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大木

作者: 高橋暁

 月日が流れ、人類をはじめ、様々な生物の身体的な構造などに若干の変化が現れてきた。特に、植物の変化にはめざましいものがあった。正確に言えば、変化ではなく、もともとそうだったのかもしれない。なぜなら、それは人類の科学の進歩により初めて発見されたものだからだ。植物に感情などのようなものがあったのは、昔から周知の事実だったが、長年の研究により、思考したり、植物同士で意志疎通を図っていたりすることが判明。植物と言ってもすべてが当てはまった訳ではなかった。調査により、樹齢一千年以上の大木が該当することが分かった。


 地球との共存をかねてより願っていた人類は、積極的に大木の声を聞くことを求めた。世界が見守る中、多くの資金、人材が研究につぎ込まれていった。人類の努力は結実し、大木と人との意志の疎通を図ることに成功した。幹にある装置をつけることで、大木と人とが会話することが可能となった。研究者の調査により、大木には「人間並みの知恵」「膨大な知識」があることが証明された。長年、物静かにすべてを見守ってきたせいか、温厚な性格であることも分かった。


 そして、某日。長い地球上の歴史の中でも、間違いなく大きな出来事の一つと言っても過言ではないことが起こった。人類の代表者らと大木らによる会議が開催された。主題は「地球の未来」という、きわめて平凡なだったが、会期は一ヶ月にも及ぶ大がかりなものだった。会議の結果、大木の助言をもとに、地球環境を改善する様々な施策が世界中で行われることになった。


 これにより、大木は完全に市民権を得た。多くの大木が、自身が生息する地域の議会の議員になるなど、人間界に進出した。一時、動物愛護団体ならぬ「植物愛護団体」といった組織が出来上がり、菜食主義者などと白熱した議論を繰り広げたことがあったが、菜食主義者は市民権を得た大木を食べている訳ではないので、大事には至らなかった。このほか、様々な小さな障害があったものの、文明がある程度、発展していた人類にとって問題というほどのことではなかった。こうして、人類は植物……いや、大木と協力して地球環境の改善に向けて動き始めた。


「協働」が始まってから何年、何十年、何百年経ったのだろうか。人類にとって快適な生活水準を保ちつつ、地球環境は大幅に回復した。人類のすべての経済活動で、自然に影響を及ぼすことのないように工夫が施されていた。積極的な自然破壊活動や戦争でも起こらない限り、地球環境が汚染される心配はなくなった。最も、「昔」のように、そのようなことは起こりえない世の中になっていた。黙っていても、地球は回復していった。


 また、木造住宅など、いわゆる木製の物はすべて廃止され、性能はまったく同じな新素材が開発された。自然と樹齢一千年を越える大木は増加し、発言権を高めていった。


 一方で、こうした事態を「よしとしない」人もいた。ある研究所に所属する男、「山田」もその一人だった。彼は、大木との会話を可能にした装置を開発した、研究所で勤務している。いわゆる、エリートと言われる人間だ。


「なぁ。最近、世の中の流れがおかしいと思わないか。そのうち、この世界は大木に支配されるんじゃないかな」

「別に、そうかな。考えすぎじゃない?」


 誰に話したところで、彼が満足する答えは返ってこなかった。政治家を常に攻撃しているような過激な雑誌や報道番組でも、大木を批判することはなかった。まだ二十代前半のころは、「頭の良い、一部の人間は気づいているはずだ」などと考えていたが、二十代を終えるころには考えも変わっていた。そのうちに、彼は「自分の考えに賛同する者がいないのは立場が低いせいだ」と考えるようになり、昇進に向けて仕事に励むようになった。研究職だけではなく、営業、販売企画など、何でもこなした。


 大木との協働により、幼少期にある成分を注射するだけで、悪性腫瘍の増殖を完全に抑えられるなど、医療面での進歩はめざましいものがあり、「これ以上は不老不死以外ないのでは」と思われるほど、進んでいた。一方で、いつの時代になっても、女性は美を求める。彼が企画した、植物から抽出した虫が嫌がる匂いが含まれている香水は特に好評だった。


 四十代前半で彼は部長として、再び研究職に就いた。この若さでの昇進は異例だったが、これまでの功績を見ると当然の結果とも言えた。彼が昇進したからか、世論が彼に追いついたのかは定かではないが、大木に対して恐れに似た感情を抱く者が増えていた。ある報道番組では、「協働の未来」と銘打ち、有識者を招いて討論を行うこともあった。


 山田は、世界有数の権威のある研究所の研究部長として、様々な報道番組、雑誌、新聞に引っ張りだこになった。大木の味方をする人間も数多くいたことから、そういった機会を与えられても話せば妨害される恐れがあるため、彼は自身のすべての考えを話すことはなかった。それほど、大木の力は強くなっていた。


 大木の強さとは何か。政治における議席も、多いと言っても人間の半分。言わば、対等の関係である。しかし、これまでの地球の歴史から見ると、大木が属する、いわゆる植物は被害者と言えた。大木自身は話しぶりからしても、被害者意識が強いという感じではなかったが、問題は人間の方にあった。不思議と、すべての人間が植物と話すとき、負い目に近い気持ちで接していることが分かった。大木も人間に対して、決して大きな要求はしてこなかったため、人間側は大木の要求をすべて受け入れてきた。


 いくら時代が進んだと言っても、大木の最大の弱点は機動力だった。このため、税金を使って大木の幹や葉の清掃、害虫の駆除などが行われてきたが、大木は動くことは出来ない。山田はかねてから予想していたことだったが、ある世界規模の会議で、ついにある提案がなされた。


 提案は驚くべきことに、人間側から出された。それは、「植物人間化計画」。光合成など、植物が持つ機能はそのままに、人型を模した器に大木の意識を埋め込もうという計画だった。あっさりと、この計画は可決された。試作に当たっては、山田が所属する研究所が選定された。開発責任者は当然、彼となった。


 世界が見守る栄誉ある仕事だったが、山田をはじめ、さすがに多くの職員も動揺を隠せなかった。「大木に人間界を乗っ取られる可能性があるのでは」と考える者もいた。


「山田部長。これを完成させたら世界はどうなってしまうのでしょうか」

「うーん。どうも、物事があっさり進みすぎていると思う。我々として、抵抗出来ることはないだろうか……。何か意見のある者はいないか」


 山田は、頭脳明晰で芯のある精鋭数人を集めて会議を開いた。非現実的な意見も数多く出されたが、会議は約一時間ほどで終了した。


「器の開発は現段階で、すぐに製作可能だと思います。ですから、こちらで大木の動きを遠隔から制御出来る装置を埋め込んでおけばいいと思います」


 この意見が採用され、早速、開発に着手した。独断で行っている作業なだけに、外部への漏れにはかなり気を配った。山田も含め、開発員は研究所に泊まるなど、極力、外との接触を避けた。唯一あると言えば、研究室に訪れる弁当などの食品関係の営業の人間くらいなものだった。


 順調に作業も進み、開発も大詰めを迎えたときだった。上層部の決定により、他の研究所から研究員が派遣され、開発の一員に加わることになった。山田は上司に直訴した。


「何故です! もう開発も終盤だというのに。いても邪魔なだけです」

「邪魔かどうかというのは君らの問題であって、我々には関係のないこと。それより、仮に器を完成したとして、君らが製作をし続けるというのか?」

「いえ、それは……」

「そうだろ。大木はまだまだ数は少ないと言えど、世界中にいる。他の人たちにも作り方を教えなければならない。我々は一企業ではなく、公的な機関ということを忘れてはいけない」

「それはそうですが、試作品が完成してからでも良かったんじゃないですかね」

「それは正論だな。だが、上からの要請なのだ」

「上からの……。分かりました」


 山田は言葉を失った。上からの命令に逆らえないことは、いつの世も変わらないことなのだ。後日、山田の研究所に各地から多数の研究員が訪れてきた。


「どうも、佐藤研究所から参りました、田中と申します。お世話になります。今後とも、宜しくお願い致します」

「どうも、ご丁寧に。部長を務めております、山田です」


 山田は始めから仲良くするつもりはなかったので、簡単にあいさつを済ませた。どこを見ても、他の研究所の研究員がいるので、山田は「今後は、打合せすることも難しいだろうな」と悟った。


「ふぅ~」


 さすがに、便所にまで、研究員で溢れかえっていることはなかった。いきなり人が増えて、忙しくなった一日を思い返していると、扉の開く音が聞こえた。


「お疲れさまです」


 同じ研究所の若く優秀で、山田が目にかけている職員だった。


「おー、お疲れ」

「何だかやりづらくなりましたね。疲れました」

「そうだなあ。あの装置のことも気づかれるかもしれないから、打合せをして外したいのだが」

「そうですね……。何か機会があればいいのですが」

「試作だから、数体にしかつけていないから、私が外しておこうかな」

「……そういえば、気づきました?」

「ん、何に」


 またしても、扉の開く音が聞こえ、今度はよその研究所の職員が入ってきた。


「あっ、山田部長。お疲れさまです」

「お疲れさま。調子はどうだい」


 大事な話が遮られ、いらだちもしたが、邪険にも出来ない。


「山田部長、お先に……。あ、そうそう。名刺の整理は必ずしといたほうがいいですよ」


 そう言うと若手職員は、そそくさと便所を後にした。普段、余計なことを言わない職員のため、山田は彼の言葉に従うことにした。終業後、所内にある自室で名刺の整理をしてみると……。


「しまった、そういうことか」


 山田は思わず、独り言を呟いてしまった。名刺を見ると、食品関係を研究している機関から来た人間が大半で、下水道関係の人間もいた。すべてに共通していることは、組織として大木に全面賛成していることだった。山田は推測ではあるが、ある一つの結論を自分の中で導き出した。


(おそらく食品に何か混ぜられていたのだろう。便などの排泄物に、一日の行動が記録されるようなものかもしれない。まぁ、憶測でしかないが、大木系の組織からしか来ていないのが、何よりの証拠か)


 その日の深夜に彼は、こっそりと研究室に入り込み、器から装置を取り外し、すべての証拠を消し去った。


(一旦、開発は停滞するだろうが、すぐ元に戻るだろう)


 翌日、彼は自室に「何かあれば、すべて自分の判断に基づく責任」などと書き置きを残し、姿をくらませた。世界が注目する研究の責任者の失踪――。この話題は一時、世間を騒がせた。報道も過激化し、やがて、どこから発覚したのか、大木を制御するための装置の存在も白日の下に晒され、山田は危険人物として手配されることになった。幸い、彼の部下たちが罪に問われることはなかった。


 山田もあてがないわけではなかった。報道や新聞などに引っ張りだこだったときに知り合った、自分と同じ考えを持った人たちが作った組織にかくまわれていた。組織には、世間的には危険人物と言われる人ばかりだったが、蓋を開けてみると単に大木に危惧を持っているだけだった。


 組織と言っても、決して小さなものではなく、危険人物をかくまうにはむしろ大きすぎた。全世界の各地に組織はあるようで、人員は一万人ほどいた。この時代には似つかわしくない物々しい城壁の中に組織はあり、畑を耕すなど、自給自足の生活を送っていた。物理的な面だけではなく、様々な面での警備も厳重だった。爆弾でも落とせば良いと考える人もいるだろうが、この時代にそのような代物は存在しなかった。


 組織では、各々が自由に、大木に対抗するための研究や調査を進めていた。


「山田さん、お疲れさまです。大木に対抗するため、人類の未来を守るため、共に闘いましょう」

「ええ、そう思っております。ここは自由なところなんですね」

「山田さんのような優秀な方をお招き出来て、一同、大変嬉しく思っております。大抵の物は、揃っております。山田さんはどういったことを研究される予定でしょうか」

「他の方の研究を見た上で判断したいと思います」


 山田が来た日には、歓迎会が行われた。例の件で、彼は、こちら側で世界的に英雄扱いされていることを知った。悪い気はしなかった。


「大木と闘いましょう!」


 組織の人々は口々にこのようなことを語った。彼も、まさしくそういう気持ちを持っていた。盛り上がる人々を見て、急に冷めたわけではないが、この夜、山田は彼らとは違う方向で研究を進めることを決心した。


 若干の月日が流れ、世間では器が完成していた。山田が開発に関わっていたころと見た目での違いはなかった。人間でいう髪の毛は葉っぱ。体は茶色で、質感は樹木そのもの。手足も人間のように動かすことが可能となっている。花粉も飛ばすことが出来るが、生殖器はない。食事は、水だけ。


 器の完成と同時に、すべての大木は人型に変わった。動けるようになり、唯一の弱点もなくなった。大木たちは積極的に行動し、世の中は一気に大木主導のものとなった。


 一方の組織は、何とかこれに対抗しようと必死になった。昔だったら銃や剣を持って戦争することも出来たが、この時代では無意味なことだった。そのような幼稚な物は、機械により、すべて無効化されてしまうからだ。頭脳で闘うしかなかった。思うように事が運ばず、逃げ出す人間は日を追うごとに増していった。


 間髪入れずに、「人類植物化計画」が発表された。内容は、現在の人型の大木の姿に人間も変えてしまおうと言うものだった。このころになると、世間では大木を批判する者はいなかった。人々にとって大木は憧れの完璧な存在で、わざわざ整形してその姿を真似る者もいたほどだ。前回の「植物人間化計画」と同様に反対する者はおらず、計画はすぐに実行されることとなった。


 組織は当然、落胆した。


「おそらく、このままでは我々も強制的に姿を変えられてしまうだろう」

「指をくわえることしか出来ない。本当にどうすることも出来ない。まるで、我々が植物のようだ」


 組織は完全に、浮き足立っていた。


「山田さん! 何かいい案ありませんか」

「どういった研究をされていたのですか」


 皆は山田に詰め寄った。彼はこういう状況への対抗策を研究していたわけではなかったので、返答に困っているときだった。


 大きな音をたてて扉を開け、息をはずませている人物がいた。諜報役として、その世界では右にでる者はいないとされている者だった。


「人類植物化計画の全容が分かった」


 彼の説明によると、かなり昔から、政界の上層部など、いわゆる世界の決定権を持つ人たちは大木に操られていたという。


「やはりか。どおりでおかしいと思った。手法は判明しているのか」

「いや、分からない。今は、そこが問題なのではない。今、問題なのは、組織に入っている人間以外、全人類が植物に感情などを制御されているらしいということだ」

「そんな、まさか」


 組織の人間は自給自足の生活をしていたが、世間の家庭ではすべて自動調理器が使用されていた。自動調理器の中に、判別することが出来ない謎の成分が含まれていた可能性があるという。


「そして、計画には先がある。まずは、人類を人型にする。その次に、それを完全な植物に――」


 映画や、これまでの人生で聞いたことがないような音がなった。大量の人型が枝のような武器を持って、襲いかかってきた。防護装置が作動しないところを見ると、新素材の武器のようだ。それに触れると、一瞬で眠るように人が倒れた。組織の人間は、一斉に逃げ出した。


(逃げるといっても、もう逃げる場所なんてない)


 山田は冷静だった。なぜなら、ここまでは計画通りだったからだ。彼は、急いで自分の研究室に戻った。


(私は最初から、ある程度、あきらめていた。でも人類の可能性に賭けてみたい)


 彼は、自身が開発した巨大な装置の前に座り込んだ。その装置には、ボタンが一つしかなかった。やがて、人型が彼の前に来た。


「観念しろ」


 意図は分からないが、これは人型ではなく、山田が発した言葉だ。それと同時に彼はボタンを思い切り押した。突き抜けるような音と大量の水蒸気とともに、装置は爆発した。爆風は組織全体を飲み込むほどだったが、人間や人型に何も影響はなかった。爆風が収まり、水蒸気の霧が晴れたころ、枝のような物を体に押し当てられ、山田は静かに倒れた。


 世界各地の反大木組織は壊滅し、その後は大木の思惑通り、計画が進んだ。人類は人型に変えられた。段階を経て、人型は植物に変えられていった。大半の人間が、何の文句もなく植物に変えられてしまった。しかし、絶滅したわけでもなかった。一部の人間は、知能や知識を赤ん坊並みにされ、愛玩動物のように大木に飼われた。昔の人類のように、彼らが自力で文明を発展させたりすることは難しいだろう。人間ではなく、まさに動物にされた。


 そこから、何事もなく月日が流れた。変わったことと言えば、よく雨が降るようになったことくらいだろうか。


「ヤット、チキュウシジョウサイダイノガイチュウヲクジョデキタ」

「ナガカッタ」

「モウ、イイナ」


 人型の大木たちは用意していた装置を使い、自ら元の大木の姿に戻っていった。その後、言葉を発することもなかった。


 植物になった人間は、たくさんの雨を受けてすくすく成長した。たまに、赤い果実を実らせる者もいた。何かを期待しているかのように……。

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