初めての街と幼馴染と
ムル大陸に到着した一信とイーシャ。
まず一信は携帯電話が使えないかどうかを確かめてみた。
しかし圏外のまま携帯電話が通じることはなかった。
とりあえず2人はイーシャがかつて住んでいた街を目指す。
「なぁ。ここからは飛んで行かないのか?」
「あれ結構しんどい。歩いたほうが楽」
「そ、そうか。それなら歩くか......」
そこからは取り留めもない会話をしながら山道を歩いていた。
そんな最中、出会いたくなかった奴と遭遇することとなった。
そう魔物である。
その魔物は「ブラッドドッグ」と呼ばれるオオカミのような生き物であった。
森の中から現れたそいつらは赤褐色の毛に覆われて、獰猛な牙を剥き出しに威嚇していた。
ざっと見15匹ほどの群れであり、すぐさま2人は囲まれた。
「おいおいおいおい! 俺戦えねーぞ!?」
一信はもちろん現代人なので戦う術などない。
何もないよりはマシと鞄の中から考古学用の一番大きなハンマーを取り出した。
しかし、それはあくまで採掘用の道具であり戦闘用ではない。
ハンマーを握った手が震えるのがわかった。
すると、ふとその手が握られた。
「大丈夫。私がいる」
一信ははっとして彼女を見る。
「安心して。私ならできる」
その言葉は一信の心を落ち着かせた。
一信は一度大きく息を吸い込み、そして吐いた。
「うん。ありがとう。少し落ち着いたよ」
一信は力みが抜けたのか笑顔でそう答えた。
彼は彼女の実力がどれ程なのかは知らない。
彼女が戦っている姿も見たことはないし、見るからに武器の類も持ってはいない。
それでも彼女なら何とかしてくれる。
何故かはわからないけど彼女をそう信じることができた。
「情けないけど、この場はお願いするよ」
「任された」
そう言うとイーシャは呪文を唱えた。
『火の神よ 我に力を貸し給え 火の波よ 焼き払え』
その言葉とともブラッドドッグ達を火の波が飲み込んだ。
見る見るうちにバタバタと倒れていく。
「うわぁ。すごいな」
肉の焼ける臭いが辺りを漂う。
数分後には炎が消えて、そこには魔物の骨が残っているだけであった。
「これくらい余裕」
「ありがとう。助かったよ」
どこか現実でもないような風景を見て一信は感心するしかなかった。
するとイーシャは手をパンパンとはたいて落ちている骨を拾い始めた。
「何してるの?」
「一応素材として売れる」
「へぇー。こいつの骨って何に使うの?」
「呪術とか占星術に使える.....らしい......」
「らしいって。知らないのかよ.....」
「私は専門じゃない。友達が欲しがってた」
2人は骨を集め終えると街に向けて進みだす。
街道に出れば魔物除けがあり、魔物が出ることはほとんどないらしい。
そこから街まではそれほど時間がかからずに到着した。
「ここがレプセムかぁ」
「ん。昔住んでいた」
街「レプセム」に到着した2人は門を潜り中へと入っていった。
「ところでこの街で何をするんだ?」
「幼馴染に侵攻があることを教える」
「そうか。街の警備をする人とかにも言わなくても良いのか?」
「一個人が言った所で取り合ってもらえない可能性が高い」
「それもそうか。ならその幼馴染とやらを探すか」
そうは言ったが、日も暮れ始めており結局その日は宿に泊まることにした。
「うーん。このままでは完全にヒモだ」
日本からここまで来るのにも、魔物に襲われた時も、今晩の宿代もイーシャに頼ってばかりだ。
一信はもちろんこの国のお金を持っていない。
そもそも入手できるはずもなかったのだ。
「どうにかしてお金を稼がないとな......」
宿のベッドで横になりながら考える。
この大陸をまだ少ししか見ていないがそれでもこの大陸はおもしろそうだし戦争などして欲しくはないと思った。
しかし戦争については一信個人でどうこうできる問題ではない。
ならば戦後の事を考えて少しでもこの大陸の事を知り、見て回り、それを地球に伝えることがこの大陸と地球を繋ぐことに繋がるのではないかと考える。
そのためにも彼はこの大陸を見て回りたいのだ。
それににお金は絶対必要である。
そんな事を考えてるうちに意識が遠のいていった。
翌朝、朝食を食べながら2人は一通りの予定を話し合った。
「とりあえずイーシャの友達探すか」
「ん。その前に少し教会に寄りたい」
「教会?」
「お祈りをする」
話を聞く限りイーシャは結構熱心な教徒であるらしかった。
別にそれは彼女に限った話ではなく、この大陸の人々は大抵そうであるらしかった。
一信はどんな宗教がこの大陸に興味を持った。
「それは俺もついて行っていいのか?」
「ん。問題ない」
2人は朝食を摂り終えると宿を出て、教会を訪れた。
「中々質素だな」
「どこもこんなもの」
教会と言うから豪華さや芸術性の高い建物を一信は想像していた。
しかし実際は少し大きな公会堂のような建物であった。
「しかし神様の名前とかあるのか?」
「神様の名前は伝わっていない。創造神や太陽の神、月の神などといった神々がいてるだけだ」
「なるほど」
一信はその話を聞きながら辺りを見回す。
祭壇には数体の像が飾られており、それぞれが神様なのだろうと思われた。
しばらくするとイーシャは祈りを終え、教会から出た。
「良い祈りができた」
「祈りに良いとか悪いとかあるのか?」
「ある。気持ちの乗りが違う」
「そ、そうか。用事も済んだしイーシャの友達を探すか。居場所とかわかるのか?」
「ん。多分あそこにいる」
イーシャはそそくさと歩き始めた。
しばらく歩くとボロい建物の前に辿り着いた。
「......本当にここなのか?」
「多分間違いない」
イーシャは扉の前に立つとその建物のドアをノックした。
反応はない。
しかしイーシャは扉をノックし続ける。
10分程経過した後、中からドタドタと物音がしてドアが勢いよく開かれた。
「うるさい!!! 何度もノックしなくても聞こえてるっつうの!!!」
濃い青色の髪をしたスタイルの良い女性がそこにはいた。
どうやらノックがうるさかったらしい。
「非常識じゃないかな!? こんな朝早くに迷惑とか考えないの!?」
もう昼前である。
「チャカこそうるさい」
「ちょっと私の話聞いてるの? ......あれ? ってイーシャじゃない!?」
「久しぶり」
怒りで周りが見えてなかったのか今までイーシャの事に気付いていなかったようだ。
「久しぶり! どうしてこの街にいるの?」
「ちょっと色々あった。とりあえず上がってもいい?」
「いいよ。そちらのお兄さんもどうぞ」
そう言われて一信もボロい家に入ったいった。
「汚い所でごめんね」
確かに部屋の中は物が乱雑に置かれており、魔法陣が描かれたスクロールのような物や何かの骨や動物の素材のような物が転がっていた。
彼女はお茶のような飲み物を出す。
「では改めて、俺の名前は武田一信です。一信と呼んでください。わけあってイーシャと行動を共にしています。」
「ご丁寧にありがとうございます。私はチャカです。イーシャの幼馴染です」
丁寧に両者は挨拶をかわした。
挨拶を終えるとチャカはイーシャの方に向き直り話しかけた。
「ところでイーシャ。急に来てどうしたの?」
「ん。ちょっとチャカに話したいことがあった」
「私に? ここ数年会ってないのに......」
「この大陸が転移したのは知ってる?」
「まぁね。あの大地震が起こった時に転移したんでしょ?」
どうやら大陸側では転移に際して地震が発生していたらしい。
「それでこの世界は地球という星。一信は地球人」
「うーん。見た目は普通の人間ね」
チャカはまじまじと一信の顔を見る。
「ん。近い」
イーシャはチャカを引き離す。
「一信は私の命の恩人。それで......この世界の国がこの大陸に攻めてくるらしい」
「戦争が起こるのか......。帝国との関係もあれだっていうのに大変だなぁ」
「なんか悪いなこの星が......」
なんだか居心地が悪く感じた一信は謝った。
「別に一信さんが謝ることでもないわ」
「一信は悪くない」
「それで、どうして私に教えたの?」
「ここは大陸の端。一番最初に攻められる」
「そうだね。だから教えてくれたの?」
「ん。チャカは引きこもりのニート。誰も教えてくれない可能性があった」
「おい! 引きこもりでもニートでもボッチでもないし!! 研究者で外に出ないだけだし!」
どうやらチャカは普段部屋に籠って研究をしているらしい。
イーシャは道中集めた魔物の骨をチャカに渡した。
「ありがとう。最近これ少なくなっていたから助かるわ。
でもそうか、ここは危険になるのか......。イーシャ達はこれからどうするんだ?」
「私たちはこれから王都へ向かう」
「王都かぁ。行ったことないなぁ」
そう言うとチャカは少し考えてから何かを思いついたようであった。
「よし! 私も一緒に行こう!」
「ん? 引きこもりなのに家から出るの?」
「だから引きこもりじゃないよ! まぁ一信さんからこの世界の事とか聞きたいし遠出してみるのも悪くはないかな」
「まぁ良いんじゃないか? 一緒の方がイーシャも心配せずに済むだろ?」
「別に心配していない」
「わざわざこの街に寄ったのもチャカさんに戦争の事伝えるためだろ?」
「むぅ......」
イーシャは少し照れたのか顔を赤くして俯いた。
「んもう! イーシャはいつまでも可愛いなぁ!」
チャカはイーシャに飛びかかりワシャワシャと頬ずりをしていた。
イーシャは嫌そうに力を込めて彼女を押し返していた。
一信はその様子を見て笑みがこぼれた。
そうしてチャカを加えて3人で王都を目指すこととなった。