第一章 新雪の乙女④
「いやぁ、大量大量!」
荒野を走るバギーから上機嫌な声が響いていた。運転するティアノラは抑えきれない笑みを浮かべながらハンドルを握る。
荷台に積み込まれた大きな木箱には大量の角と魔力素結晶が入っていた。それらは全て林に生息している『一角兎』を仕留めて回収してきたものだ。
これだけの数があれば研究の素材にはしばらく困らない。魔力素結晶も期待していたよりも集められた。
早朝に狩りを始めて陽が昇りきった頃にこれだけの成果が得られれば上々である。
「さっすが『鋼の戦乙女』だね。そこいらの狩人よりよっぽど有能じゃないかい」
ハンドルを握りながら後部座席に座っている三人の女性に声をかけた。甲冑を身に纏う彼女たちの姿は見紛うことなく騎士の装い。
後部座席の一番右に座る青い髪の女性が困った顔で応じた。
「お褒め頂くのはありがたいのですが、我々の本職は博士の身辺警護と都市の警備です。あまりこういうことに我々を使うのは控えて頂けると」
「なあに、固いこと言うもんじゃないよセリカ。あたしが魔獣に襲われたらえらいことだろ? 魔獣からあたしを守るんだから、それも警護の範疇だろう?」
からからと笑うティアノラにセリカと呼ばれた女騎士はがっくりと肩を落とした。
そもそも魔獣が徘徊するようなところに出て欲しくないと思うセリカだったが、その思いは伝わらない。
「それにレイと一緒に行動できるんだ。嬉しいだろ。なあ、イリス?」
「はいっ、それはもっちろん! レイちゃんと一緒にお出かけできるなんて今日はなんていい日なんでしょうっ。神様に感謝です! 多少任務外の内容だからってそれがなんだと言うんですか。レイちゃんの傍に居られることに比べたらそんなこと些細なことじゃないですかっ。リーダーはお固いのですよ」
真ん中に座る栗色の髪の女性――イリスは話を降られると緋色の瞳をキラキラ輝かせた。
セリカの額に青筋が立つ。助手席のレイは苦笑い。イリスは気にも留めない。
「でもでも私にだって今日のことについて不満はあるんですよ!」
「珍しいこともあるのね。レイがいればどこだろうとパラダイスなあんたが不満?」
「そりゃレーネ、私にだって不満の一つや二つはあるよ」
心外だ、とでも言わんばかりにレーネと呼んだ赤髪の女騎士に対して膨れてみせた。
「私の不満はズバリこの席順です! なんで私の隣がレイちゃんじゃないんですかぁっ。窮屈なバギーだからレイちゃんと密着できて、こっそりあんなことやこんなことができると思ってたのに! 何が悲しくて筋肉達磨な女どもに挟まれなきゃいけないんですか。挟まれるなら柔らかいレイちゃんのがよかったです!」
「ほぉ?」
「へぇ?」
「ふぎゃん!?」
筋肉達磨呼ばわりされた乙女二人から両の頬に掌底が食らわされる。拳ではなかっただけ慈悲はあったが、金属の小手で覆われた掌底だったので痛いことに変わりはない。
「乙女の顔になんてことするんですか!? それでも同じ女ですか!?」
「どの口で言うか!」
「うぅ……レイちゃあん、二人がいじめるよぅ」
「あはは……」
泣きべそをかくイリスにレイは愛想笑いを浮かべるしかなかった。
その時、セリカ、レーネ、イリスまでもが、前触れもなく表情を張り詰めさせる。全員が周囲を見渡し、それを捉えたイリスが叫んだ。
「七時の方向! 大型の魔獣が接近しています! あれは――『喰蜘蛛』です! ランクB、数は一!」
全員が報告された方角に視線を向けた。大型の蜘蛛が八本の脚を忙しなく動かし、恐るべき速度で迫ってきていた。
『喰蜘蛛』。主に樹木の多い森に生息し、糸で絡め取った獲物を生きたまま捕食する獰猛な虫型の魔獣。
「この人数でランクBはちょっとキツイねぇ。林から追って来たか? だとすると『一角兎』の狩りのときに住処を荒らしちまったかね」
アクセル全開。自壊するのではないかと思うほどにエンジンが唸りを上げ、バギーが急加速する。
しかし『喰蜘蛛』を振り切るどころか、その距離は徐々に詰められていく。
「ちいっ、このオンボロじゃこれが限界か。積荷を捨てたところで『オフィール』に辿り着くまでに追いつかれるだろうね――セリカ、レーネ、イリス!」
「「「はい!」」」」
三人は座席から荷台へ飛び移り、積荷の中からそれぞれの剣を取った。木箱を固定する網を切断し、積荷を荷台から蹴り落とす。その分軽くなったバギーはわずかに加速した。
「さあて、相手はランクBだ! 糸に捕まったらみんなで仲良くあいつの腹ん中だ! よかったなあイリス! これでレイとずっと一緒だぞ!」
引き攣らせながら口の端を吊り上げるティアノラに、やはり引き攣った笑みでイリスは叫ぶ。
「レイちゃんとずっと一緒には居たいですけど、そういう形はごめんです!」
「なら生き残るために死ぬ気になりな! 『オフィール』の結界に入っちまえばこっちの勝ちだ!」
「言われるまでもないですね!」
すでに『喰蜘蛛』は目前。距離は百メートルもない。だが『オフィール』まではまだ距離がある。逃げ切るのはほぼ不可能。
その不可能を覆せ。天才は『鋼の戦乙女』に要求する。
「まったく、毎度毎度無茶振りが過ぎますよ!」
「なんだセリカ、気づいてなかったのかい! そんなもん、いつものことだろう!?」
「ええ言われてみるまで気づきませんでした。そういえばそうでしたね!」
死が迫っている状況でセリカは笑っていた。半ば自棄になっているが故の笑みだったが、絶望しているわけではない。
「イリス! レーネ! 【トライデント】の術式構築を開始! 後の事を考える必要はありません。最大威力で、一撃で仕留めるつもりでいきなさい!」
「「はいっ!」」
セリカの指揮に従い構える。仕留められなければどのみち後はない。それがわかっているから二人とも即応できた。
車体の揺れに照準が狂わぬよう片膝をつき、切っ先を『喰蜘蛛』に向ける。赤、青、緑の魔法陣がそれぞれの剣先から展開された。
「構築完了。魔力充填開始。臨界まであと十秒」
それは短いようで長い。術式の完成が先か、『喰蜘蛛』に追いつかれるのが先か。
――二秒経過。
残り距離約三十メートル。八本の足が弾く石飛礫がバギーの装甲に当たってカンカンと音を鳴らす。
――四秒経過。
残り距離約十五メートル。紅い複眼が戦乙女たちを妖しく映し出す。
――六秒経過。
残り距離約三メートル。獲物を喰らわんと開かれた顎門。醜悪な口腔内が二秒後の死をちらつかせた。
「間に合わん! 時間を稼げレイ!」
「はい!」
応じたレイが両手をかざせば、バギーと『喰蜘蛛』の間に翠色の魔法陣が展開された。
それは物体の通過を妨げる魔術の盾――【対物障壁】。
数百キロを超える巨体の突進を受けて衝撃音が響く。初級魔術であるが故に障壁は砕け散るが、頭から突っ込んだ『喰蜘蛛』の足が止まった。
そして十秒。
「【トライデント】――放て!」
三色の魔法陣から三つの槍が放たれる――寸前、車体が大きく揺れた。荒れた地面の窪みに足を取られたための大きな振動。
致命的なまでの不運。
揺れに備えていた三人は転倒することこそなかったが、術式の照準は大きく乱れた。『喰蜘蛛』の頭部を吹き飛ばすはずだった三色の槍のうち、赤と青は大きく外れ、辛うじて命中した緑の槍も右の前足を二本吹き飛ばすだけに留まった。吹き飛ばされた二本の足が宙を舞い、緑色の体液が降り注ぐ。
身体の一部を失った『喰蜘蛛』は奇声を上げてその脚を止めた。
それでも掴み取った貴重な時間。バギーは可能な限り距離を稼ぐ。
ゆっくりと背を向ける『喰蜘蛛』。逃走しようとしているように見えた。『鋼の戦乙女』の三人が窮地を脱したと警戒を解こうとしたとき――
「まずい、糸の塊だ! 燃焼術式で燃やせ!」
ティアノラが叫ぶと同時、『喰蜘蛛』の篩板から白い糸の塊が射出された。
しかし先ほどの魔術でほぼすべての魔力を消費した三人は即座に術式を構築することができず、放物線を描いて飛んでくる糸の塊をただ見ていることしかできなかった。
「レイ、封じ込めろ!」
「はい!」
今度は両手を天にかざした。六つの【対物障壁】が立方体となって展開され、上空から飛来する塊を中に閉じ込める。
直後、塊が爆ぜて粘着質な白い糸が障壁にこびりついた。
「ふいー、糸に捕まるのはなんとか回避できたね」
「さっすがレイちゃん!」
ティアノラは冷や汗を拭い、イリスはぐっと親指を立てる。称賛されたレイは恐縮するように首をすくめた。
「油断するな! まだ追ってくるぞ!」
セリカの檄が飛び、一同は後方の脅威に再び目を向ける。
脚を欠損していながら『喰蜘蛛』はなお追いかけてくる。だがその速度は先ほどよりも格段に落ちていた。これならば逃げ切れる。
「このまま突っ走るよ! セリカたちは魔力切れだ。近づかれそうになったらレイが障壁で足止めしろ! 三人は警戒を怠るな!」
「「「「はい!」」」」




