彼との生活
シーくんとの生活は、苦難の連続だった。
シーくんは、文字の読み書きも出来るし、この国の仕組みや歴史、制度なんかにもとても詳しくて、この国のことを何も知らない私にいろいろなことを教えてくれた。
でも、良くも悪くも温室育ちって感じで、当たり前のことができない、下層階級の現実を何も知らない、そんな子だった。
まず、ありがとうとごめんなさいが言えない。
出会った初日に、なんでこの子はありがとうもごめんなさいもないんだ!って怒ったけど、言えなかったらしい。
言葉の意味は知っているけど、それは自分に向けられる言葉であって自分が言う言葉じゃない、と言われた時は言葉を失った。いったいこの子はどんな教育を受けてきたのか、と。
そして、私の食事を見たときの一言が、
「偏食はよくないぞ。」
だった。
シーくんは逃げてくるときにしばらく暮らせるぐらいの食料は持ってきていたみたいで、ひとつまみの干し飯を食べる私の前で、前世でもお目にかかれないような豪華な食事を目の前で広げられながらそう言われたときは、どうしてやろうかと思った。
でも、前回大人気なく怒りをぶつけてしまったから、ここは大人にならなくてはとガラク村の食料事情をこくこくと語って聞かせた。
初めは信じていなかったらしく、そんなことあるか、と言って、あろうことか私が夢にまで見た綺麗な水で手を洗い始めた。
それを見て膝から崩れ落ちて号泣する私を見て、食料事情を信じてくれた。
そんな生活を続けているうちに、次第に出来の悪い弟を見ているような気分になってきて、この子をしっかりした大人にしなければ!という使命感を感じるようになってきた。
シーくんは思っていたより素直な子で、私が言った言葉にはしっかり耳を傾けてくれて、その言い分に納得したのなら自分の行動を改めてくれた。
そこで私は考えた。シーくんは明らかにそれなりに力のある家のご子息だ。
……ここで前世の社会保障制度とか教えたら、なんかいい感じになったりしないかな、と。
いや、でもシーくんはまだ10歳の子供なわけだし、こういうのは大人に言うべきことで……
「……スマ本、社会保障制度について教えて。」
そうだ、意見書を書こう。シーくんの育てられ方からして、潰される可能性大だけど、伝えるだけただなわけだしね。
社会保障制度は、前世では当たり前にあったものだから、私も仕組みは詳しく知らない。嘆願書を書くからには、しっかりと調べなければ!
「ルナ、何書いてるんだ?」
「ん?意見書。偉い人に読んでもらおうと思って。」
「…… 貴族階級の人間は一般階級の人間からものは受け取らないぞ。ましてや意見なんてしたら投獄ものの重罪だ。しかもなんだ、その意味不明な線の羅列は。」
「ああ!そうだった!日本語は通じないんだった!私文字書けない……って、投獄!?なにそれ、ひどくない!?」
「ハァ……妙なことは知ってるくせに、そんなことも知らないのか。そもそも、なんで文字も書けないんだ、お前は。」
呆れたように言われるこの流れにもだんだん慣れてた私は、全くイラつくこともなく、丁寧に説明出来るようになった。さすが私。
「あのね、じゃあ逆に聞くけど、なんでシーくんは文字の読み書きが出来るの?」
「それは、家庭教師から教育を受けたからだ。必要なことだろ?」
「そうだね、私も文字の読み書きは必要なことだと思うよ。でもね、家庭教師さんは誰にでも無償で教えてくれるわけじゃないの。お金がかかるのよ。そして、うちの村にはお金がない。」
「それなら、周りの大人から教わればいいだろ?」
「そんなことが何年も続いてるの。それが続くとどうなると思う?文字を書けないまま大人になって……子供が生まれる。
だからね、そんな負の連鎖が続いているから、うちの村は大人も子どもも全員が文字の読み書きができないの。」
「文字の読み書きが出来ない大人が存在するのか…?」
またしてもカルチャーショックを与えてしまった。
でも、初めは全く耳を貸してくれなかったのに、今は何を教えてもこうやってしっかり聞いてくれてリアクションしてくれるので、ちょっと面白くなってきていた。
なんというかこう……野良猫を手懐けた感覚だ。いや、本人は野良猫というよりも血統書つきの猫みたいな高貴な雰囲気漂わせてるけど。
「じゃあ、ルナが書いているそれはなんなんだ?お前の魔法と同じ模様みたいだが……」
「これは、多分、この世界中で私だけが知ってる魔法の言葉。」
転生している日本人が私だけとは限らないが、今まで会ったことがないから、絶対とは言えないけど。
前世では当たり前のように文字の読み書きが出来たし、自分の意見書だって好きに言えたのに……悲しい。
「私たちだってこの世界に生きてるのに、まるでいないもののように扱われてるんだね……。」
民主主義が恋しい……!!




