できることを
緊張しすぎてよく眠れないまま、今日の視察当日を迎えることとなった。教師も生徒も皆、朝食もそこそこに準備に取り掛かっていく。私もいつもより急いで朝食を食べて、準備に取り掛かる。視察は講堂で行われ、生徒は制服を着て視察団を迎え入れることになっている。服装こそいつもと同じ制服ではあるが、みんないつもよりも髪型や装飾品などに気合が入っている。私も何かしたほうがいいのか……と思ったが、そもそも装飾品はシーくんからもらったこのバレッタしか持っていない。あと、私的にはアクセサリーだが他の人からは認められていないピアス(魔法具)がひとつあるだけだ。
……せめて髪型だけでもなんとかした方がいいのかな?鏡を見ながら色々考えていると、隣にいた話したことない人から睨まれた。え、なに。
「ちょっと!まさかその格好で参加するつもりじゃないでしょうね!」
「え、あの、なんかおかしいですか?」
装飾こそつけていないけど、服装は他の人と同じ制服。毎日着てるから着方だってばっちりだ。
「おかしいに決まってるでしょう!まさか、その奴隷具つけたまま参加するつもりじゃないでしょうね!?」
「あの、ですからこれは奴隷具ではなく魔法具で……」
「奴隷の分際で伯爵家の私に口答えするつもり!?」
「あの、ですから……」
「もういいわ!!外せないというならあなたは視察に参加しないで!!これを着て、雑用でもやっていなさい!!」
「え?これですか?」
「ほら!はやくしなさい!!」
「え、ちょっ……」
事態を全く把握できないまま数人がかりで講堂を追い出された私は、呆然としたまま手の中にある布を広げてみた。
「……メイド服?」
そこにあったのは、見慣れたメイド服だった。メイド服といっても、前世でアイドルが着ていたようなミニスカートのメイド服ではなく、ロングスカートのメイド服だ。貴族の御子息御令嬢ばかりが通うこの学校には、沢山のメイドさんと執事さんが働いている。この学校のメイドさんの来ているメイド服は、クラシカルな雰囲気の中にも細やかな刺繍があってかわいい。……実はちょっと着てみたかった。
「……でも、急に裏方に回れって言われても何していいか分からないしな。」
このまま何事もなかったかのように講堂に戻るのは難しそうだし、かといって何するのかも分からないままメイド服を着るわけにもいかない。どうしよう……と思いながらドアの前に立っていると、ドアが完全に閉まっていなかったのか講堂の中の話し声が聞こえてきた。
「歴史ある我がエリュシオン魔法学校に平民の、しかも奴隷がいるなんて知られたらシュバイツオーケノア王国にどう思われることか。」
「そうね、今日は裏方で大人しくしていてもらいましょう。どうせ急に言われても仕事なんて出来ないのだから。会場には来られないでしょう。」
「どうせ会場にいたって役に立たないどころか邪魔でしかないのだし、いない方がいいわよね。このまま学校からもいなくなってくれればいいのだけどね。」
「ふふ、ほんとね。」
そう言いながら笑っているのが聞こえ、私は音を立てないようにそっとドアから離れた。
講堂から大分離れて、周りに誰もいないことを確認してから私は歩くのをやめた。
……そうだよね。私は貴族のマナーとかそういうのは全然分からない。しかも今回の視察にはこの国の行く末が委ねられているのだ。何か失礼があってはいけないし、言っていることは分かる。でもそれなら、早めに言ってくれればよかったのに。そうすれば裏方の仕事だってもっとちゃんと覚えられたのになぁ……。
……このままでは、本当に役立たずで終わってしまう。私だって戦争を回避したいし、シーくんに全てを任せてただ見ているだけなんてしたくない。それに、昨日聞いたユージン陛下のことが気になる。ユージン殿下も前世の記憶持ちならば、私にもできることがあるはずだ。
まだ視察開始まで3時間以上あるし、急いで着替えて裏方の人たちと合流すればまだ間に合うかもしれない。
私は前世でアイドルに貢ぐ為にいくつものアルバイトを掛け持ちしてきた。結婚式場でアルバイトをしたこともある。……結婚式と舞踏会が同じかどうかは置いといて、華やかな世界での給仕経験があることは確かだ。うん、いける!
「よし!がんばるぞ!」
「何を頑張るのだ。」
誰もいない廊下でごぶしを突き上げながらひとり気合を入れていた時、どこからか知らない声が聞こえてきた。え、見られた!?めちゃくちゃ恥ずかしい。でも、話しかけられた以上無視するわけにはいかずに振り返ると……そこにいたのは、言葉を失ってしまうほどに美しい人だった。
「答えろ。」
話しかけられているのは分かる。答えなければ、と思っているのに金縛りにあったかのように全く動けない。
この世界は、整った顔立ちの人が多い。その中でもシーくんの美しさは本当に今まで見たどの顔よりも整っていて綺麗だと思う。
でも……目の前にいる人の美しさは、次元が違う。
目の前にいるはずなのに、まるでそこだけ違う次元が存在しているかのように現実味がない。
学校の人ではないと思う。私は前世から人の顔を覚えるのが得意だったし、そうじゃなくてもこんなに綺麗な人、一度会ったら絶対に忘れるはずがない。
「いつまで固まっている。はやく私の質問に答えろ。」
「し……しつもん……、」
ようやく口だけは動かすことができたけど、何聞かれてたかなんてもう覚えてない。
「先程おまえは頑張る、と言っていた。何を頑張るのだ、と私は聞いた。その答えを求めている。」
「こ……今回の視察を、裏方から支えるために、が……頑張ろうと思って、そう言いました。」
「視察……ああ。シュバイツオーケノア王国の視察か。お前は出ないのか。ここの生徒だろう。」
……この人はどうして私がここの生徒だということを知っているのだろう、という疑問が湧いてきたがよく考えたら私は今制服を着ているんだから分かって当然だ。そんなことすらわからなくなるぐらい、私は混乱していた。
「私は、平民の出なので、公の場におけるマナーを知りません。なので、失礼がないようにとの……学友からの配慮です。」
彼女たちなりにこの視察を視察を成功させようと考えて結果だと思うから、追い出された、というのは憚られた。今の私に視察参加者としての能力が無かった。ただそれだけのこと。……ちょっと嫌がらせが含まれていたと思うけど、それはまぁ言わなくてもいいだろう。
「お前は視察には参加しないのだな。」
「……はい、参加したとしても、裏方としてです。」
「そうか。」
そういうと、目の前の美しい人は私から視線を外して追い越すように歩き出した。よく分からないけど、話は終わった……のか?表情も声のトーンも全く変化がないから感情の起伏が分からない。
気配が遠くなって、私はようやく大きく息を吸うことができた。
……一体何だったんだ。
よく分からないけど、ひとつだけ確かなことがある。あれだけ綺麗だとアイドルとしての扱いも難しいだろう。グループ活動は厳しそうだし、ソロとしてなら……
「おい。」
「ひゃいっ!?」
もしもアイドルになったら、というシュミレーションをしていると、後ろから声をかけられた。もういないと思って油断していたから、変な声出た……。
「あの、まだ何か……?」
いつのまにかまたこんなに近くにいたことにびっくりしたけど、ちょっと慣れたのか今度は固まることなく言葉を発することができた。
「目立つな。」
「え?」
目立つな?何が?どこで?どういうこと?え、何?どういうこと?
言われたことの意味がよく分からなくて、混乱している私を無視して再びすたすたと歩き出した目の前の美しい人に、慌てて声をかける。
「あのっ!目立つなって一体どういうことですか?」
「目立つな。それだけだ。」
……そうか!この人、主語とか修飾語とかがないんだ。だから何を言いたいのかがよく分からない。
「あのっ!待ってください……!」
何を言われたのかも分からないまま去られてもなんかもやもやが残るからちゃんと伝えてからいなくなってほしい。それなのに、その後は何度声をかけても美しい人は全く振り返ることなく去っていった。追いかけようとしても、体がうまく動かなくて、気がついたらその人はいなくなっていた。
……というか、あの人は一体誰だったんだ。
「……はっ!こんなとこで突っ立っている場合じゃない!はやく着替えて裏方の人と合流しないと!」
疑問ともやもやは残ったけど、今考えるべきなのは数時間後に始まるシュバイツオーケノア王国と視察に向けて自分にできることは何か、ということだ。
「よし!がんばるぞ!」
さっきも同じこと言ったけど、ペースを崩されてしまったため、もう一度気合を入れ直した。
分からないことはいくら考えても分からない。それなら、分かることから、できることからやっていく。
メイド服を着て、鏡を見る。いつもは面倒でバレッタで髪を止めている以外何もしていないけど、メイドとして働くならこの髪型は衛生的ではないだろう。どうやってまとめようか……と考えて、私はピアスを隠すように右側で髪を編み込んだ。
もう隠す必要はない、と思ってはいるけど今回は何が命取りになるか分からない視察の場だ。あの子たちが言っていたようにピアスを見られることでオフェルトクロス王国にとって……シーくんにとって不利になることがあってはいけないから、今回は隠すことにする。人生、こだわりも大切だが臨機応変な行動も大切だ。
……それになんとなく、目立つな、と言われたことが気になっている。何を言いたいのかは分からなかったけど、一応目立たないようにピアスは隠しておこう。
それになにより、クラシカルなメイド服には三つ編み!これしかない!
我ながら綺麗にできた三つ編みに満足すると、私は私の役目を果たすために早足で食堂へと向かって行った。




