そのろく
私たちはよく梳いた。
「海珊瑚おいで。」
そういって、岩海苔は私を座らせて髪を梳いた。鯨の髭で作った櫛で、なでるように。私は気持ちよくて、よく鼻歌を歌った。
「海珊瑚の髪の毛はきれいね。」
よく、岩海苔はそういって、私の毛先をもてあそんだ。私はくすぐったくてくすくす笑ってしまう。
「岩海苔の髪の毛のほうが好き。」
私はそういって返すと岩海苔はやや嬉しそうに、苦笑するように息をため息をつく。岩海苔は自分の髪をよく卑下した。
「今度は岩海苔が座って。私が梳かす番!」
岩海苔を珊瑚の椅子に座らせて、私は櫛でその豊かな髪を梳く。艶やかなその髪は櫛を通すたびになめらかに波打つ。照らされた髪がきらきらとひかって、私はうっとりとした。こんなにも美しいのに、私は岩海苔に信じてもらえないのが不満だった。
「今日は、貝殻を拾いに行こうよ。」
「貝殻?何するの?」
不思議そうに岩海苔が振り返る。
「なにか作ろうと思って。」
「ああ、素敵ね。海珊瑚は器用だもの。」
ふふ、と岩海苔が笑って、目じりが下がった。
貝殻は人魚にとって身近な装飾品だった。鯨の髭を貝殻に通して腕輪にしてもいい。藁で編んだ鞄に、海藻で作ったサラダを入れて、岩海苔と岸へ向かう。
今日も空は晴れていた。柔らかな光が屈折しながら海の中を照らす。海の流れを感じながら、横に並ぶ岩海苔が嬉しそうに笑って鼻歌を歌った。柔らかな、優しい鼻歌だった。私もうれしくなって笑ってしまう。二人で鼻歌を重ねると、魚たちが寄ってきて、小さなヒレをパタパタして喜んでくれた。
岸に就けば二人で海辺に寄り、小さな貝殻を集め始める。白い砂浜は太陽の光を直接受けてきらきらと光っていた。遮る物のない太陽の光は、私たちの肌を容赦なく焼き、いささか眩しすぎる。私は目を細めた。海の匂いをのせた風が私たちの頬をなでて、濡れた肌を乾かした。
あ、これ。
砂に埋もれかけている、小さな白い貝殻を見つけた。いいものを見つけたと、私は1人上機嫌になった。これで髪飾りを作って岩海苔にあげよう。深い色の髪の毛に、白い貝殻はきっと映える。つけた姿を想像して、ほほが緩んでしまう。大事に大事に鞄にいれて、岩海苔のほうへ向かった。下半身を引きずるように動けば砂や石が鱗とヒレに細かい傷をつけた。
岩海苔のそばに行き、手を引く。岩海苔は集めた貝殻を浜辺に並べて見せてくれた。桜色の小さな貝殻、中には小さなヤドカリもいて、慌てて逃げて行く。それを見て私たちはくすくす笑った。
じゃり、砂を踏む音が鳴る。
私がはっと目をあげると、金髪の、人間がこちらに歩いてきていた。青い目が私と岩海苔を見ていた。
私たちは慌てて海に逃げた。
「びっくりした。」
「この前見つけた人間だね。」
バクバクと心臓がうるさかったが、海の中に入ればもう安全だ。岩海苔と顔を合わせると笑ってしまった。
「あーあ、私、貝殻浜辺において来ちゃった。」
「残念。いっぱいやけどしちゃったね。」
岩海苔が薄い眉毛を下げて残念そうにつぶやく。慰めるように岩海苔の方に手を置けば、太陽に焼かれた肌が熱を持っていた。冷たい水が心地いい。
「サラダ作ってきたから、かえって食べようよ。」
「帰りに真珠ももらってきましょう。」
私は岩海苔のまだ熱の残る手を引く。岩海苔は笑いながら頷いた。
帰る前に海上に顔を出すと遠く離れた岸から人間がこちらを見つめていた。
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