不穏
エリュシオン魔法学校で初めての……いや、ルナ・ハリスとして初めての試験は、睡眠時間も精神も……なんなら食事時間も全てを犠牲にして望んだ結果、悲惨なことにはならなかった。全ての教科が平均点より少しずつ低いぐらいで済んだ。読み書きできなかったことを考えると、凄い進歩だと思う。学校で結果を見た時は堪えていたけど、寮に帰った瞬間感動で泣いた。高校受験でも大学受験でも泣いたことなかったけど、泣いた。
でも、シーくんはこの結果に満足いってないらしく、次こそは満点取れよと言っていた。ごめん、次は私平均点以上狙ってるから無理だわ。
ああ!あと、びっくりしたのが総合と各教科の上位50名は張り出されるんだけど、なんと魔法薬学の学年1位はティアだった。ティアは何とも思っていないようで表情を変えずにただ結果を見ていたけど、私は自分のことのように嬉しくて思わず抱きついて喜んだ。そしたら、ティアも少し照れたように笑ってくれた。かわいかった。
そして、試験前日にいろいろあったセレナ・オークウェル様だが、何と学年総合8位だった。本人は1位じゃないことを凄く悔しがっていたけど、私からしたら十分凄い。……綺麗で勉強もできるなんて高スペック女子なのに、容赦なく振って私を選んだシーくんはやっぱり趣味がおかしいと思う。
そんなこんなでいろいろあった試験だったが、とりあえず無事に終わった。その後は試験前のような平穏な生活(当社比)が遅れると思ってたのに、なんだか様子がおかしい。授業を休む人やいない先生が増え、シーくんも寮に来なくなった。実家に帰っている人もいるらしく、寮の人もまばらになってきた。授業を受けている人たちも、なんとなく雰囲気がピリピリしている。
「ねぇ、なんか最近みんな様子がおかしいよね?授業も自習ばっかりだし、人も減ったし……」
「うん、うちみたいな下級貴族には、詳しい話は伝わっていないんだけど……なんか、今隣国と揉めてるみたいで……」
「隣国?」
人が減った食堂で、夕食を食べながらティアと最近の異変について話していた。ティアは実家に帰ることなく、ずっと寮にいてくれるので心強い。
「うん、ほとんどの国は王太子殿下のお陰で和平条約を結んでいるから関係は良好だったんだけどね、ちょっとそのうちのひとつの国と揉めているらしくて……」
「そうなの?」
なんだか穏やかじゃない話に、とてもおいしいお肉に向いていた意識をルナに向けた。
「うん。今までは良好な関係を気づいていたんだけど、去年新しく王位についた方が和平条約を反故にすると言ってきたみたいなの。それで今、王家や貴族の人たちは……いざという時のために戦争の準備をしているみたい。」
「せっ、戦争!?」
「あっ、あくまでもいざという時のためね。そうならないために、王太子殿下が何度も交渉に行っているみたい。」
戦争……前世では、戦争を放棄すると憲法で決まっていたから、それはどこか遠い世界の話だった。授業や講義で何度か戦争体験について聞いたり学んだりしてはいたが、あまりに悲惨なそれを知るたびに、とても怖いものなのだと、もう繰り返してはいけないことなのだと強く思った。
……そんな戦争が、今この国に迫っている。
考えてみれば、ここには憲法なんて存在しない。シーくんについての偉業の中には、侵略してきた軍隊をひとりで制圧した、なんて話もあった。……ここでは、戦争は遠い世界の話なんかじゃない。いつでも起こりうる、現実なんだ。
「貴族の中には、早く戦争を起こして制圧しろ、なんて意見もあるみたいなんだけど……王太子殿下が出来るだけ戦争は避けたいって言っているみたいなの。戦争をしても勝つためには王太子殿下の力が必要だから、戦争肯定派の貴族も強硬手段は取れないみたい。」
「そうなんだ……戦争は嫌だよね。」
「でも、相手が交渉に応じなければ仕方がないわ。戦争も、国を守るためには必要な外交手段のひとつだもの。」
「………そっか。」
そうだ、ここは日本じゃない。日本のよう戦争に対して強い嫌悪や恐怖はない。こういう所も……私の普通とは違うんだ。
「王太子殿下も、軍のひとつやふたつすぐに制圧出来るぐらいお強いのに、どうしてそこまて戦争を回避しようとしているのかしら。」
「なんでだろうね……あ、」
それぐらい強い人がいるなら、確かに戦争をして相手を制圧したいと思う貴族がいるのにも頷ける。シーくんは別に戦いを避けたいと思うような性格ではなさそうなのに、どうしてなんだろうと考えて……思いだした。たしかあれは、歴史の勉強をしている時……、
(「ねぇ、この国戦争しすぎじゃない?」
「そうか?普通だろう。」
「いや、絶対やりすぎだよ。だってさ、この戦争とかこっちから仕掛けてるじゃん。する必要なかったよね?」
「これは、相手が貿易に対する交渉に応じなかったから仕方がない。」
「いや、それぐらいで戦争なんてやりすぎだよ。」
「しかし、勝ったのだからいいだろう。おかげでこの国の貿易は栄えた。」
「……勝ったとか負けたとか関係なくさ、戦争はみんなが悲しい思いをするんだよ。だって、結果がどうあれ、みんな人殺しになってしまうんだよ。」
「………」
「人を殺して手に入れる幸せなんて……私は欲しくないよ。」
「……そうか。」)
……もしかして、あの時の会話覚えててくれたのかな?
あの時の会話がシーくんの考え方に影響を及ぼした……なんて、そんなのは傲慢考えだとは思う。でも、シーくんが私の言葉のひとつひとつを本当に大切に覚えてくれていることは知っている。時には、私が忘れているようなことだって、シーくんはひとつもこぼさずに大切にしてくれている。
そのことに対して、嬉しい……という感情よりも先に恐怖を感じた。自分の発言が、この国を動かしている王太子殿下に影響力をもっているのだ、と考えると……怖い。
今までも散々世界を変えようとしていたけど……これはちょっと、影響力がでかすぎて怖い。
これからは、気をつけて発言するようにしよう……と決意しながらも、なんとか戦争が回避されればいいな、と今はここにいないシーくんにエールを送る。
「あ、ところでその隣国ってなんていう国なの?」
あとで調べてみよう、とその国の名前を聞くと、ティアは緊張した面持ちで口を開いた。
「シュバイツオーケノア王国よ。」
……また、覚えられなそうな長い名前だな。




