王太子殿下という存在〜Sideシェイド〜
「シェイド。シュバイツオーケノア王国が和平条約を破棄すると言ってきた。このまま戦争になるだろう。よろしく頼むぞ。」
「……は?」
学生生活の合間に王宮へ帰り、いつも通り公務をこなしていた時に、いきなり父からそう告げられた。
シュバイツオーケノア王国は、神オーケノアが守護する国で、つい先日王太子だったユージン殿下が国王となったばかりだったはずだ。シュバイツオーケノア王国とは比較的良好な関係を築いてきたし、ユージン殿下との関係も悪くはなかった。それなのに、 いきなり和平条約の解消だなんて、いったい何があったのか。戦争だ、と繰り返す父を無視して、とにかくユージン殿下……いや、ユージン陛下と話をしなければと、俺は急いでシュバイツオーケノア王国へと連絡を取った。
(「……勝ったとか負けたとか関係なくさ、戦争はみんなが悲しい思いをするんだよ。だって、結果がどうあれ、みんな人殺しになってしまうんだよ。人を殺して手に入れる幸せなんて……私は欲しくないよ。」)
絶対に、戦争になんかさせない。
シュバイツオーケノア王国との会談は、平行線のままだった。ユージン陛下は元々饒舌な人ではなかったが、会談ではただひたすら和平条約の破棄とオフェルトクロス王国の統治権の譲渡を求め、それに応じなければ国に攻め入ると繰り返すだけで、話し合いに応じる様子は全くない。
そんなユージン陛下の態度に、自国の家臣たちは皆、怒りを露わにしていった。
「シュバイツオーケノア王国なんて、王太子殿下が本気になれば、一瞬で焼け野原になるのにな。」
「全く、身の程知らずですな。王太子殿下、情けをかける必要などありません!今すぐ攻め入りましょう!」
「王太子殿下がいる限り、この国は負けないからな。我が国に牙を剥いたこと、せいぜい後悔するといいさ。」
王宮内部や貴族の中では話し合いなどもう必要がない、戦争だ。という声が大きくなっていった。それでも俺は、なんとか戦を回避したかった。ルナに言われたことも大きく影響していたが、何よりもシュバイツオーケノア王国と戦争となれば、こちらもタダでは済まない。
「何をしているんだ。これ以上話し合う必要などない。早く攻め込め。」
国王である父も、全てを俺に任せて偉そうに高みから命令するだけだ。確かに、完璧な王太子を作り上げたのは、紛れもなく自分だ。そうしなければ、ルナと一緒にはいられなかった。そのために、何があっても対応できる能力も身につけた。どんな相手でも圧倒できるだけの力を得るため、努力は惜しまなかったつもりだ。
それでも、今回は相手が悪すぎる。相手が人間ならば、どうにかなる。しかし、シュバイツオーケノア王国には神オーケノアがいる。流石に神相手に、圧倒するだけの力があるかと言われると、自信を持って大丈夫だと言い切ることができない。それなのに、俺に全てを押し付けて、無責任に戦争だと騒ぎ立てる奴らばかりだ。しかし、現実を突きつけてしまえば、200年前の戦争以降戦のなかったこの国はパニックに陥るだろう。
だから、誰にも事実を告げることができないまま、時間だけが過ぎていく。自分の一挙手一投足に国民の命がかかっているという事実。そして、自分の力が及ばないものを相手にしているという現実を受け入れなければならないこの状況がただただ苦痛だった。
唯一心休まる時間は、ルナのとふたりきりになれる時だった。
今までは、ルナの部屋へ訪問しても夜遅くなる前には自室に戻り、公務が長引き学校に戻るのが夜になった場合は訪問しないようにしていた。この国では、日が沈んだ後に未婚女性の部屋に入ることは許されない。それは、相手が婚約者だとしても例外ではない。
しかし、和平条約破棄を告げられてから初めてユージン陛下と会談を行ったが取り付く島もなく終わった時、どうしてもルナの顔が見たくなった。寝ているかもしれない、それでもいいから顔が見たいと思い尋ねると、ルナはまだ起きていた。寝る所だったようだが、夜遅くの訪問にも関わらず、俺を咎めることなく紅茶を入れて迎えてくれた。
初めての出会いが出会いだったため、ルナは俺が完璧ではないと知っている。誰よりもいい所を見せたい相手であるはずなのに、自分の弱さを認めてくれることが嬉しかった。王太子という立場は、周りに弱音を吐くことも、不満を言うことも、不安な表情を見せることすら許されない。
しかし、ルナの前では全てが許された。
俺がどんなに情けない姿を見せようが、ルナは俺を受け入れてくれる。どんなに周りから無責任な期待を向けられようが、ルナだけは分かってくれる。ルナにとって、俺はいつまで経ってもシーくんのままだからだ。
そんな思いが、俺を支えていた。ルナがいたから、何度でも会談に臨むことができた。
そして、何度かの話し合いの後、ユージン陛下はエリュシオン王立魔法学校の視察を求めてきた。断ればすぐにでも攻めてきそうな表情と、背後に控えている神オーケノアの凄まじい圧を前にして、こちらに断るという選択肢はなかった。
「生徒、並びに教師の皆様には多大なご迷惑をおかけすることになります。
しかし、今この国を戦火に沈めるわけにはいきません!エリュシオン王立魔法学校の皆さん!!この視察が上手くいくよう私に……この国に力をお貸しください!!」
相手の意図がわからない不気味さを感じながらも、今は従うしかない。学園の皆に不安を見せないよう、完璧な王太子として壇上に立つ。
「はい!!」
「かしこまりました!王太子殿下!!」
「王太子殿下!!」
「王太子殿下、万歳!!」
跪き、歓喜の表情でこちらを見てくる生徒や教師に笑顔でこたえる。
笑顔でこたえながらも、こちらの苦労も知らず、ただ能天気に笑う目の前の人々に対してドス黒い感情が湧き上がってくる。
ここまでして、この国を守る意味はあるのか。俺には、ルナさえいればそれでいい。もういっそ、全てを投げ出して2人でどこか遠くに……
「………!」
そんなことを考えながらルナを見ると、呆然とこちらを見ていた。周りが歓喜の表情を浮かべ、王太子に向けて称賛の声を向ける中、ただただこちらを見ていた。
言葉は交わしていない。しかし何故か、ルナが考えていることが手にとるように分かった。ルナは今、王太子としての重責を理解してくれている。
……ああ、そうだ。ルナだけは、分かってくれる。
それだけで、心に巣食っていたドス黒い感情が消えていくのを感じた。
ルナがいれば、大丈夫だ。俺は完璧な王太子でいられる。
その後、ルナに甘え過ぎた結果ベットを占領して寝るという失態を犯した。普通の未婚女性ならば怒り狂うか、隣に寝てきて既成事実をつくろうとしてくる。他の人なら絶対に許さないが(そもそもベットで寝るなんて失態は犯さない)、ルナならどちらの反応を向けられても構わなかった。しかし、朝起きたらルナは床で寝ていた。
申し訳なさと一緒に寝てくれなかった寂しさはある。しかし、起こさずにただベットを貸してくれたのだと思うと、愛しさでどうにかなりそうだった。
名残惜しいが、今日も早くから視察の準備があるから行かなくてはならない。お礼と謝罪、そして少しの文句とからかいを混ぜた手紙を書いた。綺麗に並び立てた言葉じゃなくても、ルナはきっと読んでくれると思うと、つい笑みが溢れる。
ルナに向ける言葉に、王太子の言葉は必要ない。俺の……シェイドの言葉でいい。
「……ありがとう。」
ルナの頬にキスをひとつ落として、部屋を出た。
ルナの部屋を一歩でも出てしまえば、シェイドの……シーくんの時間は終わる。また国民の命を背負った王太子に戻らなければならない。
しかし、ルナさえいてくれれば、俺はいつだってシーくんに戻ることができる。それだけで、なんでもできる気がした。




