小生は九十九神である。名前は産まれる前からある
箏、と言われて何を思い浮かべるだろうか。
日本人ならば長く切った木に糸が張ってあるのを想像するのは容易いと思う。音楽の授業をしっかりと受けていたならば弦が13本で、11、12、13ではなく斗為巾、と数えることを知っているかも知れない。
勿論、気付けばなんてレベルで長年箏を習っていた彼女には当たり前の知識だが……とまぁ、何がしたいのかと言うと現実逃避である。
"一柳円"は先程、楽器屋さんに弦を張り替えて貰った"尊和”を受け取り、そして右足を一歩踏み出した。
するとだ。
階段を踏み外した時の様な妙な浮遊感に慌てて左足を着こうとすれば。
真っ黒い空間と正面衝突する目前だった、という訳で。
悲鳴を上げるまでも無く意識が何処かにふらいあうぇい。
そして意識は戻った、戻ったのだが…。
周りを見ればまず目につくのが怪しげな魔法陣。
鎧を纏った男が3人、長いローブの女、そして学生服の男女があわせて4人、そして振り袖の…あいや申し遅れた。小生、一柳藤子が箏、尊和と申す。
…なんてな。古風な口調だった昔が懐かしい。小生、テレビの旦那と仲良くなってからもう取り返しのつかない口調の崩壊を起こしたのだ。
ところで小生の体はどうなってしまったのだろうか。
我が持ち主は何処ぞに消えてしまい、姿が見えない。
最近人気のアニメで見た光景に似ているといえば似ているが、さてはて。
単独では一定範囲から動けぬ身としては心細いのだが…と、首を傾げる。小生の本体が見当たらない。
これは由々しき事態だ。
昔、円殿の父上の車で搬送されていることに気づかず、九十九神として動ける範囲の外に出そうになって国道を延々と引きずられたのを思い出し血の気が引く。って小生に血は通ってないがな?(九十九神ジョークであるぞ笑え)
慌てて気配を探ると、自分の中に本体を感じた…。
えっいつの間にフュージョンしたんだ小生。
これは動く時に便利だと一瞬思ったが、我が本分は弾いてもらうことである。
気合いを入れて分離できないものかと試行錯誤していると、人の子の気配まで感じた。
この気配…今のご主人じゃないか。えっ何で内側にいらっしゃるんだ。
もしー…円殿ー…
…へんじがない ただのしかばnってそれは困る!!!
円殿ー…
この謎の場所に来たショックで暫く目覚めないのやも知れぬ。
そうだ、ご主人が起きた時の為に状況を把握しておこう。
さりとて如何すべき。
「お目覚めのようですね」
ローブ女からのアプローチが先にあった。
周りの若人も目を覚ましたようで、いぶかし気に女を見やる。
「えっこれってもしかして勇者召喚??」
男の子の一人がぽつりと呟く。
そして事態はテンプレへと動き出したのだ。
曰く。この国は危機に瀕している。隣国の王が魔王に操られ、国ごと乗っ取られてしまった。
かの国はこちらに攻め入ろうとしているのだが抵抗するのには力が足りず、異界からの勇者を召喚するに至った。ぜひ助力して欲しい。
なんというか、どこかで聞いたような話だった。
そしてこれは驚くべきことなのだが、彼らには小生が見えているらしい。
「では皆さん、できることを教えていただきたく…まずはステータスオープン、と唱えることで各自の能力が分かります。」
その言葉に各自ステータスオープンと唱え、画面があるであろう場所を見て一喜一憂している。
なんだ、他人のものは見えぬのか…つまらん。
誰よりも喜んでいる者は、聖属性!勇者きたこれ!などど叫んでいる。ほう、勇者か。次の観察対象は彼にしようかの。
「あの、そちらの民族衣装の方もしていただけると…」
「ぬ、私ですか?」
慌てて意識しつつ現代標準語を使って返す。
「え、ええ」
「ああ、すみません。突然のことで少しぼーっとしていて…」
「ああ、そうですよね。配慮が足りず申し訳ありません」
「いえ、お国に迫った危機ですし、致し方ないかと…」
力を量るとかいう段階になってやっと認識されることに気付くとは。というかこやつら、まともに小生と目を合わせていなかったあたりやはり家畜程度の認識しか無いのだろうか。小生、目が合えば流石にこやつらに見鬼の才があると気付いたはずだぞ?
色々と思うところはあるものの、とりあえず怪しまれない為にも開くことにする。
「ステータスオープン」
尊和
_________(融合状態)
Lv.1
HP 50
MP 1070
ATK 7
DEF 15
DEX 47
AGI 12
INT 54
LUK 3
ポルターガイストLv.2
湿度感知Lv.5
声帯変化Lv.3
絶対音感Lv._
高次元言語Lv._
異空間収納Lv.1
加護付与Lv._(付与者のレベルに準ずる)
音魔法Lv.1
形態変化Lv.1
ーーー(使用不可)
[召喚されし者] [異界種] [半神] [半精霊] [知識神の注目] [芸術神の注目]
これは…音魔法と形態変化以外は恐らく元から持っていたものということだろうか。
異空間収納…インベントリは基本と聞いている。
「皆さん、それぞれ今までの経験とは全く関係のない技能が1つあると思います、それがあなたが神から授かった技能です」
ん?魔法という区分である以上持っていないのも当たり前だとは思うのだが、心当たりはあるぞ?楽器が音と関係が無い訳がないだろう。
「あの…一応心当たりがあるのですが…」
おっと、小生と同じような者がいたらしい。便乗してみるか。
「私もそうです」
「えっと、何の技能でしょう?」
「治癒ってやつです。一応、保険委員だったので…」
「私は音魔法だな、楽器を嗜んでいた」
「治癒に、音魔法?ですか」
小生の方に姫君が一瞬蔑むような眼差しを向けた、実に感じが悪いぞ、うん。
「今までの経験に準ずると言っても、魔法としての回復ができた訳ではないでしょう?そういうことです。」
と、優しく微笑む。
小生には一言もなしか!
というか小生、九十九神であるからして多少の神通力的なことはできたぞ!できたぞ!
「また、この神から授かる魔法は、その人が本当に必要なものを受け取ると言われていて…
彼女はその後も色々と説明をしながら城内を案内するのだが、その途中で男の子が近付いてきた。
「なぁ、着物のお姉さん」
「……なんでしょう?」
服を指定して小声で耳打ちされた。
自分に向けられたものとは分かったが、普段人間に声を掛けられる事が無いので少し間が空いてしまった。
「何かきな臭くないか?お姉さんも思ってただろ?」
いや、小生が気に病んでいたのは現代標準語を使えているのか。その一点である。
「まぁ、そうですね」
「後で相談したいから、うまく時間作れたら行くね」
「分かり申した」
飯も入浴も九十九神メンタル的にちょっと受け付けられなかったため、小生は案内された部屋に一人だった。
どうにか箏としての自分を分離できないかと唸っていると、激しい痛みが小生を襲う。
「む…」
体がきしむような感覚、痛みには耐性がないものの、百年ほど生きた意地でどうにか声を抑える。
痛みが納まり、目をあければ、愛しい我が身がそこにあった。
早速異空間収納を用いて柱をかけていく。使い方はなんとなく分かった。この収納スペースにはどうやら今、柱と爪と立奏台が入っているらしい。
さあ演奏を、、、と待て、今弾くと音が外に漏れて人が来てしまっては厄介だ。
ひとまずはベッドの下へと自分を押し込む。
そしてその夜、小生は殺されたのだ。