邂逅のち理解
「他の世界、ですか。」
神が統べる世界はひとつではない。それは、教養ある者であれば誰もが知っていることだ。次期王太子として質の高い教育を受けているウィルドは、他の世界が存在することは当然知っていた。しかし、他の世界に干渉できるのは神だけだ。人間が他の世界に干渉するなど、考えたこと もなかった。
「ああ、そうか。神様より授かる魔法具は、神様の一部でもあるのか。それならば、他の世界に干渉することができたとしても納得できます。」
「人間に出来ることなどたかが知れている。ユージンは視ることしかできない。」
神クロスはたかが知れている、視ることしか出来ないと言ったが、人間にとってそれがどれほどのことかウィルドはよく知っている。
人間は、知識を得て、考え、そうして進化しながらここまできた生き物だ。それゆえ知識、というのはとてつもない武器となる。しかし、クロスもオーケノアも神であるため、それを理解してはいなかった。
しかし、これでユージンが魔法具を得て以降行った、この世界の常識では考えられないような画期的な改革の理由が分かった。ユージンは、その魔法具を使って知らない世界を視たのだろう。そして知った知識を駆使して、改革を行った。
「そこで見た佐藤瑠奈という人間を気に入ったらしい。こちらの世界につれてくる。ユージンの手に渡らぬよう王妃にしろ。」
「なるほど。それで先ほどのお話に繋がるのですね。」
相変わらず言葉は足りないが、今までの説明を繋ぎ合わせて、何があったのか少しずつ見えてきた。
「つまり、ユージン王太子殿下が他の世界を視る過程でルナという女性を気に入り、手元に置こうとしているのですね。しかし、ユージン王太子殿下の魔法具では、世界を視ることしか出来ないとのお話でした。こちらの世界にどのような手段で連れてくるのですか。」
「扉を開いたのはお前たちがオーケノアと呼んでいる存在だ。ユージンの側に生まれるようにしていたので違う人間に生ませることにした。」
目の前の神という存在の話ははあまりにも言葉足らずで、複雑だ。その上、神という存在そのものが理解を超えており、普通の人間ならば、まともに話を聞くことができないだろう。
しかし、幸いというべきか、ウィルドは信仰心が強くはない。それゆえ、神という存在と対峙しているという恐れや恐怖が思考を鈍らせることがなかった。
「間違いがありましたら申し訳ありません。神クロス様のお言葉を正しく理解できているか確認してもよろしいですか。」
「ああ。」
「まず、ユージン王太子殿下は異世界を視ることの出来る魔法具を手にした。そして、異世界の佐藤瑠奈という女性を気に入った。」
「ああ。」
「そして、神オーケノア様が異世界との扉を開き、手元に置こうとしている。それを阻止するために、この国の王太子と婚約してほしいと。王太子と婚約するのは、ユージン王太子殿下と渡り合うほどの地位がなければ争えないからで間違いありませんか。」
「ああ。」
ここまでは、神クロスの言葉で理解できた。ユージンが神オーケノアに扉を開かせてまで欲しがっているものを守るためには、同等以上の地位が必要となるであろうことは理解できる。
ウィルドにはすでに婚約者がいたが、婚約は政略的に決められたものであり、ウィルドは婚約者に相手に全く興味がなかったため、婚約破棄に異論はない。婚約者がどう思うかは知らないが、神クロスの言葉以上に大切なものなどこの国にはない。すぐに婚約破棄は可能だろう。
「それで、そのルナという女性は今何処にいるのですか。」
「ここだ。」
そう言って、神クロスが見せた映像に写っていたのは、寂れた村に住む夫婦だった。妻のお腹は大きく膨らんでおり、出産間近であることが伺える。
……まさか、すでに身重の女性を王太子の婚約者としろと?流石にそれは、とウィルドは一瞬固まったが……すぐに先の神クロスの発言を思い出した。
(「ルナという人間が生まれる。王太子の婚約者として迎え入れ、ユージンの手に渡らぬようにしろ。」)
「まさかとは思いますが、この女性が身籠っているのが、」
「佐藤瑠奈だ。」
その言葉に、ウィルドは神の御前であることも忘れて頭を抱えた。




