王太子殿下の願い
「それで、なんで私と婚約する、みたいなことになったの?ちゃんと説明して!こっちは圧倒的に情報が足りなくて混乱してるの!」
王太子の正体がシーくんだった、と知った私はさっきまでの張り詰めた空気が嘘のように普通に話し始めた。お付きの人は驚いていたけど、シーくんも私と同様、普通に話し始めた。
まるで、数年の空白なんてなかったかのように。
「俺は行動した。」
「え?なにが?」
「お前が言ったんだろう。謝っている暇があるのなら、変えるための行動を起こしてほしい、と。」
……それは、よく覚えている。
というか、王子様モードのシーくんの雰囲気が違いすぎて気づかなかった私が言うのも説得力がないかもしれないけど、シーくんと過ごした時間を忘れたことはなかった。
あの頃の私は、十分な食事も、お金も、医療も、何もない状況に怒りを感じながらも、それをどうにかできない自分にも苛立っていた。
でも、村の人たちが悪いわけではないから、怒ることも出来ずにただただ不満だけが溜まっていた。
それが、シーくんと出会って、シーくんがアイドルたちを奴隷呼ばわりしたことをきっかけに爆発した。それ以来、私は言いたいことを言えるようになった。あの時爆発していなければ、私はどこかで限界を迎えていたと思う。
シーくんと別れてからも、ただ我慢するだけではなく、自分の言いたいことも言えるようになった……そう、王太子殿下からのプロポーズをはっきりと断れるほどに。
「だから、俺は行動した。正式な場や目上の相手には敬語を使え、挨拶やお礼や謝罪は大切だ、自信を持て、でも謙虚な心も忘れるな、笑顔は武器になる、周りに感謝しろ、」
「あ、もう大丈夫です。」
私がこの子を育てるんだ!と使命感に燃えていたとはいえ、よくよく考えると年下の村民に説教される王太子とか……うん、なんかごめん。
「それと、」
「私まだ何か言ってたっけ!?なんかごめんね!改めて聞くと私すごくえらそう!」
「事実だろう。」
「……うん、そうだね。」
シーくんにばっさり切られてうなだれていたけど、よくよく考えると私が知りたかったのは、シーくんが王子様系王太子になった理由じゃない。私を婚約者にしたいとか言い出した理由だ。
「あの、私の言ったことを覚えててくれて、それで王太子になったことは分かった。それと私が婚約者になることと、どう繋がるわけ?」
「さっきも言ったが、俺は行動を起こした。まだ全ては叶えられていないが、お前の望みの一部は叶えた。」
「願いって、まさか……」
「普通の世界にしたいんだろう?」
「!!」
(誰でも、美味しいご飯がお腹いっぱい食べられて、きれいな水をいっぱい飲めて、病気になったら治療をうけて、子供はみんな教育を受けて文字の読み書きができる、そんな世界。
……それが、普通だっていえるような世界。)
「それ……覚えててくれたんだね。」
「忘れるわけがない。」
「そっか……。シーくんのおかげで、きれいな水がいつでも飲めるようになったの。本当に、ありがとう。……私は、未だに何も変えることが出来ないのに。」
スマ本で得た知識を使って、痩せた土地でも育つ作物を育ててみたり、お母さんや村の人たちの病気を調べてみたりと、他にも色々やった。
でも、その作物は一度も花を咲かせることなく枯れていったし、それらしい病気を見つけても、それを診断する方法も、治療する術も持たない私は、本当に無力だった。
「何も、変えられないわけがないだろう。」
「え?」
「俺は、お前と出会ったからこの国の現状を知った。お前の願いを聞いたから、この国を変えるために王太子になろうと思った。お前がいなかったら……村に水を与える王太子は生まれなかったんだ。」
「……それは間違いなく、シーくんの功績だよ。私に、そんな力はない。」
「ルナにその力がないというのなら、俺がお前の願いを叶える。俺にはその力がある。だからルナは、これからも俺に教えてくれ。お前の望む世界を。」
そう言ったシーくんの表情は、もうあの頃の迷子のような子供じゃなくて、自分の力で道を切り開いてきた王太子殿下の顔だった。
それがあまりにも美しくて、私は息をするのも忘れてシーくんに見入ってしまう。
「だから、お前は俺の願いを叶えろ。」
「……シーくんの願いって、最強の力?私に、その手助けが出来るとはとても思えないけど……」
私も、シーくんが魔法具召喚の儀で何を願ったのかはよく覚えている。たった一回しかない機会を全く無駄にしてない、完璧な回答だと感心したのを思い出す。
「違う。それはあくまでも、目的を果たすために必要なものだ。願いそのものじゃない。
それに、それを望んだ時とはもう状況が変わっている。」
「そうなの?じゃあ、シーくんの願いって……ん?」
……ちょっとまって。今私が質問していたのは、どうして私に婚約者になれ、って言ったのかっていうことだった。それと繋がる願いって……
「俺は、お前が欲しい。」
「……っ!!」
あまりにも真剣に、真っ直ぐ見つめられながら言われた言葉に、私は何も言えなくなり思わず目を逸らしてしまう。
緊張するから眉間あたり見てって言ったでしょ!
……目を逸らした先に、目を閉じたままジッと気配を消すお付きの人を見つけて、私はこの人がいたことを思い出す。
人のプロポーズ現場に居合わせるとか、気まずすぎですよね、すみません……あ、そういえば村の人と使節団の人たち全員その現場に居合わせてたんだった。しかも、断る現場に。気まずさMAXでしょ。
なのに、一番恥ずかしがるべきシーくんが一番普通なのは一体どういうことだ。
そんなくだらないことを考えているうちに、少し冷静になれた。
よくよく考えたら、この世界の結婚観は私の知る結婚観と少し違う。シーくんが私が欲しい、と言ったことにも、違う意図があるのかもしれない。何より、こんななにもない村娘を文武両道才色兼備な王太子が好きになるって……うん、ないな。
きっと、私に何かしらの利用価値が……あ!まさか!シーくんもアイドルにハマって私のスマ本が欲しくなって、手元に置こうと……
「……言っておくが、俺が欲しいのはお前自身だ。」
「えっ!」
「はぁ……ここまではっきり言ってるのに伝わらないのか。」
そう言って、シーくんは跪いて、私の手を取った。イケメン王太子が村娘に跪くというあまりに非現実的な光景に、私はときめきよりも先に焦りを感じる。大丈夫!?私、不敬罪で処刑になるんじゃ……!
「俺は、お前が好きだ。だから、お前が欲しい。そのために、完璧な王太子になったんだ。俺以外に、次期国王にふさわしい人間などいないと言われるまでになった。」
「それはすごいね!それより、とりあえず立ってもらっていいかな?!」
不敬罪に怯える私に構わず、シーくんは続ける。
「お前を正妃に迎えられないのであれば、王太子の座を降りるといえば……たとえどんな立場の女だろうと認めざるを得ないほどの、力を得たんだ。もう、誰にも文句は言わせない。」
そう言って私の手にキスをした本物の王子様のあまりの破壊力に……私は膝から崩れ落ちた。




