彼女との生活〜Sideシェイド〜
「知らないわよあんたなんか!!」
怒られたのは、初めてだった。
誰もいないと思って来た森には、俺よりも幼い女がいた。
奴隷具をつけていたので自分を連れ戻しに来た誰かの奴隷かと思った。これは魔法具だと言い張っていたが信じなかった。
信じない俺に、これが魔法だと見せられた映像の中には同じく奴隷具をつけた男たちがいた。
……禁止されている奴隷をこんなに囲って、一体何が目的なんだ。
「おい、こいつら全員奴隷じゃないか。お前の雇い主は何人囲ってるんだ。」
そう言った結果、俺は生まれて初めて人から怒鳴られるという経験をした。
ルナ・ハリスと名乗るその女との生活は、今まで経験したことの無いようなものだった。
まず、いきなり現れた者に対しての警戒心がない。
明らかに訳ありな俺に対して、言いたくないなら言わなくてもいい、偽名でもいい、と言ってきたのには驚いた。
しかも、偽名を名乗ったのは俺だが君付けで呼ばれるとは思わなかった。
俺の身なりは明らかに高位貴族以上のものなのに、敬語も使わず何の配慮もない。
ルナは、今まで必要ない、と思っていたことを俺にさせようとする。
感謝と謝罪が、それだった。
「〜〜♪……あれ?私の服は……?」
「知らない。」
「どこいっ……ねぇ、シーくんが今靴磨きに使ってるその布…」
「そこにあった。」
「それ!私の服!」
「これが……服……?」
靴の汚れが気になるようになったが、急いでいて靴磨きを忘れてしまったため、そこにあったボロ布を使った。ボロかったが、ないよりマシだと思ったのだが……服?これが?
「シーくんにはボロ布に見えても、私の服なの!新しい服なんて買うお金ないからうちの村は布を継ぎ足して使ってるの!」
「………そうか。」
そんなバカな、とも思ったが、この女は鳥の餌の方がマシだというようなものを食べていた。
とんでもない偏食家だと思って注意したが、これしかないと言われ、信じないまま水で手を洗ったら泣かれた前科がある。
ずっと王宮や王都しか知らなかったため、辺境の村がこんなことになっているだなんて、思いもしなかったが、これが現実のようだ。
「そうか……じゃなくて!前から思ってたけど、ごめんなさいのひとことぐらい言ってよ!」
「……なぜだ?」
「だって、これは数少ない私の服なの。それを靴磨きに使われたらいい気分しないよ。シーくんからしたらボロ布だけど、私にとっては大事なものだから、それをぞんざいに扱われたら嫌だよ。」
「ルナが不快な思いをした、ということは理解した。」
「うん、分かってくれてよかった。」
「………」
「………」
「………」
「………あれ?それだけ?」
「?他に何を求めているんだ?」
不快に思った、というルナの発言は聞き届けた。それなのにルナはまだ何かを求めている。
城では王族から発言を聞いてもらえるだけで名誉なことなのに、それで満足していない。
「だから!最初に言ったでしょう?謝ってほしいの。」
「謝る……俺が?」
「うん。」
「謝罪や感謝の言葉は向けられるもので、言うものではないだろ?」
そう言った途端、ルナは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「あなた……一体どういう教育受けて来たのよ。」
そこから、ルナによるありがとうごめんなさい講座が始まった。
初めは、悪いことをしたら謝る、何かをしてもらったら感謝をする、それは人としてとても大切なこと、など道徳的なことを言っていたようだが、最終的に、
「思ってなくてもごめんなさい、申し訳ありませんって言っておけばなんとかなるの!感謝してなくてもありがとうって言っておだてておけばなんかいい感じになるの!この魔法の言葉を使えないなんて、人生損することになるからね!」
などと言っていた。いい話だと思っていた俺の時間を返せ。
しかもその鼻歌……女神のしらべの正体はお前か。あの時の感動も返せ。
それ以来、
「あいさつされたらちゃんと返してね。シーくんイケメンなんだから笑顔で言っておけばそれだけで味方が増えるよ。」
「それは、シーくんの考え方であって、私はそう思わないの。自分の考えを持つのも、それを人に話すのもとてもいいことだけど、押し付けるのはやめて。私には、私の考えがあるの。
……この子はきっと5年後に覚醒する!歌だって今に上手くなるんだから!
あれ?これ、今度は私が押し付けてる?」
「人の話を聞くときは、ちゃんと相手の目を見て聞いて……あ、まって、ずっと見られるとお互い気まずいから眉間のあたりがいい。」
「シーくんには粗末に見える食事でも、私にとってはお父さんが一生懸命働いてくれた結晶なの。だからね、シーくんが今食べてるご飯だって、誰かが頑張ってくれたおかげなんだから、ちゃんと感謝して食べて……ね、ほんと、お願いよ。」
「こらっ!舌打ちしないの!するならもっとカッコよくやって!」
など、口うるさく言うようになった。
しかし、いつも最後に力が抜けるようなことを言ってくるので、あまり説教に聞こえない。
どういうつもりなのかと思っていたが、
「……しっかりした大人に…!」
などとひとり呟いているのが聞こえた。
俺の方が年上なのに馬鹿にしているのか、とも思ったが、今はしっかりしてないってことか……と考え、俺が王太子に選ばれた時の反応を思い出した。
城を出る前の事を思うと、俺は普段周りからよく思われていなかったのかもしれない。
確かに兄を思い出すと、よく城の者にも挨拶をしていたし、騎士やメイドと笑顔で話していた。兄は、しっかり教育を受けていたのだ。
一方俺には、そういった教育はなかった。よく思わなくても、それを面と向かって言ってくれる人は誰もいなかった。
今思えば、誰も第5子に興味はなかったのだろう。
父も、俺に興味はなかった……だから、教えてくれなかった。
「……今度から、気をつける。」
そのことに気づいたとき、今まで面倒だと思って聞き流していた説教にたいして、初めてそう言った。
ルナは、俺を見ていてくれて、俺のために言ってくれていたのだ、と気がついた。
少しくらい、聞いてやってもいいかと思った。
「……うん。聞いてくれて、ありがとう。」
「……ああ。」
……これは確かにいい感じになるな。
笑顔で言われるありがとうの威力を知ったこの日。ルナの言っていることに信憑性を感じたこの日から、俺はルナの言うことを真剣に聞くようになった。
ただ、魔法具に映るアイドル、とかいうものの話になるとやたら長くなるのはどうにかしてくれ。
「それが魔法具って、ルナは一体なにを願ったんだ?」
ある日、いつものように魔法具(ルナはスマ本と呼んでいた)を見ながら聞いたこともないような話をしていたルナに、そうたずねた。
前から疑問に思っていた。奴隷具のような形で現れ、そのせいでここに来ることになったのだ。
さらに見たことのない魔法、一体何を願ったらこうなるのか、知りたかった。
「普通の世界がほしい。」
「……普通の世界?」
それは、予想外の答えだった。
普通、ということは当たり前、ということだ。
望むようなことではない。
「そう。誰でも、美味しいご飯がお腹いっぱい食べられて、きれいな水をいっぱい飲めて、病気になったら治療をうけて、子供はみんな教育を受けて文字の読み書きができる、そんな世界。
……それが、普通だっていえるような世界。」
「それ……は、」
なにも言えなかった。
なぜならそれは、俺にとっては普通のことだったからだ。望むまでもなく、与えられてきたもの。
それが……ルナにとっては儀式で願わなければ得られない、と思ってしまうほど遠いものだったのだ。
「シーくんは?何を願ったの?」
……城でよく思われていなかった願いを、口に出すことは躊躇われた。
この願いは、誰にも理解されることがなかった。
しかも、ルナのようにささやかで美しいものではない。
それでも……言いたい、と思った。
もしも駄目なことがあったとしても、ルナならきっと教えてくれる。何が駄目だったのか、どうすればよかったのか。
兄の補佐をするために願ったこの巨大な力の行き場を、俺は未だに見つけられずにいた。
「……最強の力。」
どんな言葉でもいい、この願いがルナからどう見えるのかが、知りたかった。
「さいきょうの、ちから……」
目を見開いて言葉を失ったルナに、駄目だったか、と落胆する。
それはそうだ。ささやかな生活を願った相手に、こんな強欲な願いなど……。
ルナも、何て言ったらいいのか分からなくなるに決まっている。
……そうだ、アイドルの話を降ろう。
そうすればいつもの長話が始まるはずだ。どんな長話でも、今なら聞いてやる。
そう思っていた時……
「天才か。」
……たったひとことで肯定された。
「……強欲な願いだと、思わないのか?」
ダメ出しが始まると思っていたため、予想外の結果に呆然としていると、ルナは不思議そうに言った。
「強欲じゃない願いなんてあるの?」
「え……」
「それより、シーくん頭いいね!そうだよね、どんな願いも叶えてくれるなら、もっと大きいのにすればよかった!
いや……でも私は今のスマ本、気に入ってるんだよな。動画も見られるしブログも見られるし……うん、やっぱりこのままでいいや。」
「気に入ってるのか……?それ、」
「気に入ってるよ!持ち運びに便利だし、アイドルも見られるし、それにかわいいでしょ?」
それのせいで毒まみれの森に来ることになったのに、心底自慢げにそう言ったルナのことを、心底理解できないと思った。
多分、俺とは見えている世界が違う。




