序章 刻まれたもの
ご覧頂きありがとうございます!
一生懸命書いてますので、楽しんでいただけたら嬉しいです!
2021/10/24改稿しました!
以下のページにイラストレーターさんに作成して頂いた登場人物のイラストを載せてますので見てみてください!(超綺麗なのです!)
作画:マクロ様
・第2部「第一章 限られた陽だまりの中 ~平穏~」
・第4部「第一章 限られた陽だまりの中 ~降臨~」
・第9部「第二章 遠く夢見たもの ~憂慮~」
心を寄せた想い人の命。
顔も名も知らぬ人類の命。
想い人を選べば人類が滅ぶ。
人類を選べば想い人を失う。
二つを天秤にかけなければならない状況に陥ったとき、果たして正しい選択というものは存在するのだろうか。
人肉の焼けるにおい。絶望に苦悶する声や救済を乞い願う声。建物は瓦礫と変わり果て、紅蓮の炎が文明を飲み込み、立ち昇る黒煙が蒼穹を黒く染め上げている。
地面には人体が破片として転がっていた。手、足、首、胴体、臓物、骨、肉片、血液。
まるで廃棄された生ゴミのように、至るところに。
死臭に満ちた地獄に繰り返し鳴り響くのは剣戟の音。
撃ち合うのは青年と少女の二人。
「もうよせ!」
青年が叫んだ。白い髪は煤や血で汚れ、苦悩に染まる蒼眼は眼前の少女を映す。
身の丈ほどの銀髪。瑠璃色の瞳は虚ろに揺れて、意思のない人形のよう。
「敵はもういない! 戦う必要はもうないんだ!」
銀髪の少女の返答は双剣による二連撃。
首を刎ねに来た白銀の刃を、青年は手に持つ漆黒の大鎌にて弾き返した。
二つの白銀が瞬けば、一つの漆黒が応じて閃く。
それぞれの色がぶつかり合うたびに火花が散った。
彼女の白い肌も、纏う服も、返り血で赤く染まっている。周囲一帯の遺体は全て彼女が量産したものだ。
赤く汚れた肌に浮かび上がっているのは幾何学的な刻印。青白く明滅する様子はまるで処刑までのカウントダウンのようにさえ感じた。
「くそっ……」
白髪の青年は大鎌を強く握り締めながら歯噛みした。
彼女を止めなければもっと大勢の命が失われる。全人類が死に絶えるまで彼女が止まることはない。
その凶行を止めるにはどうしたらいい? 彼女を正気に戻すにはどうしたらいい? 彼女を助けるにはどうしたらいい?
天秤は揺れる。
感情が告げる。
この少女よりも大切な者などこの世にはない。顔も名も知らないその他大勢と心の底から愛した想い人。どちらか大切かは明白だ。
理性が告げる。
人類を守ることが与えられた役目だろう。全うするにはこの少女は排除しなければならない。人類が滅ぶことなどあってはならない。
知らず後ろに下がった足元で、瓦礫が軋む音がする。それを合図に双剣が奔った。
一対の武装が銀閃を描き、黒の一閃が迎え撃つ。
手数は圧倒的に彼女が上。一撃を止めても二撃目が防御をすり抜ける。身を捻って躱すも薄皮一枚とはいかない。鋭利な刃は肉に埋まり、確実に流血を強いる。いまは軽傷でもいずれは致命傷に至るだろう。
痛みを噛み殺しながら繰り出される剣戟を防ぐ。縦横に振るわれるそれら一撃は、彼女の細腕から想像もできないほどに重く鋭い。しかもすべてが必殺か致命の一撃。
受け損なえば即死。良くて致命傷。追撃で絶命。
呼吸ができない。眼球が熱い。漆黒と白銀が撃ち合う度、火花を散らす度、網膜を焼くほどの閃光が視界を漂白する。
「とまれ! とまってくれ! 元のお前に戻ってくれ!」
攻防が繰り返されるごとに身体が深紅に染まる。足元が血で濡れていく。骨を砕くほどの衝撃に、すでに手の感覚は失われた。
対して彼女は無傷。全身を赤く染めていても、それはすべて斬り捨てた者の返り血。
実力では及ばない。そもそもそんな次元の話ではない。
彼女は人類を裁く者。自分とは真逆の存在。人間では彼女に敵わない。そういう風に定められている。
それでも、選べない。
心の迷いは肉体にも影響を及ぼす。剣戟を受け損なって体勢を崩された。立て直そうと足に力を入れたとき、血溜まりに足を取られて転倒してしまう。
心臓を突きに来た刃を見て咄嗟に彼女の手を掴む。狙いが逸れて肩に刃が埋まった。
もう片方の刃が首を刎ねようと振り上げられた。
「頼む……正気に戻ってくれ、アルフィーっ!」
それが彼女の名前。
振り上げられた刃は落ちてこない。
落ちて来たのは、涙。
瑠璃色の瞳から溢れ出た雫が、白髪の青年の顔に落ちていく。
「……て……」
虚ろなまま、涙を流しながら、いまにも消え入りそうな声で――
「……ころ、して……」
そこに込められた想いを青年は理解してしまった。
それでも青年の身体は動かなかった。
「いや、いやぁ……いやああああ――――っ!」
銀髪の少女の嘆き。彼女の意思に反して、彼女の身体は青年の首を刈り取ろうとした。
一瞬の出来事だった。
二人の間に割って入る紫の旋風。青年が手にする大鎌は奪われ、横一文字に振るわれた。
白髪の青年と銀髪の少女がそれぞれゴム鞠のように弾き飛ばされる。瓦礫に打ち付けた身体は不思議と痛みを感じていない。
身体を起こそうとしても腹に力が入らず、辺りを見て納得した。
血塗れ。体液すべてが流れ出たのではないかと思うほど、大きくて赤い水溜まりが出来ていた。
腕の力だけで何とか上体を起こすと視線の先には紫髪の少女が立っていた。全身に浮かび上がる幾何学的な刻印を明滅させて、青年から奪った大鎌を手に静かに佇んでいる。
彼女が何をするつもりなのかすぐに理解した。
止めることはおろか、制止を叫ぶことすらできなかった。
「鳴れ――【黙する旅人】」
――リィン。
鈴のような音色を響かせて、漆黒の大鎌が銀髪の少女の胸を引き裂いた。
胸元から溢れた鮮血と、彼女の吐血が紫髪の少女の頬を濡らす。
それは火のように熱い。
漆黒の大鎌が七色の粒子となって崩れていく。支えを失った少女の身体がゆっくりと傾く。
紫髪の少女はそれを抱き留めた。
「あり、がとう……」
死の間際、銀髪の少女は正気に戻っていた。身体を覆っていた刻印はすでにその輝きを失っている。
礼を告げられた紫髪の少女ははっと何かに気づき、後悔をかみ殺すようにきつく瞳を閉じた。
「そうか、君たちは……ごめん、気づいてあげられなかった」
「あの人の、ところに……」
「うん」
紫髪の少女が歩み寄ってくる。
ぐったりとした銀髪の少女の身体が白髪の青年に託された。
腕にかかる重みに絶望を叫びたくなる。
「ごめん、ね」
何もできなかった自分に、どうして謝る。
押しつけたのは自分だ。自分は選べなかった。そのせいで彼女に選ばせてしまった。自分が決断できなかったから、その責任を彼女に押しつけた。
その彼女の決断すら他者に委ねてしまった。
「守るって……ずっと傍にいるって、約束したのに……」
ありふれた理不尽であったならまだ受け入れられただろう。仕方がなかったと、自分を騙すための理由を後付けして、長い時間をかけて、無理やりにでも自分を納得させただろう。
だがこれは駄目だ。納得などできない。仕方がなかったとは言えない。幾億の時間をかけても受け入れることなんて到底できるはずがない。
愛する者にせめてもと願われて、それに応えることができず、関係のない他者に引導を渡させた。そんな事実、どうして受け入れられるだろうか。
「なんでだよ……なんで、こんな……」
せめて彼女と自分が同じ存在であったなら。
白髪の青年の嗚咽が紅い雫と共に零れ落ちた。世界のすべてを呪うかのような悲痛な声でただただすすり泣く。
「ごめん、ね……」
蒼眼を見つめる瑠璃色の瞳は、すでに濁りきって焦点が定まっていない。
「……ごめんね」
繰り返される謝罪。否定したくても声は嗚咽にしかならない。
いつか交わした約束を守ることができなかった。
守るどころかこの手で奪ってしまった。
「泣かないで……悪いのは、あなたじゃない、よ? あなたの、せいなんか……じゃ、ない。だって、私は〝断罪の女神〟の……転生体なん、だもん。いつ、かこうなる……覚悟はしてた……」
たったそれだけの動きも辛いのか。頬に添えられた手は震えていた。
青年は無意識にその手を握った。この手が離れてしまえば彼女の命は消えてしまう。それを防ぎたくて、すでに冷え切ってしまった手を必死に握りしめた。
「違うっ……全部俺のせいだ。俺が何も選べなかったから、俺が弱かったら……」
「あなたは、弱くなんかないよ……?」
ヒュー、ヒュー、と危険な音を喉から鳴らしながら、少女は青年に笑顔を向けた。
「あなたが、今日まで……頑張ってき、たの……知ってる……あなたは……全能なんか、じゃない……んだか、ら……取りこぼしが、あったって……しょうが、ない、よ。それに……」
「もういい! もういいから、もうしゃべるな!」
必死になって叫ぶ青年の声に少女はまた笑った。とても死に逝く者の顔とは思えない。驚くほど穏やかな頬笑み。
「……無理だよ……まだまだ、いっぱい、話したい……ことがあるん、だもん」
青年の目が涙で滲む。
「私は……あなたが好き」
少女は動かない身体を無理に動かし、青年に顔を寄せた。
「大好きだよ?」
かすれた声で少女は囁き口づけをする。相手を想い愛情を表す誓いの行為。それは触れるだけの短いものだったが、想いは確かに響いた。
「へへ、たったこれだけのことも……精一杯みたい……」
独り言のように少女は話し続ける。
「ねぇ、覚えてるよね……私たちが誓った、こと……私たちの、償いの……言葉……」
「……忘れるわけないだろ」
――殺してしまった人たちよりもより多くの人を救う。もう涙を流す人がいなくなるように。
それがこの少女と共に掲げた誓い。それが二人の生きる理由であり、在ろうとした姿。
「護ってあげてね……泣いている人を……助けてって、叫んでる人を……あなたの、力で……あなたの手で……護ってあげて。そうすれば、きっと……あなたは輝ける……」
少女が咳き込むと夥しい量の血が口から吐き出された。跳ねた血が青年の頬を染める。
「もっと……一緒に、居たかったなぁ……」
胸に顔を埋めた少女は吐血と共に嗚咽する。涙は血と混ざり合い、鮮やかな紅となって地面に落ちていく。
この言葉に、青年も堪えられなかった。透明の雫が頬を伝った。
「最期に、あなたの気持ち……聞かせて……?」
「最期だなんて、そんなこと、言う、なよっ……」
声が詰まる。感情ばかりが昂る。
彼女を失いたくない。
自分なんてどうなっても構わない。代償が必要だというなら何でも差し出す。彼女を救う奇跡に手が届くなら、この身から何を奪われたって構わない。
だからどうかこの娘を救ってほしい。
青年の願いを聞き届ける者は存在せず、少女の命の灯火はもう消えそうだった。
「ねぇ、お願い……」
受け入れるしかないのだ。彼女はもう生きられない。これはもう変えることができない現実。
最期の願いすら叶えられずに逝ってしまうことは、きっと最大の不幸だ。
だから青年は告げる。少女を生かしている意志の力を断ち切る言葉を紡ぐ。
「……愛してる……」
彼女がそれを望んでいるから。
「愛してる。これからも、ずっと」
精一杯の想いで微笑みかける。
「あたしも、だよ……ヒカル」
少女も笑った。幸せそうに。
青年を見つめる瞳がゆっくりと閉じられる。彼女の身体から力が抜け、青年の腕にかかる重みがぐっと大きくなった。
「お、おい……」
呼びかけても返事はない。身体を揺さぶっても反応はない。
なぜ、彼女が死ななければならなかった。
なぜ、彼女が殺されなければならなかった。
人類を守るために彼女を失った。
動かなくなった少女の身体から七色の粒子が立ち昇った。
粒子が増えるにつれて少女の肉体は崩れていく。
少女を抱いていたはずの腕に残されたのは、七色の輝きを宿す大きな結晶。
「あ、ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
心を壊すほどの慟哭が、彼方へと響き渡った。
残ったものは――彼女との誓いと償いの言葉。
如何でしたでしょうか? ぜひ続きも読んでみてください!
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