王都と上司
レプセムの街を出発して4日後の夕方、予定より少し早く王都に到着した。
王都に到着した3人はまずイーシャの家に向かう。
イーシャは宮廷魔道士として家や設備を無償で貸与されているらしく、16歳の少女が一人で住むのには余りにも大きな屋敷を与えられていた。
屋敷の扉にイーシャが手を掛けるとその扉が勢いよく開けられた。
「イーシャ様おかえりなさいませ!!!!」
その声とともにメイド服を着た少女が屋敷から飛び出してきて、イーシャに抱きついた。
「ミィル暑苦しい。離れる」
「嫌です嫌です! イーシャ様が中々お帰りにならないのがいけないんです!! とても心配したんです!!」
ミィルと呼ばれたメイド服の少女は泣きながらイーシャから離れようとしなかった。
「イーシャその子は?」
「我が家のメイド」
「えっ!? イーシャメイド雇ってるの!?」
「ん。この家の管理一人じゃ無理」
「まぁ普通に考えればそうだな」
そんな会話をしているとミィルはこちらの存在に気付いたのか慌てて姿勢を正し頭を下げた。
「も、申し訳ございません!! お客様の前だというのに私取り乱してしまって......」
「気にしないで良いよ。あっ、俺の名前は一信。よろしくな」
「そうよ。イーシャの事を大切に思ってくれている子がいてくれて私も嬉しいわ。私はチャカです。以後お見知りおきを」
「はっ! 私はミィルと言います! イーシャ様にこの家のメイドを任されおります!」
「ミィルは優秀。とりあえず中に入れる?」
「はい! いつイーシャ様が帰ってきても良いように常に清潔に保っていますから!」
そういうとミィルが中に通してくれた。
「楽にして」
イーシャはリビングのソファーに腰かけてリラックスしていた。
「ここがイーシャの家か。ずいぶんと立派だな」
「本当ね。レプセムの街に住んでた頃とは大違いね」
「国に借りてるだけ」
少し照れくさそうにイーシャは答える。
イーシャの家は2階建てであり、1階にはリビングに大広間、食堂、執務室、浴室などの部屋があり、2階には寝室や客間があった。
一信たちは2階の客間を貸し与えられた。
その一部屋だけでも一信が日本で住んでいた家のリビング以上の広さであった。
「とりあえず今日は休む」
到着したのが夕方であった為その日は休み次の日から活動することとなった。
ミィルが3人分の食事を用意してくれており、それを食べながら話していた。
「明日はどうするんだ?」
「そうね。とりあえず王都を観光しましょう!」
「まずすべきことをしてから」
「そうだな」
「えぇー。まず遊びましょうよ!」
楽観的なチャカはどうしても遊びたかったらしく拗ねていた。
そんな彼女を無視して会話を続ける。
「まず上司に今回の事を報告する」
「それがいいな。その上司はどこにいてるんだ?」
「多分王城」
「なっ! じゃあ俺らは待機かな?」
「ん? 一信も来る」
「でも、どこの馬の骨ともわからない俺が王城に行くのは拙くないか? しかもこれから攻めてくる世界側の人間だぞ?」
「きっと平気ですよ。むしろ口下手なイーシャ一人で行くより話は上手く纏まると思います」
一人で拗ねていたチャカが会話に入る。
「不本意ながら。同意する」
「そうか。まぁ捕まったり捕虜になったりさえしなければいいんだけど......」
「大丈夫。私が庇う」
話は大方纏まり、翌朝王城に向かうこととなった。
その日は久しぶりの風呂に入り、ベッドに向かった。
「よく考えれば王都まで来たけど、ここからどうしようか......」
イーシャやチャカはこれからどうするのだろうか。
イーシャは宮廷魔道士だからこの王都に残って戦争に備えるだろうか。
チャカは俺についてくるより大陸を出て地球側の国に渡ればもっと知識が増えるだろうか。
見た目は地球人と大差はない。
髪の毛を染めれば大陸人だとばれずに過ごすこともできるだろう。
一信はこの大陸を見て回りたいという理由だけで日本からこの大陸に来た。
人や生き物、文化に至るまでもっと知りたい。
どういう成り立ちで生まれたのか、魔物という存在も気になる。
しかし世界と大陸の戦争はもう目前にまで迫っている。
こればっかりは人間一人でどうにかなるものではない。
「どうしたものかな......」
そう考えているうちに一信は眠りについた。
「一信様! 起きてください!」
客間にミィルの声が響き渡る。
「ん。朝か.....」
「そうですよ! イーシャ様に一信様を起こすように仰せつかりましたので悪しからず」
ミィルは窓を開け部屋の換気を始めた。
「今日もいい天気です! 食堂に皆様お集まりですよ!」
「わかった。すぐ行く」
そう言うと一信は服を着替えて食堂に向かった。
「おはよう。遅くなってごめん」
「ん。きっと旅の疲れが出た」
「そうですわ。初めて馬車に乗って旅と言うのは疲れるものなのです」
イーシャとチャカは朝食のパンに噛り付きながら挨拶をする。
「朝食を食べたら準備をしていこうか」
「イーシャの上司に戦争の事を伝えたら観光しましょ! 観光!」
チャカはどうしても観光がしたいらしかった。
朝食を食べ終えた3人は出かける準備をして王城に向かった。
王城に到着するとイーシャの顔パスで中に入ることができた。
恐るべしイーシャである。
イーシャは中に入ると城ではなく離れのような建物に入っていった。
一信とチャカもその後について入っていく。
「イーシャ。この建物は?」
「これは宮廷魔道士の詰所のような場所」
どうやらイーシャはこの建物で普段過ごしているらしかった。
そうしてイーシャはその建物の最上階にある部屋の前で立ち止まり、ノックした。
「入れ」
中からの男性の野太い声が響いた。
イーシャは扉を開けて中に入る。
そこには大柄で無精髭を生やした精悍な顔つきの男がいた。
「失礼する。イルグッド隊長今帰った」
「おぉ! 遂に帰ったか!」
「遅れてすまない。それに.....」
「帰ってきたのは一人だけか.....」
「力不足だった......」
「いや、仕方ない。とりあえず何があったか教えてくれ?」
二人は沈痛な面持ちで話を続ける。
イーシャ曰く、大陸が異世界転移した直後は大陸内部で混乱を抑えるために奔走していた。
その後、大陸の外の調査に向かうように命令を受け、魔道士5人で海に向かう。
海上で大きな鉄の船と遭遇、その船と戦闘が生じて爆発物や鉛球を撃ち込まれた。
しかし空中と言うこともあり、うまく連携を取れずに徐々に劣勢になった。
そこで仲間とともに爆発魔法を使用したそうだがその時の爆発とともに波にのまれて仲間と散り散りになり、海岸に流れ着いたところを一信に助けられたとのことだった。
「なるほど。そこでその少年に助けられたという事か」
「ん。一信は命の恩人」
「さて、どうしたもんか。異世界人か......。さすがに儂一人で判断できんな......」
「え!? まさか俺捕まったりするんですか!?」
「んー。それはわからんが......。まぁイーシャの命の恩人じゃ。儂もできる限り援護するから心配するな」
「.......よろしくお願いします......」
「とりあえず上の方に掛け合ってくるからしばらく待ってろ」
そういうとイルグッドは部屋を出て行った。
一信は胃がキリキリとするのを感じながら頭を抱えた。