学びの機会
エリュシオン王立魔法学校。
創立1200年以上の歴史ある学校で、優秀な貴族たちが集まる、国内最高峰の魔法学校。
私がこれから通うのは、そんな由緒正しい学校だ。
空飛ぶ馬車でエリュシオン魔法学校に来たその日、シーくんとルイス様に案内してもらい、私は寮に入った。
入学式まであと一週間以上あるため、寮にはまだ人はいなくて、一緒にいても問題ないそうだ。
むしろ、そのために早く来た、と言っていた。
「はぁ……またこの物置小屋で生活しなければいけないのか。」
「ですから、特別室をつくらせるとあれほどいっているではありませんか。」
男子寮と女子寮は隣同士にあって、どちらもかなり大きい。風呂トイレ家具付きの個室で、男子寮と女子寮が繋がっている一階に食堂があり、朝昼晩の三食だけではなく、なんと希望すればいつでも食べられるらしい。しかも学費込みだから無料で!すごい!
快適すぎる空間に感動していた私とは逆に、シーくんはこの空間がご不満なようだった。
「そんな面倒なことはしなくていい。卒業まであと2年しかないしな。それまでは、この物置小屋を堪能しておくよ。卒業してしまえば、こんな狭い部屋で暮らすことなんて、もう一生ないだろうしな。」
「それもそうですね。」
「……あのさ、そんなにせまい?この部屋。」
「ああ。俺の部屋のトイレより狭い。」
そう言われて、あらためて部屋を見わたす。立派な机と本棚、そしてクローゼット。1人部屋なのに、なぜか川の字で寝られそうな大きさのベット。それら全てが、間隔を開けて置かれているにも関わらず部屋の余白は広く、10人組のアイドルグループが十分パフォーマンスできるほどの広さがある。
そうか、これより広いトイレ……
「……それ、大丈夫?急いでる時トイレ間に合わなそうじゃない?」
純粋に心配してあげたのに、私の言葉を聞いてシーくんはお腹を抱えて笑い始めた。そんなシーくんを、ルイス様は呆然と見ていた。
「……こんなに笑っていらっしゃるの、初めて見た……。」
何か呟いているようだったけど、シーくんの笑い声に消されて全く聞こえない。
それにしても!笑いすぎでしょ!
「笑いを提供するために言ったんじゃないの!純粋に心配して言ってるの!広いトイレとか、トイレの本来の目的に相応しくないでしょ!私、トイレは手を広げたら壁に両手がつくぐらいじゃないと落ち着かないの!」
あまりにも笑われるので、少しムッとして言い返すと、さらに笑われた。解せぬ。
「さて、茶番はこのぐらいにして、本題に入ろうか。」
「そっちが勝手に笑っただけでしょ!」
それからしばらく、笑いが収まらないシーくんと、そんなシーくんを呆然と見たまま固まって動かないルイス様を放っておいて、私は持ってきた荷物を片付けた。といっても、ほとんどなかったので一瞬で終わった。なので、私はシーくんの笑いが収まるのをひたすら待った。シーくんが復活しないと、ルイス様の硬直も溶けないし。
そうして、ようやくシーくんの笑いが収まったので、私たちは本題に入ることにした。
案内してもらうだけなら部屋の中まで入ってもらう必要はなかったけど、これからの生活について、話さなきゃいけないことがたくさんある。
「まず、お前は希望通り、ルナ・ハリスとして学校に通う。ただし……不本意ではあるが、俺との関係は隠す。」
「うん。」
「元々、俺は平民にも学びの機会を、と考えてエリュシオン以外の学校では平民を受け入れる政策を始めていた。今回は、その政策でやってきた……ということにする。」
「分かった!」
シーくんは、平民も学校に通えるように動いてくれていた。それが、すごくうれしい。
「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか。平民は学校に通っても長続きしません。やはり、平民に知識をつける、というのは無理があるのではないでしょうか。」
ルイス様の言葉に、少しムッとする。この人はシーくんに仕えているから、シーくんが婚約者にと望んでいる私に対しては敬意を払おうとしてくれている。でも、所々に平民に対する蔑みが浮かんで見える。
「平民が学校に通った例はどのぐらいあるんですか?」
「王都の平民を中心に、現在までで200人ほどを下位の学校に送り出しました。しかし、その全員が3ヶ月以内に自主退学しています。」
「……学費とか、生活費は?」
「学費については、全額免除としています。生活費の支給はありませんが、元々が裕福な商家ばかりなので、それが原因とは考えられません。」
「……なるほど。」
お金が理由ではないとすると……なんだろう。
村の人から聞いた話によると、お金のあるお家では家庭教師を雇ったりしているので、文字の読み書きは問題なくできるらしい。それでも勉強についていけなくて……とか?いや、200人もいて全員が勉強についていけなかった、とは考えにくい。
「……シェイド様。ご無礼を承知で申し上げますが、やはり我々貴族と平民では生まれ持ったものが違います。なので、その、」
「……ルイス。」
「しっ、失礼いたしました!」
……こっわ。シーくんこっわ。ただ名前を呼ばれただけなのに、その声色があまりにも冷たくて、ルイス様は震え上がる。
「俺も、以前はそう思っていた。だが、ルナに出会って知った。平民にないのは素質ではない、機会だ。機会さえ与えれば、優秀な人材は平民からも現れる。それは、長い目でみれば国の利益にもつながるはずだ。」
シーくん、立派になって……!と、かわいかった子供の成長にひとり心の中で涙しつつも、このままではいけない、とも思った。
シーくんがそう思ってくれていたとしても、現実問題、学費を負担してまで学校に送り出した平民は全員学校を辞めてしまっている。これでは、無駄にお金を消費しているだけだし、やっぱり平民はダメだ、という考えを助長してしまう。
「……王太子殿下、ルイス様。」
それならば、私が証明しなければ。
そもそも、シーくんがそう考えてくれるようになったきっかけは、私だ。なら、それが間違いではないと証明するのも、私の役目だと思う。
「学びの機会をくださり、ありがとうございます。私が、王太子殿下の政策は間違っていないのだと、身をもって証明いたします。」
前世では当たり前で、何も考えずに通っていた学校、というものが、こんなに重いものになるとは想像もしていなかった。
それでも、私がきちんとやり遂げられたのなら、平民でもチャンスさえあればやれるのだと証明できる。
そうすれば、この国もいつか日本のように、誰でも平等に教育が受けられるようになるかもしれない。
……私が目指す普通に、近づけるかもしれない。




