表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

挿絵(By みてみん)

扉絵:秋の桜子さま


 ゴールデンウィークまであと二週間。

 俺がガウリカに出会ったのはそんな時期だった。


   ◇   ◇   ◇


 バイトを終えて帰宅すると、祖父が主催する俳句の会がいつも以上ににぎやかに行われていた。近所のジジババを集めて行われているその会は、歴史だけは二十年と長いが、同好会レベルの素人集団であり、言ってみれば高齢者のボケ防止活動の一つだった。


(たけし)、ちょっとこい」

「んだよ?」


 晩飯を食おうとしていたら、祖父に呼ばれた。首をかしげながら庭のプレハブ小屋へ行くと、従姉で居候の若菜と、初めて見る外国人の若い女性がいた。


「彼女、インドから留学してきたガウリカ。うちのゼミに入ったの」


 俺の視線に気づいた若菜が、外国人の女性を紹介してくれた。

 若菜は地元の大学の文学部に入学し、今は大学院に籍を置く研究者の卵だ。専攻は――聞いたことはあるが覚えていない。

 ガウリカは若菜が通う大学へ留学してきたそうで、年も近いので若菜がいろいろと面倒を見ることになったそうだ。

 俺が「あ、どうも」とそっけない返事と会釈をすると、ガウリカは立ち上がり両手を合わせて丁寧に一礼した。


「初めまして、ガウリカです」

「ガウリカ、これが従弟の毅。当家の歴史の中でも、最強の自宅警備員よ」


 若菜による意味不明の、すこぶる嫌味な紹介にびくともせず、ガウリカは柔らかな笑顔を浮かべた。

 賢そうだな、というのが第一印象だった。

 女性に対する第一印象で、かわいいな、とか、美人だな、といった容姿以外の感想を持ったのは、彼女が初めてだった。


   ◇   ◇   ◇


 ガウリカの専攻は「詩」だった。

 「詩」と言えば、俵万智とか宮沢賢治とか、まあそういった人が作った散文のものが思い浮かぶが、ガウリカたち研究者の言う「詩」はもっと範囲が広く、和歌や俳句も含まれる。というか、そういう韻文の方が詩としての歴史は長いらしい。


 ガウリカが日本へ留学して来たのは、俳句を研究するためだった。


 世界に類を見ない、たった十七文字の詩。それが、ガウリカにとってはたまらない魅力にあふれているらしい。若菜から祖父が主催する俳句の会のことを知り、庶民に根付いている俳句に触れてみたい、とやってきたそうだ。


「で、用は?」


 祖父や従姉の影響で多少は詳しいが、俺自身は俳句にそれほど興味を持っていない。この会にも参加したことはない。呼ばれた理由がわからなかった。


「ちょっとお題を出してくれ」

「お題?」


 俳句の会では、毎回決まったお題を出して俳句を詠み批評し合う、という形で活動している。今回は若者、しかも外国人が参加するとあって、全員がお題を出して詠み合う、という形にしたそうだ。


「一周してしまってな。何かいいお題はないか」


 ホワイトボードに書き出されたお題を見て、俺はため息をついた。参加者はガウリカや若菜を含めて八名。ぱっと思いつくお題はたいてい出ていた。


「んなこと言われてもな」


 めんどくせえな、と思った。ガウリカがいなければ「知るか」と言って戻ってしまっただろうが、自制した。そんなことをしたら「恥をかかせたな」と若菜が後で怒鳴り込んでくるのが目に見えている。

 仕方がない、と俺は腕を組んだ。

 俳句でお題と言えば、季節を感じさせるものが定番。季節は春。さて思いつかない。ふむ困った。さっさとお題を出して、晩飯を食いたいのだが。


「あ」


 晩飯、で思いついた。

 さきほどスーパーで買ってきた、寿司セットに入っていたネタの一つだ。俺は若菜から季語辞典を借り、間違いないと確認して一堂に告げた。


「じゃ、ウニで」

「ウニ?」

「春の季語なんだよ」

「え、そうなの?」


 若菜が季語辞典を見て「ほんとだ」と驚いた。ウニの旬は夏場だから夏の季語のように思えるのだが、なぜか春の季語になっている。理由は知らない。


「じゃ、がんばってくれ」


 義理は果たした。俺はやれやれと踵を返し、台所へ戻ろうとしたのだが。


「あのう、お聞きしても?」


 ガウリカがおずおずと手を挙げ、俺を引き留めた。


「ウニ、て何ですか?」


 インド人にウニを食べる習慣はないということを、俺はその時初めて知った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ