第二章 近くて遠い③
立ち話もなんだったので輝たち三人は適当な店に入ることにした。昼食時を過ぎていることもあって店内はまばらだ。
席に着くや否やアーガムから本題を切り出され、輝は【世界の叡智】で首輪を【解呪】したことを説明した。次々と繰り出される質問に輝は終始押され気味だった。
「ふむ、確かに『世界の書庫』から知識を汲み上げるあの魔術ならば理論上、首輪の術式を【解呪】することは可能だ。黒神殿は【世界の叡智】と呼んでいたかな。いやはや、まさかこの魔術を扱える者が存在するとは。これは盲点だった。使用できない魔術だと決めつけていた」
「やっぱり〝第零階級魔術師〟でも使えない魔術なのか?」
「使えるか否かと問われれば、使える。あれは基礎魔術だからね。魔術に通ずる者であれば誰にだって扱える魔術だ。しかしその場合、使用者の自我はこの世から消失するだろう」
故に誰にも使用できないと思っていたんだがね、とアーガムは肩をすくめた。
「それを一日に三度……いや、惨劇ではそれ以上を行使してなお自我を留めているということが驚きだ。転生体や覚醒体といえども脳は人間のものであるはず。それにも関わらず使用できるということは何か理由があるはずだが……皆目見当もつかない。貴方はいったい何者なのだろうか」
自分が何者か。アーガムの問いに考えさせられ、すぐに出てきた結論に自嘲した。
誓いを折り、欺瞞を重ね、数多の命を奪った殺戮者。
それでもまだ夢を諦めきれず、想い人に与えられた名に固執する者。
ならば、いまの自分はこう名乗るのが相応しいのだろう。
「〝神殺し〟の黒神輝」
人間を救うために神を殺し、神を殺すために人間を殺す。
これ以上の忌み名はあるまい。
「いささか自傷的なものを感じるが、それは私が口にすべき事柄でもないか」
その通りだ。在り方も、選択も、その結果も、全ては自分で選ぶべきこと。
――カランコロン。
来客を告げる鈴の音になんとなくつられて入口を見ると、白衣の女性が店内に入ってきた様子が目に映った。彼女も輝の姿を認めるとあからさまに苦い顔になる。
「げっ……輝」
ティアノラだった。
彼女とはあの日からほとんど顔を合わせておらず、ろくに話もしていない。共通する目標を掲げていながら溝を作ったままだ。
このままで良いとは思っていない。しかしどう声をかけたものだろうか。
輝とティアノラは互いに無視することができず、だからといって何か言葉を紡ぐこともできず、見つめ合ったまま気まずく沈黙する。
「これはこれはティアノラ=クーラー博士ではございませんか」
そんな沈黙を芝居がかった挨拶で歩み寄るアーガムが破った。
「あんたは……」
「私はアーガム=カロライナと申します。博士のご高名はかねがね」
「アーガム!? あの〝兵装製造〟のかっ!?」
「おそらくその〝兵装製造〟かと」
ティアノラは猛然と輝の首根っこと引っ掴み、人当たりの良さそうな笑みを貼り付けるアーガムを指差した。
「なんだって『魔導連合』の〝第零階級魔術師〟がこんなとこでアンタとお茶してんだい!?」
「事情があるんだよ」
「その事情を聞いてんだよ!」
ティアノラに襟首掴まれて前後に揺さぶられながら、輝はこれまでの経緯を話した。
アーガムがティアノラの開発した退魔結界装置について褒めそやすと、すっかり良い気になった彼女は術式や改善点について饒舌に語り出した。
〝兵装製造〟という名を持つだけあって技術的な話はお手の物らしい。ティアノラとの話に花が咲き、よくわからない専門用語があれこれと飛び交う。
完全に置いてけぼりを食らっている輝とレイだったが、技術者二人の会話が盛り上がっていることと意気投合していることだけはよくわかった。
「そうか! そういう方法があったか! いやぁ助かるよ! こりゃもしかすると燃費の問題が解決できるかもしれない! アンタなかなか凄いやつだねぇっ!」
「いえいえ、ティアノラ博士には敵わぬよ。私の意見が助けになったのなら、こちらとしても鼻が高い」
「おうとも! 存分に誇りな! なんたってあたしゃ天才だからね! そんな天才にヒラメキを与えたんだからアンタは凄いやつさ! はははははっ!」
アーガムの背中をバシバシと叩くティアノラ。傍目から見ていると酔っ払いが絡んでいるようにしかみえない。
アルコールの類は注文していないはずなんだが。
叩かれて地味に痛そうにしているアーガムと目が合うと彼は片目を閉じた。
もしかすると助け舟を出してくれたのだろうか。
「おい輝! 『ファブロス・エウケー』にこいつを抱き込め!」
「ティアノラ博士、それは少し困ってしまうのだが……」
アーガムの首を小脇に抱えてティアノラはそんなことを宣った。彼が困っているのはティアノラの提案のことか、それとも彼女の胸部脂肪が頭に押し付けられていることか。
どちらにせよ――
「アーガムは『魔導連合』に所属してるんだ。そう簡単にはいかないだろ」
「転生体の居場所を創って人と神が共存できる世界を創ろうと、この上なく難しい目標を掲げてるやつが、他の組織から人材一人引っこ抜く程度のことに難色示してんじゃないよ! つーかこいつがいれば技術面で目標の実現に近づく! アンタの目標はあたしの夢に通じてるんだから王様の権威使って引き入れろ!」
それらしいことを言っているように聞こえるが、要求していることは無茶の一言に尽きる。
世界に十二人しかない〝第零階級魔術師〟の引き抜き。そんな貴重な人材を手放す組織などあるわけがない。引き抜くにはそれに相当する対価が必要になる。交渉材料を用意するのにどれだけ難儀するか。
「黒神殿、もしや貴方は転生体を救おうとしているのか?」
「ああ、そのつもりだ。転生体は内に敵性神を宿す可能性から迫害を受けている。その迫害をなくし、転生体が幸せに暮らしていける居場所を創る。そしてゆくゆくは人間と神が共存できる世界を目指す」
「では、なぜ『黄金郷の惨劇』を引き起こしたのです?」
「言い訳になるが惨劇は目的じゃない。俺はただ奴隷として虐げられる者たちを自由にしたかっただけだ。奴隷たちが復讐に走ることは予想していたが、それでも俺はまず転生体を救うことを優先した」
口約束だが解放する対価に復讐に走らないことを要求した。復讐に走った者がいた場合、それを止めるようアルフェリカに対応させた。友好覚醒体が人間を守ってくれるという打算もあり、期待通りに動いてくれた。
誰にも言っていないが、おかげで被害はだいぶ抑えられた。
『神滅戦争』の史実を知っていても、この時代の人間は知らない。
数多の神々が力を振るい、その被害が都市の半壊と数千の命で済んだことの運の良さを。
惨劇には遠く及ばないということを。
「優先順位、というわけだ。貴方は何を救うのか自分の中で明確にしているのか。その中で救える者から救っていく、と」
「ああ、全部を救おうとして、一番大切なものを失ったら意味がないからな」
「なるほど。過程の是非はともかく実に良い目標だ。嗚呼、私も共感することができる夢だとも」
思いがけないアーガムの反応にティアノラはにんまりとした。
「そうだろうそうだろう? その夢をあたしゃ技術を使って実現させようってんだ。そこにアンタほどの男が加われば、グッと実現に近く。共感してくれるってなら――」
しかしティアノラの言葉は首を横に振ったアーガムによって途切れた。
愛想笑いの仮面が剥がれ落ち、憂慮すら滲ませる顔をして――
「私を買ってくれるのは嬉しいが、その申し出を受けることはできない」
ティアノラの誘いを断った。
「……理由も聞いてもいいかい?」
「先程の、優先順位の話だよ。私には『魔導連合』でやるべきことがある。それをやり遂げないことには私は他のことに手をつけられない」
「そのやるべきことっていうのは?」
ティアノラの問いにアーガムは答えようとしない。彼に答える気がないとわかるとティアノラはアーガムを解放した。
「ま、事情は人それぞれってもんさ。だがあたしたちの目標に共感してくれるやつはなかなか見つからない。アンタほど高い能力を持つやつならなおのことだ。そのやるべきことが終わったら、また勧誘させてもらうとするさ」
「ではそのときは前向きに検討させてもらうとしよう」
アーガムの返事に満げに頷き、ティアノラは何の脈絡もなく輝の脳天に拳を突き刺した。
全くの想定外の襲撃に輝はもちろん、レイとアーガムも目を白黒とさせる。
「よっし! なんかこれでスッキリした!」
「博士、いきなり何をするのですか!?」
殴られた頭を押さえる輝の肩に手を置きながらレイはティアノラを問い質す。
当のティアノラに悪びれた素ぶりはない。
「なんか色々溜まってたから全部リセットするために思いっきり殴ってみました」
人の頭を思いっきり殴っておいて、本人はただの思いつきだと言う。
「まあこいつのやり方に腹が立ってたのは確かだ。けどまあ一応、こいつなりの基準に基づいて行動してるってのはわかるからね。その基準から逸脱しない限りは腹が立ってもこれくらいで許してやるさ。ほんっと業腹だがね!」
そこまで言われてようやくティアノラの言いたいことがわかった。
原因を作ったのはティアノラではないというのに。彼女は本当に大人だ。
「鳴呼、ティアノラ博士は黒神殿と仲直りがしたかったというわけか」
「こっぱずかしい言い方するんじゃないよ!?」
つまりはそういうこと。
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