考えろ
「なるほど……話は理解した。」
そう言って、シーくんは深くため息をついた。
「それで、そのお前の大切なリオという男はその異なる世界にいるのか?」
「え?私もうそこまで説明したっけ?」
「説明されなくてもそれぐらい分かる。リオという男に何かあったなら、すぐに護衛に向かうよう居場所を言うはずだ。それなのに、始まったのは前世と異世界の話。そして、お前の魔法具が異世界の文字を映し出すということと、そこに写るリオの姿から見て察しはつくだろう。」
「ああ!なるほど!」
シーくんは、この話の流れや私の様子から最後まで説明することなく真実にたどり着いていた。私だったらそこまで察することはできないと思うから、やっぱりシーくんは頭がいい。
「しかし、それでは護衛に向かおうにも我々には手が出せません。ルナ様もこの世界に来た理由や方法に心当たりがないとなると……」
「そうですよね……。私も、魔法具を使って前世の世界を見ることはできるのですが、本当に見るだけなので……」
それが1番の問題だった。芸能ニュースには、リオが原因不明の奇病で緊急入院したことが書いてあった。それが何なのか詳しくは分からないけど、現代の医学では解明できない何かが起こっているのは確実だ。でも、それが異世界からの干渉が原因だと考えると納得できる。そして、ユージン陛下の様子から見て、原因をつくったのはおそらくユージン陛下だろう。でも、助けに行こうにも異世界を渡る方法が分からない。
……本当に、ユージン陛下は最も効果的な人質を選んだと思う。
「……そもそも、ユージン陛下はどうやってリオに干渉したんだろう?」
私と同じ前世の記憶があったのだったとしも、記憶はただの記憶だ。異世界に干渉する力がある訳ではない。
「私はまだ魔法について学んだばかりだから知らないだけで、そういう魔法があるの?」
「いや、異世界に干渉することは人間には不可能だといわれている。神が創造した世界を冒涜する行為だ。ルナの魔法具のように見るという行為がギリギリだろう。」
「それじゃあ、一体どうやって……?」
「いるだろう。異世界に干渉することが許されている……いや、許されるなどといったルールすら超えた存在が。」
「そんな人……あ!」
どこか神妙な面持ちでそう言ったシーくんに、そんな人いないだろう、と言いかけて思い出した。
「神様……」
……そうだ。この世界では、神というものが当たり前に存在する。前世の世界では科学的に存在が証明されていなかったから、魔法のように空想上のものだった。信じている人もいれば、信じていない人もいる、そんな曖昧な存在。
でも、この世界では誰もが神の存在を信じている。最初はただ信仰深いだけなのかと思っていたけど、この世界の神は曖昧な存在ではなく、この目で見ることが出来るものだった。実際に、ユージン陛下の隣には、神様がいた。
「そうだ。おそらく、何らかの形で神オーケノアが関わっているのだろう。」
「神オーケノアが……それでは、どうすることも……」
絶望の表情を浮かべるルイス様と、黙ったままのシーくん。私はまだ、神という存在の大きさを完全に理解しているわけではない。実際に会ったのもほんの僅かな時間でしかなかったけれど、周りが凍りついて動けなくなるほどの何かが、オーケノア様にはあった。
前世の記憶があり、神様を絶対的な存在だと思っていない私ですらあれほどの恐れを感じていたのだから、神様が絶対的な存在であるシーくんやルイス様にとって、この状況はもう……詰みだ。
「……ルナ様。どうか、ユージン陛下の条件を呑んではいただけませんか?」
「ルイス!!」
そう切り出したルイス様に、シーくんが怒鳴る。
「シェイド様のお気持ちは、理解しているつもりです!しかし、ルナ様だけの問題ではありません!このまま戦争が始まってしまえば、この国も無傷ではすみません!条件さえ呑めば、戦争も回避でき、ルナ様の大切な人も助かるのですよ!!」
「俺は認めない!!ルナを渡すくらいなら、どこまでだって戦ってやる!!」
「ひとりの犠牲で大多数の人間が助かるのです!色恋で王太子として選ぶべき道を見失わないでください!」
当事者であるはずなのに、私はその言い争いをどこか他人事のように見ていた。
……私ひとりの犠牲で、全ての人が救われる?リオも、助かる?
それなら、そうするべきだろう。私はルイス様の意見が正しいと思う。シーくんの行動は、国民を預かる立場として正しい振る舞いだとは思えない。
……分かっているのに、ユージン陛下の元に行くと、どうしても言うことができない。
そもそも、ユージン陛下の言っていることを全て信用していいのだろうか。私はユージン陛下の人柄を知らないし、人の命を簡単に人質にしてしまうような人だ。私が行ったところで、約束を守ってくれる保証はない。もしも私がユージン陛下の元へ行っても約束を守らずに戦争を起こし、リオも助けてくれなかったら、力のない私にはそれを止める術はない。
……考えろ、考えるんだ。
この世界に来てから、ずっとそうしてきたんだ。この世界の常識がない私でも、この世界で生きていくために、どうすればいいのか、ずっと考え続けてきた。それが正解なのかどうかは分からないけど、それでも考え、行動したからこそ得たものも沢山ある。
ユージン陛下ともう一度交渉する?いや、向こうとこちらでは、持っている情報の量が違いすぎる。情報収集のために交渉するのもありかもしれないけど、向こうがリオと国民を人質をとっている以上、うまくいくとは思えないし、そんな時間は与えてもらえない気がする。
ならば、私がユージン陛下の元へ行って従ったフリをして情報を集める?いや、私ひとりではどうにも出来ない。もしも万が一、情報収集がうまくいったとしても、権力も魔法の力も向こうが圧倒的に上だ。その上、ユージン陛下には神であるオーケノア様がいる。オーケノア様がいる限り、もうどうにも………
「……あ、そうか。」
思わず、そう呟いていた。あんなに大きな声で言い合いをしていたシーくんとルイス様だったのに、私の小さな声に反応して言い合いを止めた。
……そうだよ。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
『目には目を、歯には歯を。』
日本で昔習った諺を呟くと、意味が分からなかったらしいルイス様とシーくんが怪訝な顔でこちらを見ている。
「クロス様を呼ぼう!」
「!!」
「は!?」
シーくんとルイス様が目を見開いた。
「異世界に干渉することが出来るのも神様だけで、戦争になった時脅威になるのも神様。それなら、こちらも神様で対抗するしかない。」
「あ……あなた、何を言っているか分かっているのですか!?我々は神様の呼びかけに答え、従う存在なのです!それを、こちらから呼ぶなどと……!」
ルイス様は、青ざめながらそう言った。何となくそうかなとは思っていたけど、この案はこの世界の常識的にはなしどころか、かなり恐れ多いことらしい。
「目には目を、歯には歯を……神様には神様を。」
今度はこちらの世界の言葉で言ったその諺の意味をふたりは察したらしい。ルイス様はさらに青ざめていたけど、シーくんは静かに笑っていた。
「本当に、お前は読めない。」
「シーくん。私はリオを助けたいし、この世界の大切な人たちも犠牲にしたくはない。この世界で生きていくために、何かを諦めなくていいような方法を探し続けたい。」
それは、私がこの世界で生きていくと上で決めたこと。普通だったはずの幸せをこの世界でも普通に享受できるようにするために、どうすればいいのか考え続けたい。
「だからお願い。力を貸して。」
そう言った私に、シーくんは満足そうに微笑みながら頷いた。




