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贖罪のブラックゴッド 〜神への反逆者〜  作者: 柊 春華
~果てなき誓いをこの胸に~ 第二章:遠く夢見たもの《アンビシャス》
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第二章 遠く夢見たもの⑩


 身体に鈍い痛みを感じて目が覚めた。


 重たいまぶたをこすりながら窓を見ると陽光が差し込んでいる。日の昇り具合からして眠っていたのは数時間といったところか。十時過ぎを指す時計の針が、輝の予想がそんなに外れていないことを示していた。


 凝り固まった身体をほぐそうと大きく伸びをする。コキコキと背骨当たりから音が鳴った。


 柔らかいソファとはいえ、やはりちゃんとした寝床ではなかったためか、怪我した身体に負担がかかったらしい。


 昔はどこでも寝ることができたものだが、存外に『アルカディア』での暮らしが染みついてしまっている。



「顔洗ってくるか」



 まだ少しぼんやりとする頭を起こすために洗面所へ向かった。歩くごとに身体中が鈍く痛む。



「ん?」


「ふえ?」



 顔をしかめてドアを開けると夕姫がいた。


 風呂上りようで、血行の良くなった肌はほんのりと赤く色づいている。あからさまな膨らみはないものの女性特有の曲線を描く肢体が妙に艶めかしい。濡れた髪が肌に張りつく様は異性を惑わすに充分な魅力があった。


 現状の認識が追いつかないのか夕姫は呆けた面で輝を見上げている。そして瞬く間にほんのりとし赤色の濃度が増した。



「ひ、ひひひ、輝くんっ!? ななななんでこんなとこにっ!?」



 夕姫はひどく慌ててバスタオルに手を伸ばす。まず初めに腹部を隠し、それからわたわたと手間取りながら胸や臀部(でんぶ)を覆い隠した。



「いやここ俺の家だし。むしろ男の家で風呂に入ってるお前に驚きだよ」



 しかもお湯まで張って。ずっと前に家にあるものは自由に使っていいと言ったが、これだけ無警戒なのはどうかと思う。



「だ、だって汗かいたままで気持ち悪かったんだもんっ。それに輝くん眠ってたし、起こすのも悪いかなって……」



 約束を破った男に対して怒るどころか、安眠を妨げないように気を回してくれたらしい。


 むしろこっちが申し訳ない気持ちになった。



「気遣ってくれありがとな。まあ知らない仲じゃないから好きに使ってくれて構わないよ」


「うん、ありがと」



 はにかむ夕姫にこちらもつられて頬が緩んでしまう。



「でもなんで腹から隠したんだ? 普通、胸とかを最初に隠すもんじゃないのか?」



 その一言で夕姫はどんな格好をしているのか思い出し、しどろもどろになった。



「おおお乙女にはいろいろと複雑な事情があるんだよっ。っていうか見たの!?」


「まあ、多少は」



 本当は多少どころではないのだが、正直に言うと怖いのでぼかしておく。


 赤面していたはずの夕姫の顔から血の気が引いていった。一歩後ずさり脇腹を強く押さえている。


 なぜそのような態度を見せるのか。理由を察した輝は腕を組みながら神妙に頷いた。



「別に太ってるように見えないぞ」


「え?」


「だから太ってるようには見えないって。ちゃんとくびれてるし。っていうか意外とスタイル良いよな、夕姫って」



 まじまじと夕姫の身体を見てみる。胸囲はまあ平均よりも小さいのかもしれないが、腰回りはほっそりとしていて余計な贅肉がついているようには見えない。


 そんな感想を抱いていると再び赤面しながら輝の視線から逃れるように身をよじって、その小さな拳を握りしめた。



「ひ、人の身体をまじまじ見るなあああああああぁぁぁぁぁぁっ!」



 鮮烈なアッパーカットをお見舞いされて洗面所から追い出された。勢い余って壁に後頭部を打ち付けて痛みに悶絶している間に勢いよくドアが閉まった。



「いてて、容赦ないなあいつ」



 悪いのはこちらだが。予想外の衝撃を受けたことで頭はすっかりと冴えてしまった。殴られた顎と打った後頭部をさすりながら、着替えがてら包帯を取り換えようとリビングに戻ることにした。


 包帯を解いて背中の火傷に処方された塗り薬を塗る。背中なのでなかなか手が届かず悪戦苦闘していると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。



「そういえば輝くん、なんで昨日あんなに遅かったのさ! ……ってなにその怪我!?」



 リビングに飛び込んできた夕姫は輝の怪我を見て血相を変えた。すぐに駆け寄ってきて背中を見た瞬間、彼女が息を呑む気配が背後から伝わってきた。


 痛みはそれほどでもないが、見た目にはひどい有様なのだろう。



「狩人の、お仕事……?」


「ああ」


「それ、塗るんだよね? 貸して」



 輝から塗り薬を取り上げて火傷に塗り始めた。なるべく痛まないようにという彼女の優しさがその指先から伝わってくる。



「いままでで一番ひどいよ。痛まない? 我慢してない?」


「痛みはそこまでじゃないから大丈夫。ちゃんと薬を塗っておけばそのうち治るさ」



 痕は残るかもしれないけど、とは言わない。



「いっつもそんなことばっかゆって……もう」



 嘆息しながらも薬を塗った患部に専用のガーゼを当てて包帯を巻き直してくれる。



「ありがとな」


「また交換が必要になったらゆってね。背中、自分じゃ届かないんでしょ?」



 本当にこの子は優しい。こんな勝手な男をこうまで気遣ってくれるのだから。


 それに甘え切っている自分はきっと卑怯者なのだろう。


 道具を片付けると夕姫は隣に腰を下ろして輝の手に両手を添える。その表情は少し暗い。



「心配したんだよ? 狩人してるのは前から知ってたけど、ニュースでゲートが壊れたってゆってるし、何回も連絡したのにずっと返事ないし、そしたらこんな怪我して帰ってくるし」



 少しだけ身を寄せて、紫色の瞳をうれわしげに揺らしながら上目遣いに覗き込む。



「心配、したんだよ?」



 その瞳に心臓が脈を打った。


 彼女がこうして傍に居てくれる。その理由も想いも知っている。


 応えたい。その欲求がわずかに膨れ上がり、しかし理性がそれを圧殺した。



「輝くん、こういう怪我したとき訊いても話してくれないけど、もしかして秘密主義がカッコイイとか思ってない?」


「思ってない」



 それでつく格好もないだろう。黙っているのは夕姫に余計な心配をかけたくないからだ。



「じゃあ今回のことは訊いたら話してくれるんだよね?」



 話すことはあるし、話すつもりもある。しかしどう話せばいいかまだ自分の中ではまとまっていない。そのせいで曖昧な返事しか出てこなかった。



「……話せる範囲でな」


「だーめ。ぜ、ん、ぶ」



 逃がさないとでも言いたげに夕姫が腕に絡みついてくる。実際逃がしてはもらえない。


 上機嫌に微笑む夕姫を見下ろして、目が合えば本当に嬉しそうに笑う。その笑顔を自分に向けてくれることが嬉しくてたまらない。


 だからだろう。理性が緩んだと気づいたときには夕姫を抱き寄せていた。


 強く。とても強く。失いたくない。離したくない。身体の奥から湧き上がってくる衝動がどうしてもぎょせなかった。


 彼女から伝わる温もり、ほのかな甘い香りに脳髄のうずいが痺れていく。それがあまりにも心地良い。



「ひ、輝くん?」



 突然抱きしめられた夕姫は目を白黒させて輝を呼んだ。互いの吐息が交わる距離に彼女は頬を染めている。



「っ!?」



 自分の行動を自覚した輝はばっと夕姫から身体を離した。


 何をしている。よりにもよってこんなときに。どこまで愚かなのだ。大概にしろ。



「……悪い」


「あ、ううん。大丈夫だよ? ちょっと、びっくりしたけど……」



 両手で頬を押さえながら夕姫は恥ずかしそうに輝から目を逸らしている。その意味を理解してしまわないように輝は思考に蓋をした。



「……あたしはお邪魔かしら?」



 声をかけられて振り向けば、アルフェリカがやや眠たげな様子で立っていた。寝ぐせで乱れた銀髪とサイズの合わない服を纏う姿はやや無防備さが目立つ。



「え? え? 誰?」



 知らない少女の登場に夕姫は混乱して、輝とアルフェリカを交互に見た。


 ビキッと青筋が立つ音が聞こえた気がした。



「ねぇ輝くん。あのひと誰なのかなぁ? 輝くん私のことほっぽって他の女の子と遊んでたの? お仕事だって話は嘘だったの? しかも家に連れ込むって……私がいるのわかってるのに、いー度胸だよね?」



 笑顔が怖い。こうなるであろうことは予想できていたから、どう話すべきか悩んでいたのだが、この世は準備を整える時間も与えてはくれないらしい。


 だからと言ってここではぐらかすわけにはいかない。



「キミが疑うような関係じゃないわ。あたしはアルフェリカ=オリュンシア。狩人よ。彼はあたしが魔獣にやられそうになっているところを助けてくれたの」



 輝が密かに覚悟を固めている間、意外にもアルフェリカから助け舟を出してくれた。


 袖を捲って身体の傷を見せ、言葉が嘘ではないことを示す。治療カプセルに入ってある程度は治っているとはいえ、まだ生々しい傷が至る個所に残っていた。


 傷を見せられた夕姫はすぐに理解が及ばず、一瞬きょとんとしていたが、次の瞬間には驚愕に変わっていた。



「あなたも狩人なんですか!? 助けたって、それじゃあ輝くんの怪我って」


「あたしを庇っての怪我よ。荷物も無くして無一文だったから、休むところを提供してもらったの。だからキミが疑うようなことは何もないわ。都市に滞在する間はお世話になるけど」


「どーゆー、意味ですか?」



 夕姫の声音が低くなった。やっぱりそこで引っかかるか。



「ここに住ませてもらうってことよ。一応断っておくけど、それに関してはあたしも不本意」



 アルフェリカもそれについては助け舟を出してくれるつもりはないらしい。ちゃんと自分で説明しろと瑠璃色の瞳が告げている。


 キッ、と夕姫は輝を睨みつける。どういうことか説明してもらおうか、と目が口ほどにモノを言っていた。



「ちゃんと話すよ。だからそんな顔しないでくれ」



 覚悟を決めねばなるまい。

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