王太子殿下その2
「もっ、申し訳ありません!王太子殿下!」
ただ今、村人全員で土下座をしています。
……この世界にも、土下座文化はあるんだね。
真っ青になったお父さんに頭を押さえつけられながらそんな現実逃避をしても、どうやら現実は変わらないようだ。
村の人たちは今にも倒れそうなほど真っ青な顔をしているし、使節団の人たちは今にも切りかかってきそうなほど真っ赤な顔をしている。
それを見ている私は、じわじわとことの重大さを理解してきて、今更ながら血の気が引いた。
婚約者、という言葉を聞いて、いつもの癖でつい反射的に断ってしまったけど、相手は王太子だ。トワくんのプロポーズを断るのとは訳が違う。
この世界では、とにかく王族というのは絶対的な存在だ。そんな人からの言葉を否定した、となると……いやだ、考えたくない。
そもそも、どうして婚約者なんて言い出したのかが分からない。何で私の名前知ってるの?
まさか、庶民の意見を取り入れるために代々婚約者は平民からとる、なんてことは……
「王太子殿下が平民に求婚すること自体前例がないことなのだ!それなのに、それを断るなど……極刑にあたる不敬だぞ!」
……なかった。
「もちろん、そこにいる小娘ひとりで償える罪ではない!ここにいる全員が極刑だ!」
その言葉に、私はさらに血の気がひいた。
連帯責任?なんで?全員って……ここにいるみんなも罪に問われるってこと?私のせいで?
そんなバカなことある?っていうかそもそも、私はただ恋人でもない相手からのプロポーズを断っただけだ。そんな、極刑されるような罪は犯してない……っていう考えが通じないのが、異世界だ。理不尽すぎる。
でも、ガラク村のみんなが罰せられるなんて、そんなのは嫌だ。
納得できなくたってなんだって、今現在、みんなが私の発言のせいで罪を着せられそうになっているのは変えられない事実。とにかく、なんとか動かないと……極刑ってことは、これ以上最悪になることはない、と信じてる。うん、大丈夫……なはず。
「お、王太子殿下。その、発言してもよろしいでしょうか。」
恐怖で言葉が震える。拳を握りしめて手のひらに爪を立てて痛みを感じていないと、今にも気を失ってしまいそうになる。
……なんで、プロポーズを断っただけでこんな恐怖を味わわないといけないんだろう。
「はい。どうぞ。」
私と王太子のやりとりを、ガラク村のみんなは固唾を飲んで見ている。使節団の人たちは、王太子殿下が言葉を発したとたん、静かになった。力関係が分かりやすい。多分、王太子さえなんとかなれば、極刑はなくなるはず……!
王太子が発言を許してくれたから、顔を上げて王太子を見ると……楽しそうに笑っている。
こっちは今にも倒れそうなほどの恐怖を味わっているというのに、その元凶はずいぶんと楽しそうだ。顔がいい分、余計にイラッとする……。
王太子への怒りが芽生えたことで、恐怖の割合が少しだけ減った私は、とにかく王太子の真意を知るためにどうすればいいのかを考える。
なぜ王太子がそんな発言をしたのかを知らなければ、この状況をどうにかすることなんてできないと思った。
「その、私を婚約者に……というのは、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味です。あなたを私の婚約者として迎え、いずれは正妃に……と考えています。」
その言葉に、周りから動揺が生まれる。耳をすませてみると、側室じゃないのか、と言った声が聞こえてきた。そうか、この国の王族は一夫多妻制だったのか……余計に婚約者になんてなりたくない。
「なぜ、私をお選びになったのか、伺ってもよろしいでしょうか?」
「私が、それを望んだからです。」
「………」
答えになってない!
「その、もしも、もしもですよ。私がその、婚約者になることをお断りした場合、私やガラク村の者たちは、ど、どうなるのでしょうか?」
一番聞きたくて、でも、一番聞くのが怖い質問をする。
「安心してください。あなたがそれをお断りしたとしても、あなたやガラク村になにか害を及ぼすことはありません。」
「そっ、そうですか……っ!」
それが聞けただけで、とにかく安心した。
よし、これで心置きなくお断りができ……
「ただ……」
……ただ?
「私が王太子の座を辞するだけです。」
思わず見惚れてしまうほど美しい笑みを浮かべながら、何でもないことのように言ったその言葉で、この場には今日一番の混沌がおとずれることとなった。
「殿下。このままでは話が進みません。ルナ様も、とても混乱しておられます。場所を移してはいかがでしょうか。」
ずっと王太子の隣にいた人のこの発言により、私と王太子と隣にいた人は村の広場から離れたところに来ていた。
正直、混乱し過ぎてなにもかもが嫌になってきた。
昨日までは、綺麗な水を与えてくれたイケメン王太子に会えることをただただ楽しみにしていたはずなのに、どうしてこうなった。
「殿下。まさかあの場であのような発言をされるとは思いませんでした。あれでは、ルナ様のご意志などないに等しいではありませんか。」
今まで全く視界に入っていなかったお付きの人の好感度があがった。そうだ、もっと言ってくれ。
「普通に言ったところで、断られることは目に見えていた。だから断られないようにあの場で言ったんだが……くくっ、まさかあの状況でも断るとは思わなかった…っく、相変わらず読めない女だな。」
笑いながらそう言った王太子に、私は開いた口が塞がらなかった。え、だれにでも敬語の王太子殿下はどこ?王子様系イケメンだと思ってたのに、いつの間にかドS王子の表情になっている……え?こっちが素?
混乱しながらも、さっきの王子様系よりも、こっちの方がしっくりきた気がする。
「え、あの……え?相変わらず?」
どっかで会った?でも、こんな麗しい外見の人、一回会ったら忘れないはず……いや、私は前世から人の顔を覚えるのが苦手だったから、すれ違っても気づかない可能性も……?でも、私はガラク村から出たことないし……
「まさか……ルナ様、殿下のこと覚えていないのですか?」
「え、どっかで会いましたっけ?」
一瞬、沈黙が流れる。それを破ったのは、王太子の笑い声だった。素の王太子は、意外と笑う。でも、大笑いって感じじゃなくて、こう、小馬鹿にしたように、肩を震わせて笑う、みたいな……その笑い方も絵になっているのがイラっとする。
今、こっちは全然笑えない状況だからね。
「俺が今、こうして王太子になっているのはルナのせいなのにな。ここまで俺を変えておいて、覚えていないなんて、あんまりじゃないか。」
「え、ごめんなさい。全然分からない。」
もはや、混乱しすぎて緊張も恐怖もどっかに行ってしまった。全然身に覚えの無いことで責められて、もうどうしていいか分からない。
「あの小屋で過ごした時間を、俺は忘れたことはなかったよ。」
「小屋って……え、まさか……」
「毒の森では世話になった。久しぶりだな、ルナ。」
「シーくん!?」
「ああ。最後に名乗っただろう?俺は、シェイド・クロス・フェルダリア。信託によって選ばれ、クロスを名乗ることを許された……次期国王だ。」
……確かに、それなりに力のある家のある家の子だとは思ってたよ。でも、まさかその中のトップだとは夢にも思わなかった……。
「改めて、ルナ・ハリス。俺の婚約者になってくれ。」
さっきは思わずお断りしますと言ってしまったけど、相手がシーくんだと分かったのなら、話は別だ。
私は王子様モードのシーくんに負けないぐらいの微笑みを浮かべながら、こんどこそ迷いなく、はっきりと答えた。
「嫌です!」
その答えに、お付きの人は目を見開いていたけど、シーくんだけは嬉しそうに笑っていた。
え、断られて喜ぶとか、ドS王子と見せかけて、実はMなの…?




