13 施設で 3
「あ、日本人ですか?」
「日本語だ!」
相手の方々も僕と同じ日本語を話してきた。僕は、「初めまして、渡辺諒平です」と名乗った。
この部屋にいた男子は数えてみたら9人。僕は10人目ということになる。ちょっときいてみると、9人全員とも日本からきているようだった。
「僕は1週間弱前にこの世界に来て、さまよっていたらこの街にたどりつきました。これから宜しくお願いします」
僕は自己紹介をする。9人とも、よろしく、と言ってくれた。僕は、日本人たちの仲間と過ごしていくことになった。まあ日本語が通じるので、しばらくのところはそこまで大変でもなさそうだ。
聞いてみたのだが、この世界に来てからどのくらいたちますか、と聞いてみた。人によって違うようだが、9人中7人は5か月~6か月程度のようだ。あと1~2か月で高校に編入できるらしい。残りの二人は、だいたい2週間前後のようだ。
「真面目な話なんですけど、ここの言葉ってどのくらいで覚えられますか?」
僕は日本語で問うてみる。来て5か月程度と自称する男は話す。
「片言レベルでいいなら、俺は2か月もあれば話せる・聞き取れるようになったよ。文字・語彙は日本語にある漢字とだいたい同じだから、追加で覚えるのはちょっとしかないし、文法・発音もそんなに難しくない。最悪筆談もできるわけだし、不安になる必要はないと思う」
2か月は言語を学ぶには充分短い時間だろう。僕はちょっと安心した。
ここは保護施設で、1日3食は出されると聞いている。どういうわけか僕はこの世界に来てから全くおなかがすいていないが、おなか一杯というわけではないので残さず食べることはできそうだ。ちゃんとご飯の時間・教育の時間(言語を教わる)を守れば、外出自体は許可されている。そこまで大変というわけでもなさそうだ。
部屋にあるアナログ時計を見る。6時だが、空はまだ暗くない。病身の動きから判断すると、時間の進み方は元居た世界とあまり変わらない印象を受ける。少なくとも、元の世界の1秒がこっちでいう1時間に対応するとかはない。細かくは分からないが、実用上不便はなさそうだ。
「すみません、ちょっと今から言う言葉を教えてもらっていいですか?」
言葉が通じない場所に来た時にまず知る必要がある言葉は、数字・「ありがとう」・「これは何ですか?」・「すみません」・「トイレはどこですか?」だ、とどこかで聞いた覚えがある。僕は、それを彼らに日本語で聞いてみた。
数詞は、1,2,3,4,5,6,7,8,9,10の順に「イリ・ンジ・ザム・ス・ン―・リュッ・チェリ・パリ・ギュ・シッ」(Yil, Nri, Zam, Su, Ngh, Ljuk, Chel, Paal, gju, ship)らしい。何となく3とか6は日本語ににてなくもない気がする。漢数字も存在するが、基本的には元居た世界のアラビア数字が使えれば充分とのことだ。数え方は日本語と変わらず、百が「ビャッ」、千が「ジェン」、万が「ンバン」、億が「オッ」という仕組みになっているようだ。
「ありがとう」は「感謝」と書き、ガムジャ(Gamzha)と読むらしい。これも日本語と同じ感覚で何とかなりそうだ。すみませんは「未安(Meian)」で、発音はメイアン。これは日本語では使われない語彙だろう。僕は、ノートに未安という文字とmeianというアルファベットを書き込んだ。
「トイレはどこですか?」は「何処洗所?」になるらしい。日本語と同じシステムで、「何処(ハーチョ;khaacho)」という疑問詞にトイレを意味する単語「洗所(サンソ;sanso)」を組み合わせて「トイレはどこ?」を意味するシステムのようだ。
「これは何ですか?」は「何(khaa)?」と言いながら物を指さすだけで伝わるらしい。わりと自分にとってわかりやすいシステムでよかった。僕は、これを教えてくれた人である中村くんに「感謝」と言った。
彼は笑う。その後、「ボリクラッ(Bolklak)」と言ってくれた。これは、不客と書くようで、「どういたしまして」という意味があるようだ。僕はそれをノートにメモした。