守らなければ
「あれ〜?まだやってるの〜?」
息をすることも難しいぐらい張り詰めた空気の中、場違いに間延びした声が響き渡った。声のする方へ視線を向けると、そこにいたのは……言葉を失ってしまうほどに美しい人だった。あまりの美しさに、金縛りにあったかのように全く動けない……あれ?なんかこのくだり前にもあったような気がする。
あ、そうだ、着替えようとした時に急に声をかけられて、それで目立つなって言われたんだ。なんかすごく目立っちゃった気がするけどこれは不可抗力だよね、うん。
思い出したところで、あの時会った人とは全くの別人だ。外見も違うし、話し方も声も違う。まさかこんな次元の違う美しさを持つ人が2人もいるなんて、しかも同じ日に会うなんて思わなかった。
「もうとっくに連れてったんだと思ってたよ〜。それとも、別人だった〜?」
その人は、周りの視線なんて気にも止めずに真っ直ぐにユージン陛下の元へ向かっていく。
「……今それを確かめているところだった。だが、答えを聞くまでもない。」
その美しい人がユージン陛下の隣に立つ。ユージン陛下が私に視線を向けると、それを追ってその人も私を見てくる。
「ああ!ほんとだ〜!」
私を見て、何かに納得したように笑顔頷いたその人を見て、背筋が凍りついた。なぜか分からないけど……見つかってしまった、そう思った。
凍りついて動けなくなっているのは私だけではなく、会場にいるユージン陛下と目の前の人以外誰も動けなかった。
「じゃあ、これ持っていけばいいんでしょ〜?早く行こう〜。」
「……っ!」
体に光の輪のような物が巻きつき、私は拘束された。足も地面から離れていき、身動きが取れない。多分目の前のこの人が魔法で拘束してきたんだと思うけど、魔法具を取り出すこともなく私を拘束してきたことから、かなりの腕前……というか、今まであった人の中で1番強い。詠唱しなくても魔法が使えるシーくんですら、魔法具は必ず使っている。
相当な実力者相手に、ユージン陛下までついてくるとなると、この拘束から抜け出すことは難しいだろう。そもそも、どうして私は拘束されているのか、この人は誰なのか、ユージン陛下はなんで私の前世の名前を知っているのか……分からないことが多すぎるのと、宙に浮かんでいる感覚に眩暈がしてきた……。
「ようこそ、我がオフェルトクロス王国へ。」
浮いてる感覚が怖くて目を閉じていると、ユージン陛下とその人の声しかなかった会場から、聴き慣れた声が聞こえてきた。目を開けて声の方を見ると、跪いたシーくん……王太子殿下がいた。その斜め後ろには、同じく跪いているルイス様がいた。その様子を見て、周りの人たちは金縛りが解けたかのように、跪き首を垂れた。この会場にいる全ての人が、ユージン陛下とその隣の人に首を垂れている。ユージン陛下に敬語を使わずに話している様子から、立場が上の人だとは思っていたけど、一国の王太子が跪くほどの人だとは……私も急いで跪こうとしたけど、そもそも私は拘束されていて動けない。……大丈夫だよね?不敬罪とかにならないよね?いや、そもそもこうなったのは目の前のこの人が原因な訳だし、大丈夫だろう、多分。
「……ああ〜!えっと、あいつんところの王子か〜!」
「はい。オフェルトクロス王国第二王子、シェイド・クロス・フェルダリアです。」
「そうそう〜!確かそんな名前だった気がする〜!大きくなったね〜!」
「お前、覚えてもないくせに……」
「覚えてるって〜!顔とか名前はよく分からないけど、大きくなったのは分かるよ〜!前よりずっと魔力が大きくなってる〜!」
「私のような存在を覚えていてくださり、身に余る光栄でございます。」
そう言って、シーくんはちらりと拘束されている私を見た。そして、意を決したように顔を上げる。
「申し訳ありません。我が国の、我が学園の生徒が何か失礼を致しましたでしょうか。何か至らぬ点がありましたら、全て我が国の王太子である私の責任でございます。ですからどうか、その者を……離しては頂けないでしょうか。」
それを聞いて、反応したのは私を拘束している人……ではなく、ユージン陛下だった。
「我が国の……だと?」
今日初めて聞く、明らかに怒りの感情がこもっているその声色に、隣にいる人以外の空気が凍るのを感じた。シーくんとユージン陛下の隣にいる人以外の全員が、ユージン陛下を見ないようにさらに深く頭を下げる。正直、私もいろんな意味で頭を下げたい気持ちでいっぱいだったが、拘束されていることと、話の渦中にいるのがどう考えても私であったことから、どうなっているのか把握しなければと目を開けて動向を見守る。
「その者はオフェルトクロス王国の平民で、この度平民にも教育の場を、と考え、このエリュシオン王立魔法学校に通わせております。平民ゆえに、至らぬ点もあるかと思いますが、全ての責はこの制度を推し進めた私に、」
「そんなことは問題ではない!」
ついに声を張り上げて怒鳴るユージン陛下に、凍っていた会場の温度がさらに低くなった。氷点下……よりさらに冷え切った空気に、私は冷や汗が止まらない。そもそも、この空気をつくっている原因は私にありそうなのに、全ての責任をシーくんに押し付けているこの状況は罪悪感が凄い。発言するべきか、それとも火に油を注がないように黙っているべきか……選択を間違えたら一発でアウトになりそうな究極の選択に、どうしたらいいのか分からない。
「どうどう、落ち着きなよユージン〜。ほら、これ持って帰ればいいだけなんだからさ〜。オウジサマも、こっちの目的はこれを連れて行くことなんだ〜。だから、責任とかそんなのいいし、もう戦争とかもしないからね〜。じゃあ、行こうか〜!」
「……っち!」
ユージン陛下は、まだ怒りが収まらない様子だったが、隣の人に諭されると舌打ちをして会場を後にしようとする。私というただの平民と引き換えに訪れようとしている平和に、誰もが安堵の表情を浮かべて喜んでいた……ただひとりを除いては。
私が連れて行かれそうになっているのを見て、シーくんは立ち上がって何かを言おうとした。それを見たルイス様は、真っ青になりながらシーくんを止めようとしている。
「待っ「お待ちください!!」……!!」
声を上げたシーくんの声をかき消すような、私の大きな声が会場中に響いた。その声を聞いて、ユージン陛下とその隣の人の歩みが止まる。シーくんも話を止めるのを見て、ひとまず安堵する。
私のことが好きだと言ったシーくんが、この状況に黙ってられないだろうことは何となく予想がついた。でも、この隣の人の立場も名前すらわからないけど、とりあえず国のトップであるユージン陛下と同等か、それ以上の立場にいるであろう人であることは分かった。そんな人と、同じく国のトップである王族のシーくんが言い合うようなことになったら……国同士の争いになりかねない。ルイス様が慌てて止めていた所を見ても、私のこの仮説は概ね合っていると思っていいだろう。
「お待ちください。私はなぜ、連れて行かれそうになっているのでしょうか?何か失礼があったなら、謝罪致します。罰が必要とあらば、受けます。しかし、何が起きているのか分からないまま拘束されているこの状況は納得が出来ません。」
「お前は、大人しく着いてくればいいんだよ〜。そうだよね〜、ユージン?」
「……ああ。」
その言葉に、今までギリギリで保っていた何かが溢れるのを感じた。
この人たちが怖い。
それは間違いなく、私の中にある感情で、今も気を抜けば恐怖で気を失ってしまいそうだった。でも今、もうひとつ私の中にあった感情が恐怖を上回って溢れた。
……シーくんを、守らなければ。
まだたったの16歳の男の子が、国を背負って倒れそうなぐらい頑張っているのを知っている。それでも王太子として、気丈に振る舞っているのを見てきた。
私は、シーくんが向けてくれているのと同じ感情を返すことはできない。できないけど、それでも、私がこの世界で生きる意味を、理由を、居場所をくれたシーくんのことが好きだ。なによりも努力しているこの人を見てきた。だからこそ、私が原因でシーくんが今まで積み上げてきたものを壊そうとしているこの状況が嫌だった。
「……私は、あなたたちの人形じゃない。」
「ん〜?なんか言った〜?」
裏方に徹するつもりだったのにいきなり呼び出されて、昼間でも魔法を使えた理由を聞かれて、緊張感すごい中頑張ってアドリブでプラネタリウム出して、その後急に日本語で話しかけられて名前呼ばれて、訳も分からないまま新しい人が現れて、凍った空気の矢面に立たされて拘束されて連れて行かれそうになって……私、頑張ったよね?
それなのに、拘束した理由も教えずに連れて行かれそうになっているこの状況。前世だったら誘拐で訴えるところなのにそれさえもできず、シーくん以外の周りの人もそれをよしとしているこの空気に、この世界に来て何度も感じている人権のなさを再確認する。
それでも私は、流されるだけの人形じゃない。反論することでこの国からも、ユージン陛下たちからも向けられるであろう敵意を、シーくんから自分に向けることはできる。元々学校では嫌われ者の平民だ。今更向けられる敵意が増えたところで問題はない。……いや、ちょっと嫌だけどこれが最善策だと私は判断した。ならば、やることは決まっている。
「……離していただけますか。名前も名乗らず、理由も言わずにいきなり拘束するような人に、着いていく謂れはない。私は、私が納得するような理由を言って頂かない限り、あなた達に従うつもりはありません。」
私のその言葉を聞いて、名前不詳の人はめんどくさそうに顔を歪めていたが、ユージン陛下は……笑っていた。
とても楽しそうに笑っているその姿を見て、私はプロポーズを断った時のシーくんを思い出した。
……シーくんだけかと思ったけど、この世界の王族の人たちの笑いどころは私とは違うのかもしれない。
怒りを向けられる覚悟だったのはずが、予想と違うその反応を見て……ああ、やっぱりここは異世界なんだ……なんて今更なことを実感するのだった。




