この世界には
あれから数年が経ち、私が危なげなく歩けるようになった頃、お父さんは何日も家を留守にするようになった。
「ルナ、お母さんのこと、頼んだぞ。」
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね。」
この村は、一応農業を主な仕事としているらしいが作物はあまり育たない。
私は農業に全く詳しくないので分からないが、この村の土地は農業をやるのに適していないらしく、すぐに枯れてしまう。
生活用水さえ十分にないこの土地では、植物に十分な栄養を与えることが出来ないのかもしれない。
(前世の友達よ!助けて!)と、何度思ったことか。
農業大学に通っていたあの子なら何かできたのかもしれないのに、私は専門的な勉強は何もしてこなかったから、知識も何もなく手助けすることができないのが、すごく歯痒い。
当然、農業だけで生活することは出来ず、村の大人は遠くにある街で出稼ぎの仕事をしているのだが……
……その仕事は、どうやら危険なものらしい。
大人は誰も教えてくれなかったけど、出稼ぎに行って帰ってくると、みんな大なり小なり怪我をして帰ってくる。
見た目は幼児でも、前世でギリギリ成人した大人だった私には分かる。
出稼ぎの仕事というのはおそらく、街の人が誰もやりたがらないような仕事なのだろう。
それを、お金に困っている村の人たちにやらせているのだ。
それに気づいたときはとても悔しかったけど、どうすることも出来なかった。
外の仕事が無ければ生活が出来ないのも事実で、その仕事をしたくない街の人と、お金がほしい村の人、単なる利害の一致といってしまえばそれまでだから。
……特に、我が家にはお金が必要だから。
「お母さん。お父さん、お仕事に行ったよ。」
「そう……今度も、無事だといいのだけれど…」
お母さんは、ベッドに横になったまま部屋のドアを見つめた。
……私のお母さんは、病気で起き上がることができない。
だから、私が家の事とお母さんの看病をひとりで出来るようになるまで、お父さんは泊まり込みの仕事が出来なかったのだ。
お母さんの病気は、この世界ではありふれた病気らしく、治療法は確立されているらしい。
それなのに、私は生まれてからずっと、ベッドにいるお母さんしか見たことがない。
お金がなくて必要な薬がかえないし、十分な栄養も取れていないから、お母さんの病気は少しずつ悪くなっている。
だから、私に家を任せても大丈夫だと判断してすぐに、お父さんは家を開けるようになった。
治療費を少しでも貯められるように、お父さんは怪我をするような仕事をしてくる。
その怪我を治療するお金もないから、お父さんの体はどんどんボロボロになっていく。
それを見ていることしか出来ない自分が、本当に情けなかった。
この時、私は思った。
この世界には、医療保険というものはないの!?