シンプルに
……誰も、何も言葉を発することが出来ない。私が発した、ユージン陛下に逆らうような言動に対して、ユージン陛下がどんな反応を示すのか、それを息を呑んで見守っているのが分かる。
「……お前が納得する理由、か。」
静まり返ったその空間に、ユージン陛下のやけに楽しそうな声が響き渡る。さっきまでは感情が読めなかったはずなのに、目の前のこの人はシーくんと同じように笑いのツボがわからない。
「……はい。それから、大変申し訳ないのですが、私はこの学校に来てからようやく魔法やこの国のことを学び始めた未熟者です。ですから、他国のこととなりますと、赤子も同然の知識しかございません。ですからどうか、今私を持ち上げている貴方様がどこの何方なのか、お伺いしてもよろしいでしょうか。」
とにかく、なんか身分が高いらしいこの人が誰なのか知らないと、身動きがとれない。……物理的にはもう、身動き取れなくなってるんだけども。
「え〜そんなの、どうでもいいし何でもいいよ〜。」
……どうでもよくはない。自己紹介は相手の素性を知るための基本だ。この状況で、明らかに重要人物っぽい人が何なのか分からないままこれ以上行動するのは怖すぎる。いつもならこっそりシーくんに聞くんだけど、ユージン陛下は私の一挙手一投足も見逃さないと言うように私から目を離さない。こっそりシーくんに聞けるような状況じゃない。
「それを教えたら、お前は黙ってついてくるのか。」
「……いえ、それだけではついて行く理由にはなりませんが……」
そもそもなんでこんなに私を連れて行きたがってるんだこの国王様は。私はこの国では貧しい村の平民で、箸にも棒にもかからないような存在だ。ちょっと趣味がおかしい王太子であるシーくんに好かれてはいるから、交渉材料に使えなくもないかも知れないけど、なんとなくそれは違う気がする。というか恐らく……ユージン陛下が私の前世の名前と日本語を知っていたことが、関係しているのだと思う。でもそれが何なのか、全然分からない。前世の知り合いにこんな美少年居なかったし、生まれ変わって姿が変わってしまっているのなら知る術は話し合いしかないのだけれど、なんか話し合える雰囲気でもない。
「……いいだろう。こいつは、オーケノア。我がシュバイツオーケノア王国を守護する神だ。」
初っ端から投げられた爆弾発言に、私の脳は大混乱に陥った。
……かっ……神、様?これが?いや、でも確かに人間離れした美しさだなぁとは思ってたし、神様なら周りのこの態度も納得だけど……っ!
前世では空想上の存在であった神様が目の前に存在し、何なら私を持ち上げているという事実に混乱して気絶しそうだった。
「ああ〜、そんな名前だったっけ〜?名前なんてどうでもいいのに、人間って勝手に色々な名前つけるからさ〜。呼ばれても分からないこと多くてね〜。」
……なるほど、神様っぽい。
何とか自分を納得させながら、混乱状態からの回復を試みる。うん、そもそもここは異世界。神様のひとりやふたりやさんにん……うん、大丈夫、いるよね、それぐらい。
「……そうとは知らずに、数々のご無礼、申し訳ありませんでした。」
「いいよ〜。そもそも人間が決めた礼儀作法なんて関係ないしね〜。」
……なるほど、神様っぽい。
「それで、あとは何だ……ああ、お前が納得する理由、だったか?」
「はい。」
とりあえず神様の存在を無理矢理自分の中に落とし込むと、再びユージン陛下に意識を向ける。
「そもそも、どうしてお前がそちらにいる。」
「え?」
……なんか、凄く抽象的なこと聞かれた気がする。え?どうしてって、何が?
「本来ならばお前は、シュバイツオーケノア王国に生まれ私のそばで生きるはずだった……それを、あいつが……っ!」
そう言って、怒りの感情を露わにするユージン陛下に、神オーケノア様以外の全員に緊張が走る。多分当事者であろう私にも何が何だか分かっていないんだから、他の生徒や先生はもっと何が何だか分かっていないだろう。
……というか私も、至近距離からその怒りを見てしまい恐怖で指先の震えが止まらない。何とか両手を握りしめて恐怖を抑えているが、強く握りすぎて血が滲んでいるのを感じる。
「拒否権はない!お前の大事な人がどうなってもいいのか!」
……最初にあった時の、感情の見えない瞳はもうない。私は心臓がズキズキと痛むのを必死に抑えながら、次にどうするべきなのかを考える。
……私がついて行ってどうにかなるのなら、それでいい。でも、そうなったらシーくんが……
そう考えながらシーくんと目が合うと、今にも私を取り返さんと魔法を発動しようとしているのが見えた。それをルイス様が、必死になって止めている。こんな所で王族が王族に魔法で攻撃したなんてなったら、それこそ両国の亀裂は取り返しのつかない所まで来るだろう。だから私は、この人にはついていけない……いや、違う。そんなの、言い訳でしかない。
シーくんだって立派な王太子だから、引き際ぐらい弁えているだろう。だから、平民ひとり他国に渡ったからってどうなるものでもないことはきっと賢いあの子なら理解している……はず。私だって、それが最善の策であろう事は分かっている。
ならどうしてついていかないのか……そんなの、最初から答えは決まっているのに。
大切な人がどうだとか、前世がどうだとか、そんなんじゃなくて……もっとシンプルな問題だった。
「……離してください。神オーケノア様。」
「え〜?」
「私は、あなた方とは行けません。」
「何をっ……!!」
それを聞いて、私に掴み掛かろうとするユージン陛下を、シーくんが止めた。
「……どういうつもりだ、シェイド。」
「……それはこちらのセリフですよ、ユージン陛下。先程から、あなたの言っている事が全く理解できません。聡明なあなたらしくもない。」
……ほら、こういうところ。
シーくんは偉い立場にいる人だけど、私が失礼な事をしたり、シーくんの思い通りの行動をしなかったとしても本気で怒る事はしないし、ましてや手を上げる事はない。
「……ユージン陛下、私は……」
シーくんも私に条件を突きつけて来たけど、どうなってもいいのか、なんて脅し文句は使わなかった。選んだら私にメリットがあるように、私のことを考えて条件を突きつけてくれた。
『私は、あなたが嫌いだから行けません!』
ユージン陛下にだけ伝わるように日本語で告げたその言葉は、神オーケノア様にも伝わったようだった。
最初に恐怖を感じたのも、こんなに心臓が痛いのも、全部嫌悪感からだ。私の本能が、この人が嫌いだと告げている。
それになにより、私はこんなモラハラ臭する人になんかついて行きたくない!




