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そこから

作者: 藤沢悠

季節がちゃう。

しかし、書いたのはいつかの春だったと思います。

「桜には不思議な力があるのを知っているかい?」


ゼミ主催の花見をこっそり抜け出して、酔い醒ましにはずれのベンチで休憩していた私に教授である先生が声をかけてきた。


「得意の伝承ですか」


「専門分野と言ってほしいな」


先生は私の隣に腰掛けると、絢爛に咲き誇る桜を見上げた。


「春になるとね、人がよく姿を消す。これはみんな桜の仕業なんだ」


「へえ、面白そうな話しですね」


「君ってやつは、講義ではいつも寝ているくせに」


「お堅い講義はつまらないですけど、飲み会中の与太話は好きなんです」


私がいたずらっぽく笑うと、先生は「しょうがない生徒だ」と苦笑した。


「桜は別の世界と繋がるトンネルなんだ。花が満開になると入口が開く。

だから、そこを潜ると人知れず別の世界へと消えてしまう」


「国家レベルの問題じゃないですか。

春になると人口が大幅に減少してしまいますね」


「いやいや、大丈夫だよ。条件があるんだ」


「条件?」


「そう。まずは本人が別の世界へ旅立つことを願わなければならない。

望みの世界を具体的に思い描く必要がある。それと」

 

先生は人差し指を立てて、上空に向けた。

私は釣られて夜空を見上げると青白い丸々とした月がぽつんと浮かんでいる。


「満月、ですか?」


「正解。月の満ち欠けは人の感情に大きく作用する。

満月は人が深淵にある思念を発露するのに最も適している」


アルコールを過剰摂取している私はふらつきながら、ベンチから立ち上がった。


「やってみましょうか?」


「おいおい、これは与太話だよ」


「いいじゃないですか、実験ですよ。

生徒の熱意に応えるのが先生の義務でしょう」


先生はやれやれと肩をすくめるとベンチから立ち上がった。


「それじゃあ、目を閉じてどんな世界へいきたいか考えてみたまえ」

 

対峙した先生が両手を差し出したので、私も両手を先生の掌に添えて、目を閉じた。


「割りと難しいですね。

私は現状に満足していますんで、いき先は先生に任せます」


「仕方のないやつだな。よし、任されよう」


遠くでゼミ生たちの乱痴気騒ぎが聞こえる。

一際大きく聞こえるのはお調子者のあいつの声だ。

連れて帰るのに難儀しそうだとぼんやり考えた。


「一歩踏み出すぞ」

 

急に先生から手を引かれて、私は慌てて一歩を踏み出した。

遠くで聞こえていた乱痴気騒ぎが一瞬途切れたように感じる。

 

瞼を開くと、舞い散る花弁と満開の桜並木がずっと奥まで続いていた。

まるで、どこか知らない場所に通じているトンネルみたいで不安になる。

見回してみると、広場で花見をする同窓生たちの姿があった。


飲みすぎて、休憩してたんだっけ?


私が首を傾げると、後方から誰かに抱きしめられた。

驚いて振り向くとゼミの教授である先生だった。


「ちょっと、酔っ払ってるんですか。

他の学生に見られちゃいますよ」

 

先生は私が身をよじっても離そうとはしなかった。

むしろ、いっそう抱きしめる力を強くする。

私は諦めて、するがままにさせておくことにした。


「どこへもいってはいけないよ」

 

私の耳元で先生は頼りなく囁く。


「どこへもいったりしませんよ」

 

困った酔っ払いさんだ。

 

私は片腕を担ぐようにして後ろへ回し、私の肩に顔を埋める先生の頭を撫でた。


「君はどこへもいけない。

別の世界へ逃げ出すことはもうできない」

 

先生が珍しく弱気なので、私は思わず吹き出した。


「当たり前じゃないですか。

別の世界なんて、ありっこない」

 

私は微笑みながら、夜空を見上げた。


「ほら、見てください。月はいつだってふたつ浮かぶんです。

ここが現実なんですよ。私は先生といつも一緒です」

 

先生は小さく「すまない」と詫びた。

しかし、私にはなぜ謝罪しているのかわからなかった。


会社の同僚に次は異世界ものが流行ると聞いて、書いた気がします。

思ってたんと違う。

読んで頂きありがとうございました。

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