絶対的な味方
「……シーくんはさ、なんで私のことが好きなの?」
なんとか頬の熱を落ち着けたところで、私はどうしてシーくんがここまでするのか、ということが気になってきた。私は、シーくんにそこまでして一緒にいたい、と思ってもらえるようなすごい女の子ではない。
「どうした?今更だな。理由が聞きたいなら何時間でも話してやるが。」
「……私、今日ようやく身をもって知ったの。貴族と平民の間にある格差は、私が想像していた以上に大きい。」
初めはまだ、私をからかうように笑っていたシーくんだったけど、真剣な話なんだと察してカップを置いて、真剣な顔をして真っ直ぐ私を見た。シーくんのこういうところは好きだ。あ、恋愛的な意味でなく、人として。
「今私がここにこうしていられるのは、間違いなくシーくんのおかげ。シーくんが私を好きだと言って、一緒にいたいと望んだから、今私はここにいる。婚約者って立場はまだうまく受け入れられてないけど、本当に感謝してるの。」
「そうか。」
「……でも、少し怖い。」
「……何かあったか。」
怖い、と言った瞬間、シーくんの表情が変わった。困惑?不安?怒り?今、何を感じているのか、私には分からない。
それでも、私の言葉を待っていてくれていることだけは分かったので、話を続ける。
「分かっていたつもりだったし、それをどうにかしたいと思ってここに来た。でも、今日の授業で平民がどう思われているのか、身をもって知った。私たち平民は、同じ人間だと思われていない。」
「………」
シーくんは、言葉を挟むことなく私の話を聞いている。頭があまりよくない私だって、たった1日で気がついた。私よりもずっと頭のいいシーくんが、知らないはずがない。
……こんな時、そんなことないよ、とかその場しのぎのなぐさめをしてこないところも、好きだ。今私が欲しいのは優しい言葉じゃない。現実を知るための真実の言葉。
「貴族の中でも選ばれた人が来てるこの学校は、特にその考えが強い。同じ貴族なのに、男爵家の女の子に対しての扱いも酷かった。」
しかも、私の魔法具はこの世界の人たちにとって奴隷の証。普通の平民よりも扱いは酷くなる。
「正直、授業中も休み時間も寮でも、向けられる蔑みの視線や聞こえてくる侮辱の声は、本当に堪える。」
食堂でご飯を完食できないのも、周りの環境が影響していると思う。あんな空気じゃ、食べ物なんてろくに喉を通らない。
「それに……」
この続きを言ってもいいのか、私はシーくんの反応を伺う。これを言ってしまって、果たして無事で済むのだろうか。
「……言え。」
言い淀んでいる私に、シーくんは続きを促すようにそう言った。
でも、今までの話だけでも怒りのオーラが隠しきれていないシーくんに対して、この話をしていいのか迷う。……無事でいられるかな?私の貴重な学び舎は。
「……何もしない?」
「……お前が、そう望むのなら。」
「……うん、ありがとう。」
とりあえず言質をとってから、私は制服のマントを脱いだ。ブレザーも脱いだところで、シーくんが少し眉をひそめた。いや、全部脱ぐとかそんな痴女みたいな真似しないから。ワイシャツの腕をまくったところで……シーくんが息をのんだ。
「午後からの魔法薬学の授業でね、これから授業をするにあたって毒がある薬草とか、調合に関しての注意点についての説明があったの。その説明をする時に、例として私が実験台にされた。これは、その結果。」
両腕は、火傷のように爛れ、所々ガラスで切れた切り傷がある。……見てるだけで痛い。いや、見てなくても痛い。
「なんですぐに言わなかった……!!」
……シーくんが焦ってるのって、レアだよね。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、シーくんが手をかざした所からみるみる傷が治っていく。さすがシーくん。っていうか、呪文唱えてないよね。媒介として必要なんじゃなかったっけ。
「……いや、もう痛すぎて半分麻痺してたし、シーくんの不法侵入とお菓子の衝撃で普通に忘れてた。」
「……バカだろ。」
「いや、バカとか好きな女の子に言うセリフじゃないから。……いや、そういうセリフにきゅんきゅんくる子もいるけどさ。」
「……やっぱりバカだろ。」
そう言って私の腕から手を離したシーくんからは、さっきのような国ひとつ滅しかねないような殺気は感じない。……よかった。これで、私の学び舎は守られた。
痛々しい傷も、跡形もなく消えていた。さすがシーくん。
「他の平民の人たちが退学したのも分かる。だってこんな扱いされたら、普通はもうやってらんない!って思うよ。」
「……ああ。まさか、こんなことが行われていたなんてな。他の学校も直ちに調査を行う。ルナも、明日は登校するな。俺がなんとかする。」
「うん、調査はしてほしい。もしそういうことが他の学校でもあったなら、今すぐに辞めさせて。……でも、私は明日も学校に行くよ。」
「は?」
「だって、ここで休んだら負けたみたいじゃん!しかも、私には圧倒的に知識がない。学びの機会は、1日だって無駄にできない。貴族だろうがなんだろうが、あんな非道な人たちのために犠牲にする時間は、1秒たりとも存在しない。」
学校に行く、と言った時には理解できない、といったような顔で私を見ていたシーくんだったが、徐々にその口元に笑みが浮かんでいく。シーくんの笑いのポイントが理解できないが、構わずに続けた。
「正直、今日シーくんに会うまではどうするべきか悩んでた。でも、シーくんが綺麗に傷を治してくれたのを見て、決めた。」
シーくんにはいつでも会える。傷は治せる。話だってできる。それなら、怖いものはない。
「貴族の人たちが、何よりも重視しているクロス様の寵愛とやらを、歴代で最も受けているのがシーくんだって授業で聞いた。」
事実、普通は破れない結界魔法を簡単に突破したり、呪文も唱えずに魔法を使ったりしている。もしも寵愛が存在するのなら、最強の力を与えられ、第二子にも関わらず王太子に選ばれたシーくんは、間違いなく寵愛を受けていると言えるだろう。
「そんな寵愛を受けたシーくんが好きなのは、私なんでしょう?」
これ以上ないぐらい、強い味方がいる。貴族の肩書なんて簡単に霞んでしまうほどの強い存在が、私のことを好きだと言っている。
「あなたが私の味方であるならば、私はどんな目にあったって笑っていられる。大丈夫だって思える。……だから、私に確信をちょうだい。」
今度は私から、シーくんの手に自分の手を重ねる。答えを濁すことは許さない、という思いを込めて、真っ直ぐに目を合わせる。
「あなたは何があっても私を裏切らない、と思えるように、私への思いを聞かせてほしい。」
お願い、聞かせて。私を安心させて。
懇願するように、見つめると、シーくんは堪え切れない、と言った表情で私の手を握って……指先にキスしてきた。
「えっ!?なんで!?」
「……本当に、バカだよな。ルナは。」
「いや、バカとかじゃなくてさ、好きな理由を教えてって言ってるんだけど……。それじゃ、嫌な所になっちゃうじゃん。」
そう言って不満を言った私を見て、シーくんはとうとう声を出して笑い始めた。……ねぇ、安心させて欲しかったのに、逆に不安になってきたんだけど。
「バカな所が、好きだ。」
「……なるほど、やっぱり好みが変なんだね。シーくん。」
うん、好みは人それぞれだし……と、無理やり納得しようと頑張ったが、目の前のシーくんがお腹を押さえながら笑っているからそれも叶わなかった。
絶対バカにしてるでしょ!




