隷制度のことを聞いた。

 そして、どうして村長さんやお母さんが、ピアスを見た途端にあんな反応をしたのかを理解した。



 山奥の光もろくに入らない小屋の中で奴隷制度について考えた結果……私が最初に感じたのは怒りの感情だった。



 自分勝手に奴隷制度を始めたくせに、勝手に魔法を使えない人間にして、戦場に立たせて、挙げ句の果てには使えないと手のひらを返した奴隷の買い手にも、何番目に生まれようが自分の子供なのに、簡単に売ろうとする親にも。



 そして何より……そんな中なにもせず、されるがままになっていた奴隷の人たちと、そうせざるを得ない状況をつくったこの国に。



 6歳以前に売られたということは、それが彼らにとっての普通だったのかもしれないけど、始まりも終わりも、全て当事者である自分たちが関与しないまま決められてしまった。



 そんなのって、ないと思う。



 叶えられるかどうかは別にしても、誰にだって自分の生き方を選ぶ権利はあるはずなのに、それが出来ないなんて……この国で、私が求める普通の暮らしをするのは、考えている以上に難しいのかもしれない。



「ていうか!普通の生活を望んだはずなのに余計普通から離れてるのはなんで!?」



 そうだ!私は前世で普通だったことを普通に出来る世界を望んだはずなのに、なんか軟禁されてんだけど!

状況が悪化してるのはなんで!?

クロスとかいう神はとんだ無能だよ!



「あーあ、こんなとこ暇で暇でしょうがない。まだ、村にいた頃はすることあったからよかったけど……」



 今はとにかく暇だ。

 前世ではこんな時、ネットサーフィンをしたり、大好きなアイドルの動画を見たりして有意義な時間を過ごしていたのに、ここにはスマホがない。

 


 アイドル……そう、前世の私はアルバイト代の全てをアイドルに貢いでいた。

アイドルはいい……男性アイドルも女性アイドルも、どっちも好きだ。



 そうしてアイドルを追い続けた結果、私はかなりの面食いになり、前世では一度も彼氏が出来ないまま終わった。



 もう終わったことだから、それはいい。

 問題はこの村……そうだ、ガラク村。

 この世界で音楽というのは上流階級の人の嗜みで、庶民には広まっていないらしく、村の人は国歌ぐらいしか知らなかった。

 一度だけ、上流階級の人が集まる社交場で働いてきた村の人が、初めて国家以外の音楽というものを知って衝撃を受けた話は聞いたことがあるので、音楽は存在するらしい。

 ただ、話を聞く限りでは、上流階級が好むような優雅なものしか存在していないようだった。

前世のアイドルソングを歌いながら畑仕事をしていたら全員から凄い目で見られたことがあったので、アップテンポな曲は受け入れ難いのかもしれない。   

とても不服である。



 そして、ガラク村の人たちは、かなり痩せてはいるがごくごく普通の容姿をしている。

私の両親も普通だ。

ということは、その2人から生まれた私も、可もなく不可もない容姿。

 さらに、私は生まれてから一度もこの村から出たことがない……つまり、わかるよね?



 私はアイドルに飢えている!

 村にいた時は毎日家事や畑仕事に追われてそれどころじゃなかったけど、皮肉にもこうして自由な時間が増えてから、私の思考は前世で大好きだったアイドルで埋め尽くされた。

 


 軟禁されて奴隷とか重い話されたせいで、私は癒しを強く求めている!

このままじゃ気が滅入っておかしくなる!



「アイドルが見たい……かっこいい子とかわいい子が見たい……歌が聴きたい……癒しがほしい……」



 そう、前世でも試験前やバイトが連勤だった時など辛い時こそアイドルを見ていた。アイドルが努力して、キラキラ輝く姿を見て元気をもらったし、その歌の歌詞に何度も励まされた。



「お願いだから、私にアイドルを見せてっ!!」



 そんな切実な願いは虚しく空に消えていく……とおもいきや、キラキラと穏やかな光が私の目の前で形を作っていく。

 その光に向かって手を伸ばした瞬間、私の目の前に現れたのは大きな本だった。分厚くて重そうなのに、不思議と軽い。



 そして、私は開かれた本に写っているものに釘付けになった。



「こっ…これは!前世でいつも見ていた動画サイト!!」



 前世でも最大手の動画サイトで、沢山のアイドルたちがPVやライブ映像、オフショットなんかをあげていたから私はお気に入り登録をしまくっていた。アカウントこそ無くなってしまっているようだったが、これはたしかに動画サイト……!



「え?まって、どういう仕組み?」



 とりあえずスマホを操作する感じで本に触ってみたけど動かない。



「どうすれば動くのかな……?私、とりあえずライブ映像が見たいんだけど……あっ、再生した!」



 なるほど、どうやら私の声に反応して動いているらしい……って、そんなことはもうどうでもいい。



「動いてる……やばい……歌ってる……踊ってる……笑ってる……生きてる……」



 やばい、涙が出てきた。



しかも、この動画サイトは最新のものらしく、私が(多分)死んだ後のライブ映像だった。

あの時は加入したばかりでとにかく母性本能をくすぐりまくってたあの子が、すっかり色気を纏った大人なレディに成長していてさらに泣いた。

……なんで私は、この子の成長をリアルタイムで追うことが出来なかったんだ……。



 この後も、私はとにかく動画サイトでアイドルの動画を見まくり、ついでに新しいアイドルまで開拓した後、この本が動画サイトだけじゃなくてインターネット全部に繋がっていることに気がつき、読めなかった分のアイドルたちのブログを読みあさった。

とにかく涙が止まらなかった。



 無能とか言ってごめん、クロス様。



 あなたはまごうことなき神でした。










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