空の旅
『冒険に出ます by一信』
そう書かれた手紙をリビングノテーブルに置いた。
一信は親に向けた手紙だけは置いていくことにした。
そうして準備を終えた2人は家を出て行く。
「ところでどうやってあの大陸に渡るんだ?」
一信はイーシャに尋ねる。
「ん。船」
「船? どこにそんなもんがあるんだ?」
浜辺に着いた2人から見える位置にはそんなものはない。
「ちょっと待ってて」
そう言うとイーシャは森の中に入って行き、しばらくすると大きな板を持って戻ってきた。
「えーと......それは?」
「船」
どこからどう見てもただの板切れである。
何だったら泥の船の方がまだマシなレベルである。
「いいから座る」
イーシャは板の上に座るように促す。
一信は渋々言われた通りに座る。
「これでいいのか?」
「ん。しっかり板に捕まってて」
今、板って言ったよね!?と心の中でツッコミながら言われた通りに板を掴む。
イーシャは目を瞑り、集中し始めた。
無音の時が数十秒経った頃であろうか。
突如、2人を乗せた板が重力に逆らい宙に浮いた。
「ぬおっ!? 浮いてるっ!?」
その「船」は2メートルほどまで浮き上がると一気に太平洋上に向けて飛んで行った。
「魔法ってすごいな......」
一信は現実逃避なのか目の焦点が合ってない。
「大体どれくらいで着くんだ?」
「ん。大体2日もあれば着く。」
「速いな!」
途中で睡眠休憩を取ってその時間で到着するとのことである。
その板の上は生身では体への負担は相当なものだと思われたが魔法のおかげか一切風の抵抗を受けていない。
「なかなか快適なだな」
「ん。」
「でもこれ板じゃなくて絨毯ならさながら空飛ぶ魔法の絨毯だな」
一信が地球で有名な物語の話をするとイーシャは目を大きく見開いた。
「......なん......だと......?」
「絨毯なら寝るのも楽だし」
イーシャが一信を見る。
「......その発想はなかった......」
彼女は絨毯の事に今まで気づかなかったようで、少し悔しそうであった。
天候にも恵まれて、特に問題も起きず、順調な空の旅であった。
しばし暇な時間が続いていたのか一信が口を開く。
「ムル大陸の事を少し教えてくれないか?」
「ん。何でも聞いて」
ドントこいとばかりに胸を張るイーシャ。
「大陸にはどれくらいの人間が住んでるの?」
「たくさん」
「う、うん。じゃあ国とかあるの?」
「ある。王国と帝国。」
どうやら話を聞く限りではその2国は仲が悪く、100年に1度は戦争をしているらしかった。
そして今回大陸転移の直前も開戦の機運が高まっていたところだったそうだ。
「私は王国民。ある程度自由」
話を聞く限りでは王国といえど、平民から選ばれる下級議員と貴族から選ばれる上級議員がいてその上に国王が君臨する形らしかった。
その為、貴族と言えども勝手気ままな振る舞いは許されていないそうだ。
一方帝国は皇帝が君臨し、統治を行っているらしかった。
「で、とりあえず王国に向かうってことでいいんだよな?」
「ん。まずは昔住んでた街に寄る」
「そこは近いの?」
「上陸してから徒歩1日ほど」
「そっか。」
徒歩1日がどれほどの距離か現代人の一信にはあまりピンとこなかったがとりあえず納得しておくことにした。
「他に気を付けることとかあるか?」
「んー。魔物に気を付けて」
これまた驚きの単語である。
「魔物いるの?」
「ん。常識」
「その魔物と言うのはあれかな? 人を襲うモンスターのことであってる?」
「そう。基本的に哺乳類しか襲わない。特に人間の血肉を好む」
嫌な事を聞いたと一信の顔が曇る。
それを察したイーシャが口を開く。
「一信。大丈夫。私が守る」
「イーシャ......」
一信はイーシャがとてつもなく大きな存在に見えた。
「とりあえず大陸まで飛ばす。一信は寝ておいて」
そう言うとイーシャは更に「船」のスピードをあげる。
そうして2日後には無事にムル大陸に上陸することができた。
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一方、各国との会談を終えたアメリカ大統領はホワイトハウスの執務室にいた。
「何がどうなっている!! クソがっ!!」
大統領は今起こっている事に未だ理解が追い付かない。
どうして自分が大統領の時にこんな事が起こったのか。
確かに大統領としては何かを為し、後世に名を残したいという気持ちがあったのは事実である。
しかし今回の事はあまりに度が過ぎており、自分の能力では対処できることではないと自認していた。
大統領は頭を抱えて、深く椅子に座り直した。
「任期が終われば田舎でのほほん暮らそうか......」
そうポツリと呟いた時、執務室のドアがノックされた。
「入れ」
「ハッ。失礼します!」
そう言って入ってきたのは大統領補佐官であった。
「何かあったのか?」
「はい。それが......」
補佐官の男は言いよどむ。
「良い。これ以上驚くことはないから言え」
そう言われて補佐官の男は一本のテープを差し出す。
「なんだこれは?」
「これは現在フロンティア大陸周辺に偵察に出ている海軍の部隊が撮影した映像です!」
差し出されたテープをデッキに差し込み、起動する。
そこには海上を空飛ぶ人間が手から炎や雷を繰り出していた。
「本格的に辞任したくなったな......ハハハ」
大統領はそう言うと、その口から乾いた笑い声が零れ落ちた。