名前は
広い講堂の壁や天井一面にプラネタリウムを広げながら、私は出来るだけ楽しんでもらえるように宇宙の説明していく。アイドルがステージ上でパフォーマンスしているかのようなきらめきを意識して話していると、恐怖心も薄れていく。
少しでも機嫌を損ねてしまえば、どうなるか分からない。そういう恐怖が、ユージン陛下にはあった。
「このように、太陽も、星も、月も、いつも私たちを見守ってくれているのです。でも私たちはこの球体のどこかに立っているため、このように動いて反対側に来てしまった場合、目には見えなくなります。それを、皆さんは無くなった、と認識していますよね。でも私は、いつでもそこにあると認識しているから……魔法が使えるのです。」
魔法学校で魔法について学んでいくうちに、この世界の魔法の発動条件は、思い込みによる影響がとても強いことに気がついた。月が無いから力を借りられないと思えば魔法は使えないけど、見えなくてもそこにあるからきっと力は借りられるはずだと思っていれば魔法は使える。王族は、太陽は見えていないけど神様から力を貰っているからいつでも使えるという思い込みがあるから、結果的に太陽から力を借りることが出来ているのだと思う。
「そんなことって……」
「そもそも、私たちがいるこの地面が丸いってこと?しかも動いてるって……落ちちゃうじゃない。」
「信じられない……」
ユージン陛下とシーくんがいる手前、大きな声で意を唱えることは出来ないようだが、周囲がざわつき出す。声のボリュームは抑えているようだが、みんなが喋ってて結構なボリュームになってるけど、大丈夫かな……?機嫌損ねてない?というか、今の私の説明に納得できなくて怒ったりしてない?
心配になってユージン陛下を見ると、ユージン陛下は……笑っていた。
「ルナ・ハリス。」
「はい。」
その微笑みを見て、背中に冷や汗が伝う。心臓の鼓動が速くなって、痛む。それでも、まだ弱みを見せるわけにはいかないと、動揺を悟られないように、冷静に返事をする。
「我々が住んでいるこの球体に名前をつけるとしたら、どうする。」
……何を聞かれるかと思ったら、そんなこと。思わず拍子抜けしてしまうような簡単な質問だった。だから私は普通に答えようとして……言葉に詰まった。
前世の私が住んでいた場所の名前なら、迷わずに答えられる。地球だ。でも、ここはどうなんだろう?私が今プラネタリウムで説明したことは、全て前世の世界での常識であり、この世界の仕組みも同じとは限らない。私が実際に魔法を使えているのだから似たような仕組みなんだろうとは思うが、それでも確実に違う世界だ。
「そんな、平民の私が皆様が暮らしている世界に名前をつけるなど、仮だとしても恐れ多いことでございます。ですから、答えは控えさせていただきたいと思います。」
すぐに答えられるわけなくて、私は誤魔化すように笑った。それを見たユージン陛下は、より笑みを深めた。
……問いかけに対して答えなかったことに怒ってる?それとも楽しんでる?この人が考えてることも、全然分からない。
「それでは、質問を変えよう。」
次は一体、何を聞かれるのだと身構える。
『この世界の球体の、名前は何だ。』
「……………え?」
目の前の人が何を言っているのか一瞬理解できなくて、思わず言葉に詰まる。そんな私を見て、ユージン陛下は笑みを深めながら続ける。
『聞こえなかったのか。この世界の球体の名前は何だと聞いている。お前には、簡単な問いだろう。』
……聞き間違いじゃない。
ユージン陛下は確かに、日本語を話している。
しかも、私が日本語が分かることを知っていて聞いている。……もしかしたら、ユージン陛下も前世は地球で過ごしていた人が転生したのではないかと思っていた。でも、確信がないから分からなかった。
なのにどうして、ユージン陛下は確信を持って言っているのか。私は今まで、前世の記憶があることを誰にも言ったことはない。この世界の常識とは違うことを何度もしている自覚はあるから、違和感を抱かれるなら分かる。でも、ユージン陛下は間違いなく確信を持って言っている。
こっそり確認する機会があればいいなって思ってたのに、まさかこんな公衆の面前で堂々と言われるとは思わなかった。何なの?シーくんのプロポーズといい、王族は公衆の面前で言わないと気がすまないの?もしかしたら、生まれた時から人に見られる生活をしてるからその辺の感覚が私とは違うのかもしれない……。
答えるべきか、はぐらかすべきか……どうすればいいのか分からなくて、私は手の震えを隠すので精一杯だった。
そもそも、ユージン陛下が前世同じ世界の人間なんじゃないかっていうのは、会う前から考えていたことだ。だから、私もそれを確認しようと思っていた……でも、いざその場面になると恐怖で声が出ない。
……心臓が痛い。
私はどうして、こんなにもユージン陛下に対して恐怖を抱いているんだろう。
その答えを知るためにも、進むしかないのか……?でも、それによってこの世界に不利益が生じるのも嫌だ。どうすればいい?どうすればこの場を収められる?
考え込んで無言になっていた私に業を煮やしたのか、ユージン陛下は無言でこちらに近づいて来た。私は、動くこともできずにただそれを見ていた。足がすくんで、後ずさることさえできない。
『何度も言わせるな。考えるまでもなく分かるだろう。お前は、そこで生まれたのだから。そうだろう……佐藤瑠奈。』
12年間呼ばれることのなかった私のもうひとつの名前を、もう一度呼んでくれる人が現れたらどんな気持ちになるのだろうと考えたことがある。そんなことはありえないと分かってはても、私にとっては私が私であるための大切なものだから、もし呼んでくれる人が現れたのなら、きっと感動して、嬉しくて、もしかしたら泣いちゃうかもなんて考えたこともあった。
でも今、目の前のこの人が私の名前を呼んだことに対して……私はただただ恐怖を感じていた。




