それぞれが欲しいもの
「……殿下。ルナ様が限界のようなので、その辺で離して差し上げたらいかがかと。」
未だに腰が抜けて立てない私を見かねて、お付きの人がそう言ってくれた。
お付きの人の好感度がさらに上がった!
この短時間でお付きの人の好感度はうなぎ上りだ。
「まだ言いたいことは山程ある。6年間、このためだけにやってきたんだ。」
「も……もう、わかった。分かったから手を離してください……」
「なぜだ。それより、人と話すときはきちんと相手を見ろ。お前が言ったことだろう。」
「この状況でシーくんの顔なんて見れないよ!ちょっと自分の外見が相手に与える影響も考えてください……」
シーくんは、いろんなアイドルを見てきた私から見ても、顔面偏差値過去最強だ。そんな相手からこんな風に言われたらまともに顔なんて見られない。
だから、もうやめてくれっていう意味を込めてそう言ったのに、シーくんは嬉しそうに笑ってもう一度手にキスしてきた。
「ひぇっ……」
「ルナが言ったんだろう。俺の外見は武器になるから、目的のために必要なら存分に使うべきだと。」
……言ったわ。確かに言った。
「ルナが好きだと言っていたアイドルたちの外見から見ても、この外見はルナの好みだと思った。俺は自分の容姿に微塵の興味もなかったが、ルナと再会した時の武器になると思って磨いてきたんだ。……どうだ?」
どうだも何も、最高です。戦闘力半端ない。
戦力で表すなら、各グループのセンターの中から、さらに厳選したトップだけを集めたアイドルグループぐらい強い。
……でも、よくよく考えると、私のためにここまでのことをしたと思うと普通に重い。愛が重い。
「あの、なんというかですね……私のためにここまで努力してくれたのは、すごく嬉しいし、実際ありがたいと思ってる。でも、ちょっと凄すぎて、私、同じだけのものを返せないというか……。」
「それは、ルナの主観だ。……与えられたというのなら、俺がルナから与えられたもののほうが遥かに大きい。」
どうしよう。かなり過大評価されてる気しかしない。人の主観がそれぞれなのは、この世界に来て嫌というほど知ったけど、それでもなんというか……見合ってないとしか思えない。
それになにより……
「あの、ごめんなさい。私、シーくんのことそんなふうに見られないというか、結婚とか恋愛の対象として見られないというか……。だから、結婚とかそういうのは、ちょっとできないです……」
「断るのですか!?殿下にここまで言われても!?」
私のその言葉に反応したのは、シーくんじゃなくてお付きの人だった。お付きの人は、心底信じられないというような顔をしながら私を見ている。
「申し訳ありません……。ですが、私の感情とかだけじゃなくて、どう考えても不釣り合いだと思うんです。身分とか……」
この世界が、身分というものを重要視しているのは嫌というほど分かっている。いくら王太子殿下の望みだからといって、ただの村娘との婚約者が、そんなにすんなりいくとは思えない。
「問題ありません。婚約をする、ということになったのなら、我がカーデル侯爵家の養女として迎え入れる手筈になっております。」
「養女!?え!?無理です!絶対嫌です!」
「なぜですか!?殿下は、あなたのためにここまで、」
「待て、ルイス。」
ヒートアップしそうなお付きの人……もといルイスさん……いや、侯爵家なら様のほうがいいのか。ルイス様を止めたのはシーくんだった。そのたったひとことで、ルイス様は静かに一歩下がっていった。……凄い。本当に、偉い人って感じがする。
「俺と婚約するというのなら、お前にはいくつかのメリットがある。」
「え?」
婚約なのに、メリットとか言い出した……。愛は重いし、養女とかメリットとか言い出すし、私が理想としている愛し合って結婚……的なのからだんだん離れていってる気がする。
「まず、俺と婚約すれば、それなりの地位を得ることが出来る。そうすれば、以前ルナが送ろうとしていた嘆願書のようなものも送れるようになる。」
確かに、王太子殿下の婚約者ともなれば、今よりもずっと話を聞いてもらえるようになるとは思う。でも、そのために結婚ってなんか違う。
「それと、しっかりとした食事に十分な水。清潔な風呂とトイレ。医療も受けられる。」
……それは、魅力的すぎるけども!
水に関してはシーくんのおかげで大分潤ってきたけど、食事に関しては相変わらずの干し飯生活だ。トイレは村民みんなで共同だし、お風呂なんてこの世界に来てから入ったことない。今でこそ水浴びぐらいはたまに出来るようになったけど……え、ちょっとまって。そんな状態なのにこんな綺麗な人にキスされたの?汚いよ!なんか本当にごめん!元日本人らしく切腹とかするべき!?
「それから、魔法学園へ入学できるように取り計らってやる。」
「魔法学園……!」
なんとも魅力的な響き……。前世では、存在しなかった魔法という存在。私も、この世界で初めて魔法を知ったときは心躍った。魔法じゃどうにもならない現実に、魔法は役に立たない、と思ったこともあったけど、それでも魔法というものに対する憧れは残っている。
それに、学園ということは、教育を受けられるということだ。教育がどれだけ大切かは、無くした今だからこそよく分かる。知識がなければ、何もできない。
「それから、」
「待って、シーくん。確かに、そのメリットはかなり魅力的ではあるけど、それでもメリットのための結婚なんて、できないよ。」
「最後のメリットは、」
「話聞いてる!?」
「母親に、十分な治療を受けさせてやる。」
「……!」
「先ほど視察した時に、お前の母親にも会った。もう、生きているのが奇跡だと思えるほど病は進行している。薬を手に入れられたとしても、それなりの医療機関に行かなければもう長くはもたないだろう。」
……それは、今までの何よりも魅力的な申し出だった。
お母さんの病は、徐々に進行してきている。本来は薬さえあれば治る病なのに、未だに薬は買えないし、栄養状態も衛生状態も最悪だ。シーくんが水路を引いてくれなければ、今ごろもう生きてはいないだろう。
「……なんなの。婚約者にメリットって、おかしいでしょ。」
「どうだ?オカイドクだろう?」
「お買い得って……なにそれ、」
今にも欲しいとすがり付いてしまいそうなほど魅力なメリットに、つられてしまいそうな自分が情けない。
でも、自信満々にそういうシーくんが可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「ルナが魔法具で見せてくれたやつだ。たしか……ツウハン、とかいうやつ。」
「通販って……たしかに、あれは、これもついてます!今ならこれも!お買い得!ってなるけど……」
「こうして言われるとついつい買ってしまう、と言っていたじゃないか?どうだ?欲しくなっては来ないか?」
正直、欲しい。でも、それは私の価値観が良しとしない。
シーくんの愛は重いけど、私を好きでいてくれるのは間違いないと思う。私は同じだけの気持ちを返せないのに、メリットのために婚約するなんて……まるで、シーくんを利用しているみたいで嫌だ。
恋愛感情はあげられないけど、それでも私だってシーくんのことが好きだ。そんな相手を、まるで物のように扱うみたいで出来ない。
それに……やっぱり、好きじゃない人と婚約するなんて、私の気持ちがついていかない。
「俺が求めているのは、ルナだ。ルナが手に入るなら、ルナが俺を見ていなくてもいい。」
「そんな訳には、いかないよ……」
「俺が、それでもいいと言っているんだ。」
「でも、シーくんの気持ちを利用するみたいなことはしたくない。」
「利用……それはお互い様だろう。」
「え?」
「俺は、ルナを手に入れるためにルナの願いと自分の立場を利用している。」
……確かにそうだ。
交換条件をだされて、婚約してほしい、と言われているこの状況は、確かに私の願いを利用している。それでも、くれるものが大きすぎて、私の存在ひとつじゃ釣り合っている気が全くしない。
「もう一度言う。ルナが俺のものになってくれるのなら、俺はどんなことでもする。俺を好きになってくれとは言わない。ただ、一緒にいてくれるだけでいいんだ。」
「……私、まだ結婚はしたくない。」
「当分は婚約者という立場だ。結婚はルナが学園を卒業する18まで待つ。」
「本当に、お母さんを助けてくれる?」
「もちろんだ。約束は守る。」
私は、前世でしていたような普通の暮らしがしたい。王太子殿下の婚約者になんてなれば、間違いなく普通の暮らしには戻れない。
でも、私が欲しいのはみんなが普通に暮らせる世界だ。今の私じゃ、なにも変えられないことは、この数年で嫌と言うほど分かっている。
「ルナ・ハリス。俺の婚約者になってくれますか?」
「……はい。」
それならば、この手を取るしかない。
私の答えを聞いたシーくんは、心の底から嬉しそうに笑った。その笑顔がとても綺麗で、シーくんへの罪悪感と、自分を売ってしまったような感覚に、胸が締め付けられるように苦しくなった。




