夜の寮で
「ルナ。」
まだまだ読み書きが完全とはいえない私は、テストが終わっても毎日日付が変わるぐらいの時間までは勉強すると決めていた。今日も勉強を終わらせて、寝ようとベッドへ向かっていると私を呼ぶ声がした。普通に考えれば自分の部屋で、しかもドアが開く音もしないで聞こえた自分以外の声とか恐怖でしかないが、聞こえた声はもはや私の部屋の一部になりかけているものだったので、特に動揺することもなく振り返った。
「シーくん!」
「寝るところだったのか。」
私の格好を見て寝る前だと判断したシーくんは、部屋から出ていこうと……するはずもなく、当たり前のように椅子に座った。寝ようとしている人の部屋でよくくつろげるね。ある意味すごいと思うよ。
「寝ようと思ってたけど、そんなに眠くないから大丈夫。というか、珍しいね。シーくんがこんな遅くに来るなんて。」
「ああ、忙しくてな。だが、どうしてもルナに会いたかった。」
「……そうですか。」
そう言って、髪にキスされるのにももう慣れてしまい、こんな反応しかできなくなった。日本人の羞恥心どこ行った……。
こんな感じて基本的に我が道を行くシーくんだが、王子様というだけあって紳士的な面も持ち合わせている。だからいつもは、何時に来たとしても消灯の時間前には帰っていた。だから、こんな夜遅くに部屋にいるシーくんを見るのは初めてだ。……うん、消灯後の小さな灯りの下にいるシーくんもかっこいい。
そんなことを考えながら、いつのまにか私の部屋に常備された(シーくんが置いていった)ティーセットを使ってお茶を入れる。あ、紅茶ってカフェインだから寝る前ダメなんだっけ?……まあいいや。私、紅茶飲んで眠れなくなったことないし。むしろ、授業中とか紅茶飲みながら寝てたことあるし。
「ありがとう。」
初めて合った時のことを思い出すと、こうしてお礼を言ってくれるというのも私が言ったことが少なからず影響しているのだと思う。それを守ってくれるのはとても嬉しいし、お礼を言えることはいいことだと思うと同時に……シーくんは私が言ったことは全て正しいと思っているのではないか、という不安を感じている。
「あのさ、ティアから聞いたんだけど、戦争が始まるかもしれないって……」
「ああ。今まで良好な関係を築いていたのに、今の国王になった途端に条約を反故にして我が国に攻め入ると言い出した。……でも、大丈夫だ。なんとか話し合いで解決する。戦争なんて起こさせない。」
そう言って、シーくんは私の頭を優しく撫でてくれた。その表情が本当に綺麗で、思わず見惚れてしまいそうになり慌てて目を逸らす。
違うでしょ!……これだけは聞かなきゃって思ってたことがあるんだから、ちゃんと聞かなきゃ!私は少し緊張していたので、深呼吸をしてから話し始めた。
「……シーくんはさ、私が戦争が嫌だと言ったから、話し合いで解決してくれようとしているの?」
「……何が言いたい。」
「……自惚れかもしれないけど、私の言うことよく聞いてくれるでしょ?だからね、なんか私の言うこと全部正しいと思ってたり……しないかなぁ、なんて……」
「それはない。」
「あ、そう……」
自意識過剰かもしれないと思って、それなりに緊張しながら頑張って言ったのに、あっさり否定された。
「ルナの考え方は、俺に新しい世界を見せてくれる。影響を受けているという事実は否定しない。
だが……ルナの言葉を受けてどうするのか、決めるのは俺だ。俺がそこまで従順にみえるか?自惚れるなよ。」
自惚れるなよ、なんて言いながらも私を撫でる手はとても優しい。どんな顔をして言っているんだろう、と気になって視線を向けて……今度は逸らすことが出来なかった。その表情があまりに美しく、慈愛に満ちたものだったからだ。
「お前が何をしようが、何を言おうが、関係ない。俺の人生は、俺のものだ。」
……美しいと、思った。外見とか、そんなんじゃなく、もっと心の奥底の……魂のようなものが震える。
「……まぁ、お前が俺が欲しいと言ったなら全て差し出してもいいがな。」
そう言って、揶揄うような笑みを浮かべたシーくんに、私も笑う。
心の奥を、見透かされていたのかもしれない。
この世界を変えたい。その願いは今も変わらずに持っている。シーくんと出会って、そのチャンスをもらった。実際に自分なりに考えて、行動して……私は属性魔法の常識を覆した。でも、私はそれをとても怖いと思った。本当にそれは正しいの?何かを変える、ということは何かを犠牲にしなければなし得ない。私が犠牲にしようとしているものは、本当に捨てていいものなの?戦争という、人の死に直結するような場面になって、よりその恐怖は増していた。
……ひとりで背負うのが、怖くなっていた。
「……ありがとう、シーくん。」
シーくんが、私のそんな気持ちに気付いていたのかどうかは分からないし、聞かない。それでも、ちゃんと自分で決めていると言ったシーくんの言葉が嬉しくて、感謝の気持ちを伝える。
「ああ。俺の全てをくれてやろう。」
「ううん。それはいらない。」
和ませようとわざと言ったのか、それとも本気なのかは分からないが、即座に断る。え、場を和ませるためにいってくれたんだよね?私はそう信じてるよ?……ちょっと目がマジだった気がしないでもないが。
「……まぁいい。それで戦争に関してだが、こちらにもメリットはないんだ。」
さっきまでの揶揄うような雰囲気は消え、シーくんはそう話を切り出した。
「戦争ともなれば国費も消費するし、土地も荒れる。人が死ねば労働力も減る。しかも狙われるのは王族だ。戦争によって滅ぼされた王家も歴史上はたくさんいる。できれば避けたい。」
「……そっか、そうだよね。」
私はただ戦争はしたくない、してほしくない、としか考えられなかったけど、王太子殿下の立場から戦争をしたくない理由を聞いて、納得したと同時に安心した。大丈夫、ちゃんとシーくんは考えられる人だ。ただ盲目的に、私を好きだと言っているわけじゃない。
「それに、相手がシュバイツオーケノア王国だからな。」
「?相手がその、シュバ……なんとか王国だと、何かあるの?」
まるで戦争だけではなく相手がよくない、と言っているような言葉に、私は首を傾げる。申し訳ないが、この国のことを学ぶのに必死で他国のことまでは手が回らなかった。テスト範囲じゃなかったし。
「ああ。この国は、神クロス様の加護を受けているのは知っているな?」
「うん。」
それはもう、何度も何度も勉強したからよく分かっている。どの教科を学んでも必ず出てきた神様だ。嫌でも覚えてしまう。
「この国が受けているのはあくまでも加護だ。信託や魔法具召喚には力をお貸しくださるが、実際に拝謁しお言葉を交わせるわけではない。」
「うん、そうだろうね。」
そもそも私は、神という存在に対しては懐疑的だ。元々無宗教の人が多かった日本で生まれた私にとって、神という存在は架空のものだ。魔法も架空のものだったが、こっちは実際目で見て自分で使ったので現実のものだと認識したけど、神は生憎会ったことがない。プレゼント(スマ本)はもらったけど。
「だが、シュバイツオーケノア王国の神は、王族と共にこの地に降り立って生活しているんだ。」
「……」
……ん?どういうこと?ちょっとよく分からない。混乱している私に構わず、シーくんは話を続ける。
「シュバイツオーケノア王国に加護を与えている神オーケノアは、王族と共に暮らしている。戦争となれば戦場にやってくるだろうな。他国とはいえ、流石に神と刃を交えたくはない。」
……拝啓、日本にいるお兄ちゃん。
散々アイドルは神だとか推しが神だとか言ってきた私ですが、神は実在したそうです。……気軽に推しが神とかいえなくなりそう。




