はじまり
初めてこの世界が明確に違うと思ったのは、何かにつかまらなくても歩けるようになった頃だった。
初めてこの身体で目を覚ました時から、少しずつ違和感を覚えてはいた。でも、視覚も意識もはっきりしないような赤子では、外の世界を正しく認識することはできなかった。
なにより……眠気には勝てずに、寝ていた記憶しかない。
徐々に視界がはっきりしてきて、起きていられる時間が増えて、言葉が分かるようになって……そうして少しずつ、以前の自分と今の自分を認識できるようになった。
そして、自分の力で歩けるようになった時、私はこの世界と、前世の自分が生きていた世界をはっきりと理解したのだった。
まず、時系列に沿って整理しよう。前世の私は、日本の大学に通う学生だった。私立の大学だったけど、学費は両親と祖父母が負担してくれて、自分でバイトしたお金は自分の好きなように使っていた。実家から通っていたから、家事をすることもほとんどなく、勉強、バイト、遊びと大学生活を楽しんでいた。
そんな私の日常は、ある日突然終わりを告げた……んだと思う。
正直、なんで前世の自分の人生が終わったのか、全く思い出せない。
とにかく、どうしてなのかは思い出せないけど、私の20年に渡る[佐藤瑠奈]としての人生は終わった……成人式の振袖、着たかったな。
そして、今世の私、[ルナ・ハリス]が暮らしている世界だが……実はよくわからない。名前も周りの人の容姿も外国風だから日本じゃないのは確かだし、なによりこの世界には魔法がある。
そして、この国の人たちは王族、というものをまるで神様のように崇めているらしい。
私が魔法と王族の存在を知ったのは、お父さんに手を引かれて連れて行かれた広場での出来事だった。
「おとしゃん、ここ、なに?」
広場には、この村に住んでいるほとんどの人たちが集まっていた。
この村はどうやら日本ほど恵まれた場所ではないらしく、食べるものもろくに確保できないまま、王国に献上するためのお金を稼いでいるため、みんな休みなく働いている。
そんな村の人たちが仕事をせずにひとつの場所に集まっているのが衝撃的で、私は拙い言葉でお父さんに聞いた。
「これから、魔法を使えるようになるために大切な儀式が行われるんだよ。ルナも6歳になったらすることになるから、よく見ておくといい。」
そうか、この国は王族が治める王国なのか。
お父さんが指差した先にいたのは、いつものボロボロの服じゃなくて、新しい、綺麗な服に身を包んだ近所の男の子だった。
そして、これまたいつもより綺麗な服に身を包んだこの村の村長が大きな声で言った。
「これより、ここにいるトワ・ラムザンの魔法具召喚の儀を執り行う!」
「はい!よろしくお願いします!」
「さあ、トワ・ラムザン。この魔法陣の中に入って、己の望みを言いなさい。さすれば、この国を守護するクロス様が、君に望みを叶えるための魔法具を授けてくれるであろう。」
「おれは、この国の、王族の役に立てるような魔法がほしい!」
そう宣言した後、魔法陣は綺麗な光につつまれて…光が治った後、少年の手に握られたのは、小さな杖だった。
初めて見た魔法はとても綺麗で、今まで見たことがないほど心が震えた。
私もはやく魔法を使いたい……!
6歳になったら、私もこの儀式をするんだ!どんな杖を出そうか、どんな魔法を望もうか、早く魔法を使ってみたい!
この時の私は、まだ何も分かっていなかった。