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私は普通を諦めない  作者: 星野桜
第二章
40/83

オークウェル公爵令嬢

「ルナ?大丈夫?」



「う……なん……とか…」



 あれから私は、試験に向けて寝る間も惜しんで勉強した。今までの人生(前世込み)でこんなに勉強したことなんてないってぐらい勉強した。絶対無理だと思った王家の家系図も暗記してしまうほどに勉強した。

 授業中以外はとにかく暗記と筆記の繰り返し。時々部屋の中を歩き回りながら教科書を読んで気分転換がてら暗記。部屋にやってくるシーくんも、成績と婚約が直結しているからなのかとても熱心に教えてくれた。

 そして、いよいよ明日が試験の日。ティアは、日に日に濃くなっていく私の目の下のクマを心配そうに見ている。



「明日は……試験だから……それさえ終われば……」



 疲労で上手く回らない口で、なんとかそう返すと、私は帰り支度をする。

……ダメだ、眠い。このまま勉強会しても効率が悪い。試験前日で午前授業だったし、一食抜くのはよくないけど、今日はこのまま寮に帰って2時間くらい寝よう。スマ本でアラームかけておけば、なんとか……



「ねえ。ちょっといいかしら。」



 回らない頭で、なんとかこれからの時間配分について考えていると、いつのまにか目の前に立っていた女の子に声をかけられた。えっと……誰だ……ああ、セレナ・オークウェル様だ。廊下側の1番前に座ってる。



「よくないです……すみません……」



 身分が高い人だとは分かっていたけど、今の私に、話に付き合う余裕はない。早く帰って仮眠をとって、最後の詰めに入らないと……!なんたって、試験は明日なんだ。



「は?!ちょっ、ちょっと待ちなさい!」



 まさか断るとは思っていなかったのか、セレナ・オークウェル様が慌てたように私の腕を掴む。



「……あの……本当に申し訳ないのですが……今は無理です……」



……無理……眠い……。昨日一睡もしないで魔法工学の数式を眺めていたせいで、寝不足だ。今も寝不足の頭の中に、いくつもの数式がぐるぐると回っている。



「〜〜っ!!いいから来なさい!!平民の分際で公爵家からの声かけを否定するだなんて、ありえないわ!」



「あの……ほんと……申し訳ないのですが試験終わってからにしてください……」



 なんとかそう言い切って教室を出ようとした……ところで捕まった。



「それじゃあ遅いでしょ!いいから来なさい!」



……抵抗する体力もない。無抵抗のまま引きずられて行く。というか、何でこんな必死なの?ほんとに何の用なの?



「お、恐れながらオークウェル公爵令嬢様。ルナ、具合悪そうなので、日を改めた方が……」



 仕方ない、諦めようと思っていた時、後ろから声が聞こえた。振り返ると、ティアが顔を真っ青にして震えながらセレナ・オークウェル様に反論していた。



「なに?あなた男爵家の分際で公爵令嬢でる私に反論するつもり?」



「いえっ!そんな恐れ多いことは!しかし、ルナはその、体調が……」



「は?」



「っ!!」



……やばい。なんかこのままだと私のせいで修羅場になりそうだ。ついて行くのは面倒だけど、ティアに怖い思いをさせてまで拒否することでもないか。それに、怖がっているティアを見ていたら目が覚めた。友達が困っているのに、眠いなんて言ってられない。



「ティア、ありがとう。ちょっと眠かっただけだから、大丈夫。私行くね?バイバイ、また明日。」



「ルナ!」



 大丈夫、の意味も込めて手を振ると、ティアは泣きそうな顔をしながら私を見ていた。……この世界で身分が上のものに反論するということがどういうことなのか、少しずつ分かってきた。ティアが起こした行動がどれほど勇気がいることだったのかも分かってる。私のために勇気を出してくれたことが嬉しくて、笑顔で手を振った。



「さて、お待たせいたしました、セレナ・オークウェル様。できれば手短にお願いいたします。」



「……あなたまさか、眠たいからとかいうふざけた理由で私からの誘いを断ろうとしていたわけ?」



 呆然と目を見開いてそう言ったセレナ・オークウェル様に、私は頷いた。



「はい、そうです。」



「ちょっと!ふざけるのもいい加減にしなさいよ!あなた私のこと馬鹿にしてるの!?貴族の命とあらば、不眠不休で従いなさい!」



……普段ならの私なら、すみませんでした、と謝って穏便に済ませる。でも、何度も言うけどこの時の私はとても眠かったし、早く帰って明日の勉強もしたかったのに邪魔されてイライラしていた。それに加えて勉強ばかりしていてストレスも溜まっていた。だからつい、言ってしまった。



「ふざけた理由って言いますけどね!睡眠欲は人間の三大欲求のひとつです!人は眠らなければ体調を崩すし、最悪死んでしまいます!たかが眠気と馬鹿にしてはいけません!」



「さ……サンダイヨッキュウ?」



 私が反論するとは思わなかったのか、セレナ・オークウェル様は驚いたようにそう言った。あれ?この世界では人間の三大欲求って言わないのかな?身体の感じは前世と全く変わらないから、その辺も同じだと思うんだけど……



「食欲、睡眠欲、性欲の3つです。人間が生きていく上で重要だとされる欲求ですね。まぁ、性欲に関しては無くても種が途絶えるだけで生きてはいけますが、食欲と睡眠欲は満たされなければ死んでしまいます。」



「せっ……!?」



 とりあえず疑問には答えなくては、と素直に答えたのに、セレナ・オークウェル様は顔を真っ赤にして固まった。周りを見渡すと、他の人も顔を真っ赤にしたまま固まっている。



「あれ?どうしました?」



「〜〜〜っ!!もういいわ!来なさい!」



 そう言うと、私を引っ張ったまま歩き出した。せ?って何を言いかけたんだろう。……もしかして、性欲ってこの世界ではあまり口にしちゃいけなかった?いや、前世でも大っぴらに口にはしないけど、三大欲求なんて誰でも知ってることだからいいかと思ったんだけど……。どうやら、私はまたやらかしてしまったらしい。反省。

















「さて、ここなら誰も来ないわね。」



 連れてこられたのは、人気のない中庭の一画。え?人気のないところで一体何されるの、と一瞬少女漫画でよくある場面が浮かんだけど、一対一だし、いざとなったら魔法もあるしまあ大丈夫だろう、と大人しく話を聞くことにする。



「改めまして、こんにちは。私はセレナ・オークウェル。オークウェル公爵家の第2子で、現宰相の娘。シェイド・クロス・フェルダリア王太子殿下の婚約者。未来の正妃でございます。」



「……ん?」



 シェイド・クロス・フェルダリア……シーくんの婚約者?未来の正妃?現宰相の娘?というか、何で私に言うんだろう?シーくんと私の婚約者保留の件は誰も知らないはずだから、仮に勝手に婚約者を決められていたとしても、それを私に言う道理はない。というか、婚約者ってなんだ?シーくん私に飽きたとか……?いや、昨日も普通に来てたな。

 混乱する頭の中で、必死に情報を整理する。整理していく中で、ひとつ引っかかったことがある。宰相の娘、というキーワードをどこかで聞いたような気がするんだよね……。



(「せめて側室として招き入れるわけにはいかないのか?正室は宰相の娘に譲れ。形だけでもいい。そのあとは、その小娘のもとにだけ通えばいいだろう。宰相の娘もそれでよいと言っている。」)



「……あ!」



 もしかして、この子が国王陛下が言っていた……



「あなたのことは父上から聞いています。王太子殿下の気まぐれで気に入られたとか。どんな手を使ったのかは知りませんが、あなたと結婚できなければ王太子の座を辞すると仰っているようですね。あなたとの間にしか、お世継ぎをつくるつもりもないとか。」



……お世継ぎの件は、知らなかったな。

 というか、性欲には顔真っ赤にするくせにお世継ぎは全く動じないのか。恥じらいポイントがよく分からない。



「その話は知っています。というか、セレナ・オークウェル様はそれでいいんですか?」



「もちろんよ。」



「え、いやあの……私が言うのも失礼かも知れませんが、形だけの奥さんになれって言われているんですよね?それでいいんですか?」



 この話を聞いた時から、ずっと聞きたかったことを口にする。だって、結婚前から結婚しても愛人はいるけどとりあえずお飾りで結婚してくれって言っているようなものだ。私だったら平手食らわすレベルで頭にくる。




「もちろんよ。だって、第2子の私が正妃になれるのよ。」



 そう言って、セレナ・オークウェル様はうっとりとしながら語り始めた。



「私ね、元々第一王子であるウィルド様の側室として王家に嫁ぐ予定だったの。それも十分名誉なことではあるけれど、王太子殿下が信託によって選ばれてから、ウィルド王子が婚約を全て破談にしてしまったの。嫁ぎ先がなくなってしまって、どうしようかと父上が頭を悩ませていた時……このお話をいただいたわ。天にも昇る心地だった。平民の側室がついてくるなんて、些細な問題よ。

だから、正室の座は私に譲ってあなたは大人しくしていなさい。」



「……はぁ、」



 一夫一妻制が普通である私にとって、全く理解できない話すぎて、なんて言ったらいいのか分からない。曖昧な相槌しかうたない私に構わずにに、セレナ・オークウェル様は話し続ける。



「でもね、やっぱり王家に平民の血が混ざるのは良くないと思うの。だから私が、あなたにたぶらかされた王太子殿下の御心を取り戻すことにしたわ。」



「……たぶらかした覚えはないです。」



 何とかそう返した私を見て、鼻で笑ったセレナ・オークウェル様は、私を指差しながら高らかに宣言した。



「明日の試験で私が勝ったら、王太子殿下の御心は私のものにすると誓いなさい!もう二度と、王太子殿下に近づかないで!」



「……お断りします。」



「なっ……!あなたねぇ……!」



 そもそも、この婚約を望んだのはシーくんだ。そのためにいろいろな手段を使っていたことから、いくら周りがどうこう言ったって、シーくんがやめると言わない限りなくなることは無いと思う。……というか、どこにいても追いかけてきそうな気すらしている。

 私も、さまざまな条件を飲んだ上でそれを受け入れた。今更その条件を無しにされるととても困る。お母さんの治療もまだ続いているし、ガラク村への支援もしてもらっている。それに、魔法学校に通って、この世界で生きていく上で必要なことを沢山学んだ。まだまだ知りたいことは沢山ある。……こういっちゃなんだけど、シーくんとの婚約は、私にとってまだ利用価値の高いものだ。無くすには惜しい。ってこの前本人に言ったら、とても嬉しそうにしていたから、やっぱりシーくんは変じ……いや、変態だと思う。



「自分が、王太子殿下の相手に相応しいと、本気で思っているの!?この身の程知らずが!!」



 王太子殿下とか、身の程とか、そんなことは知らない。ただ、ひとつだけ分かっていることがある。



「シェイド・クロス・フェルダリアが好きなのは、私ですから。」



 そう言って微笑むと、セレナ・オークウェル様は言葉を失ったように口を開いたまま固まった。しばらく待っても何も言わない。……どうしよう、帰っていいかな。

 いつまで経っても動かないセレナ・オークウェル様に困っていると、後ろから声が聞こえた。



「その通りなのですよ、オークウェル嬢。」



 聞き慣れた声に振り返ると、やっぱりシーくんが木の影から出てきた。え?いつからいた?



「私は、ルナ・ハリスのことを心から愛しているのです。」



……愛しているっていうのは、初耳かな。



「ですから、申し訳ありません。あなたを婚約者として迎えるつもりはありません。」



 突然の王太子殿下の登場にさらに呆然とするセレナ・オークウェル様に構わずに、シーくんは、慣れた手つきで私の手を取ってキスをした。



「私の伴侶は、生涯ルナ・ハリスただひとりですから。」



 そう言って、シーくんは私を後ろから抱きしめた。手へのキスも、抱きしめられることにも慣れてしまい、もう照れることすらなくなった。……なんか、大事なものを失っているような気がする。



 そうしてその場には、嬉しそうに私を後ろから抱きしめるシーくんと、呆然として固まったまま動かないセレナ・オークウェル様。そして、おそらく死んだような目をしているであろう私だけが残された。

 私は、唯一この場をどうにかできそうな人に心の中で助けを求めた。








……ルイス様、助けて。








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