波紋の行方
「それで、私は何をすればいいんでしょうか……?」
急かされるままに着替えて、最低限の身支度を終えた私は講堂へ向かいながらルイス様に尋ねた。私の力が必要だ、ということは聞いたけど、具体的に何をすればいいのかは全く分からない。
私は、この国の人間ではあるけどほとんど情報の入らない小さな村で育った。エリュシオン魔法学校に来てから日も浅いし、この国の人間として他国の視察の手助けをすることは難しいと思う。
そうなるとやっぱり、私が考えたようにユージン陛下が前世日本人で、それに関する知識を私に求めてきたのか……いやいや、そもそも私が前世佐藤瑠奈だったことは誰も知らないんだった。知らないんだから、私にその知識を求めるとは考えられない。……じゃあ一体なんだろう?平民の生活に興味でも示したのか?
「実は、ユージン陛下が“戦争になれば絶対にシュバイツオーケノア王国が勝つ。だから今のうちに降伏した方がいい。”とおっしゃられまして。今、会場は一触即発の空気です。」
「……まぁ、向こうのこの視察はあくまでも猶予を与えるってものだったみたいですしね。向こうは今、自分が優位な立場にいると信じて疑っていない。実際、こちらは不利な立場にいる。
王太子殿下から聞いていた人物像から考えてもそのぐらいの発言はあるでしょうね。」
「………」
「……?あの、私何か間違っていましたか?」
ルイス様に同意したつもりだったのに、ルイス様は何故か驚いた顔をしながらこちらを見ていた。もしかして、何か的外れなことを言ってしまったのかもしれない……視察中で大変なルイス様に余計なストレスをかけてしまった!?と不安になっていたが、ルイス様はただ驚いただけだったようだ。そんな驚くようなこと言ったかな……?
「………あなたは、随分と冷静にこの状況をみているのですね。」
「え?そうですか?普通ですよ。」
「……正直、ここまでユージン陛下が強気な立場を崩さないとは誰も思っていなかったのです。我が国には、シェイド様がいます。戦争になったら勝ち目がないのはあちらだと……思っていたのですが……」
そこまで言って、ルイス様は言葉につまった。
「……ここに来ても、あちらは強気な態度を崩さなかったというわけですか。」
「……はい。」
言葉につまったルイス様の言葉を引き継ぐようにそういうと、ルイス様は悔しそうに顔を歪めながら頷いた。
「我々は、シェイド様に全てを背負わせすぎました。シェイド様が居られれば、何も心配することはないと……そう思ってしまっていたのです。」
「そうですか……」
なんだっけ、こういうの……大学の授業で確か……ああ、そうだ。正常性バイアスだ。危機的状況を過小評価してしまって、きっと自分は大丈夫、きっとなんとかなるって思ってしまうやつだ。
今回のルイス様は、きっとその状態だったんだろう。他の人たちは本当に盲目的にシーくんを信じている感じだったけど、ルイス様はシーくんが完璧でないことを知っている数少ないうちのひとりだ。シーくんが信託で選ばれる前から一緒にいたみたいだし、きっとシーくんが必死に王太子を目指していた所もずっと見てきたんだろう。
……だからこそ、信じたかったのかもしれない。シーくんなら、きっとなんとかしてくれると。
「大丈夫ですよ。」
「え?」
「まだ、戦争は始まっていません。まだ、間に合います。」
そうだ。ルイス様はもう手遅れみたいな言い方をしているけど、まだ戦争は始まってない。両者睨み合って、相手の出方を伺っている状態だ。そもそも、シュバイツオーケノア王国側だって、ただ侵略したいだけならこんなまどろっこしいことしてないでさっさと仕掛けてくればいいだけの話だ。万が一、他の国から卑怯だなんだなんて言われたってそんなの戦争には通用しないし、実際それをねじ伏せるだけの力は持ってそうだし。
だからきっと、シュバイツオーケノア王国の目的も戦争をすることではない。戦争をすることで、何かをしようとしているんじゃないか……と私は思っている。……ちょっと、私冴えてるんじゃない?
「過去はどうにもならないけど、今からできることをしましょう。私、出来ることなら何でもやるって言いましたよね。その出来ることが今あるのなら、それが何なのか教えてください。」
この落ち込んだ空気をなんとかしようと、やる気を示すために拳を握りしめる私を見て、ルイス様は俯いていた顔をあげた。その表情からは、後悔は消えていて、真っ直ぐ前を見ていた。……ほんとうに、これだからこの国の人と関わることをやめられない。何かに気付いて前を向いた人の顔は、何度見ても心が震える。
「そうですね。まだ、我々に出来ることは残っています。」
「はい!私、何でもしますよ!」
「何でも……その言葉に、嘘はありませんね。」
そう言われると、何でもは言い過ぎたか……と思ったが、そう言ったルイス様の表情は真剣そのものだった。だから私は、笑ってこう言った。
「もちろんです!女に二言はありませんよ!」
「あなたにやっていたたぎたいことというのは、ユージン陛下との対話です。」
「対話……ですか、」
正直、思っていたより無茶振りじゃなくてホッとした。魔法で勝てとか言われても無理だし。ただ、気になることがある。
「あの、なぜ私なんですか?私は会場にすら行っていません。ですから、ユージン陛下が私のことを指名したとは考えづらい。でも、何の意味もなくルイス様が私を呼びに来たとも思えない。」
私は一方的に、もしかしたらユージン陛下も転生者かもしれないと思って気にしているけど、ユージン陛下が私の存在を知ってるとは思えない。一回も会ったことないし。それに、ここじゃない世界の話がしたいとかそんな現実味のない話を信じてルイス様が……シーくんが私をユージン陛下の前に連れてくるとは考えづらい。……魔法の国なのに現実味とはこれいかに、ってなるけど、今はこっちが現実。どっちかっていうと化学の方が魔法みたいなもんだ。虹がかかる仕組みすら知らないみたいだし。
「ユージン陛下がこの学園に視察に来たいと頑なに主張していた理由が判明いたしました。」
「え!?そうなんですか!?」
理由を聞くより先に、驚愕の事実が発覚した。シーくんがあんなに頑張っても分からなかったその理由が分かったのはよかったけど、一体その理由と私とユージン陛下との会談がどう関係してくるのかが分からない。
「ユージン陛下の目的は、あなたです。」
「………え?」
その言葉に、一瞬頭が真っ白になる。まさか、シーくんの時みたいにお忍びで村に来た私を見て気に入って……とか?モテ期来た?
「ユージン陛下は、月属性でありながら太陽の光の下魔法を発動させ、神の階段を出現させた人物に会うためだけにこの学園にきたのです。」
……なるほど、そういうことね。
……一瞬でも、もしかしてって思った自分が自意識過剰で恥ずかしい。でも、気に入られたとかいうよりもよっぽど納得できる。シーくんはちょっと趣味が特殊なだけだし、そんな奇特な人が王族なんてレアケース何度もあるわけない。
試験やら何やらで忘れてたけど、そういえば私はもうすでに、この世界の普通に一石を投じていたんだった。まさか今更関わってくるとは思わなかったけど、それなら納得だ。納得だけど……そのためにシーくんや学園の人たちがあんなに疲弊していたのだと思うと、申し訳ない。
「分かりました。このルナ・ハリス、ユージン陛下にご満足いただけるようにおもてなしいたします。」
この数ヶ月で、貴族の挨拶を覚えた私は、スカートを持ち上げながら礼をする。
何を言われるのか、何があるのか全く分からない。私の言動、行動ひとつでこの国が戦火につつまれてしまうことだって、十分に考えられる。
……正直、怖い。私は今、大勢の人の命を背負っている。
私がいてもいなくても、和平条約は破棄されていたのかもしれない。それでも、私が投げた石の波紋がここまでやってきた。それなら、私がやるべき事は決まっている。波紋の行く末を、ただ見守るだけじゃだめだ。波紋が間違った方向に行ってしまわないように、囲いをつくることも必要だ。
自分が始めたのなら、それによって起こる結果も自分で受け止める覚悟を決めなければいけない……お兄ちゃんは、理不尽なことがあってもいつもそう言っていた。お兄ちゃんは悪くないのに、どうしてそんなことを言うのか当時の私には分からなかったけど、今の私には分かる。
この世界に来てから……シーくんの婚約を受けた時から、覚悟も決まっている。
……絶対に、うまくやってみせる。
だから、大丈夫。私は大丈夫だよ……お兄ちゃん。




