まわりを見れば
「ユージン陛下の属性は星だとお聞きしました。王族であるユージン陛下は昼夜関係なく魔法を発動することができるのですか?」
「ああ。」
「それは、王族だからですか?」
「そうだ。」
「……そうですか。」
まずは、オフェルトクロス王国以外の認識を確認する。この国にはインターネットのような世界と繋がるツールが存在していないから、他国と認識の差がある可能性も大いにある。それか、もしもユージン陛下が前世私の世界で生きていて記憶があった場合、違う反応が返ってくるかもしれないと思った。でも、返って来たのはこの国の常識と相違ない反応。
この学校で最初に虹を出現させた時には、私は答えを言わなかった。この世界の人たちにとっての当たり前を疑ってほしかったから。でも、この状況で答えを言わないなんてことはできない。今優先するべきなのは一石を投じて波紋を広げることじゃなくて、波紋を鎮めることだ。
「私は、ただの平民ですから王族の皆様のように特別な力は頂いておりません。ですが、頂いたこの魔法具によって、得た知識があるのです。」
そう言って、私は自分のピアスに触れた。
「奴隷具ではなかったのだな。」
……なるほど。ピアス=奴隷具というのはシュバイツオーケノア王国でも共通の認識らしい。それでも驚いた様子を見せずにただそう言ったユージン陛下は、柔軟なのか感情が表に出にくいのか……。
「はい。ですから、この魔法具を使用した方が説明しやすいのですが……魔法を発動してもよろしいでしょうか?」
正直言うと、まさかこんなすぐに……しかも他国の国王相手に説明する日が来るとは思っていなかったから、まだ私の中で説明できるほど内容がまとまっていない。常識ってみんなが知ってるものだから、それを知らない人に説明するのは以外と難しい。しかも、相手は戦争を仕掛けようとしている相手国の国王だ。アドリブで乗り切るには私の心臓がもたないからできればカンペがほしい。インターネットで検索しながら説明したい。……そうじゃないと、目の前の相手に恐怖を感じている私は、いつか恐怖で言葉が出なくなる気がする。カンペを読むのなら、まだ頑張れる。
「ああ、いいだろう。」
私のお願いに、ユージン陛下は少し考える素振りすら見せずに頷いた。魔法は、この国では攻撃の手段にもなり得る。そんな魔法を使おうとしている相手に対して、迷いなく頷く所を見ると自分の能力に自信があるのだろう。そしておそらく、その自信に裏付けされた実力も持っているのだと思う。
「……ありがとうございます。それでは、失礼いたします。」
ここで、一旦深呼吸。
この人の目を見ているだけで、どうしようもなく心臓が痛む。スマ本を出す前に深呼吸をして心臓を落ち着かせる。何とか痛みが緩和されて、会場の演奏が聞こえないほど大きかった自分の心臓の音も、少し落ち着いた。
……さて、スマ本を起動しなければならないのだが、ここでひとつ確かめたいことがある。今のところ、ユージン陛下から同郷の気配は感じられない。もしかしたら、前世なんてなくてただ本当に有能な人なのかもしれない。
それなら、より気を引き締めていかなきゃいけない。だって、頭のいい人ってどんな言葉から何を考えるのか、頭があまり良くない私には想像もできない。
だから、確かめる。
もう、この方法しか思いつかないから、私は……何よりも慣れ親しんだ言葉で、魔法を発動した。
『お願い!スマ本!』
頑張って覚えたこの世界の言葉とは違う、私の中でいちばん自然に出てくる言葉。言葉は使わないと忘れるって言うし、もしスマ本がなければ忘れていってしまったかもしれない。でも、スマ本から聞こえてくるアイドルの歌声はいつもこの言葉で、何よりもエリュシオン魔法学校に通うまでは私が唯一読み書きできる言語でもあった。それが、私にとっての誇りだった。
私は、日本語でスマ本を発動した。
「これが、私の魔法具です。普段は小さくなっているので両手が空いていいんですよ。」
そう言って、何事もなかったかのように振る舞う。日本語を使ったことに対して周囲の反応は特にない。隣のシーくんを見ても変わらずに微笑んでいる。そりゃそうだ。側から見たら、ただオリジナルの呪文を唱えているようにしか聞こえないだろう。この言葉の意味がわかるのは……佐藤瑠奈と同じ世界を知っている人だけだ。
ユージン陛下の顔を見ると……ユージン陛下は笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、私は恐怖で体が凍りついた。咄嗟にスマ本を握りしめて誤魔化したけど、手が震える。手が冷たい。
……私が感じている、この人に対する異様な恐怖はなんなんだ。
「ルナ・ハリス、大丈夫ですか?」
ふと、冷たい手に温もりを感じた。自分の手を見ると、この世界で家族の次に慣れ親しんだ手が私の手に触れていた。
「王太子……殿下。」
「申し訳ありません、ユージン陛下。ルナ・ハリスはこう言った場には慣れていない平民ですから、とても緊張しているようです。」
「そうか。」
「ユージン陛下との会談中に自国民が申し訳ありません。しかし、このままではユージン陛下にご満足いただけるような会話は難しいと考えます。ルナ・ハリスと話してもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
「ありがとうございます。」
ユージン陛下に許可を取ると、シーくんは私の目をまっすぐ見つめた。
「ルナ・ハリス、落ち着いてください。あなたなら大丈夫です。……大丈夫です。」
まるで、自分にも言い聞かせるようにそう言ったシーくんの目は……不安に揺れていた。
「ユージン陛下を、エリュシオン魔法学校の全てで歓迎いたしましょう。」
「……あ、」
そう言われて、視線を会場のフロアに向ける。緊張して見えていなかったけど、誰もが不安そうにこちらを見ている。
あ、セレナ・オークウェル様と目が合った。……なんか、凄く念を送られている気がする。失敗したら許さない、と言わんばかりのあまりに必死な表情がかわいくて、思わず笑みが溢れる。笑った私を見て、セレナ・オークウェル様は必死に手を動かして何かを伝えようとしている。多分、しっかりしなさい的なことを言っているんだと思う。この状況でも強気な姿勢を崩さないセレナ・オークウェル様は本当に凄いと思う。アイドルに向いている。
そして……誰よりも心配そうにこちらを見ている、ティアとルイス様と目が合った。
……そうだ、ここにいる私が不安がってしまえば、他の人たちはもっと不安になってしまう。シーくんだって、それが分かっているからずっと王太子殿下の仮面を崩さなかった。
シーくんよりも(精神年齢が)年上な私が、ここで折れるわけにはいかない。
「申し訳ありません、ユージン陛下。このような場に不慣れな身でして、お見苦しい所をお見せいたしました。これより、説明させていただきます。」
魔法を発動できる説明するなら、これを見せるのがいちばん早いし、何よりもインパクトもあるだろう。おもてなしはやっぱり、エンターテイメントに満ちていなければ。
『プラネタリウム!』
宇宙を見るならこれしかないと、私は家族で行ったプラネタリウムを思い出しながら魔法を発動させた。




