そのさん
葦を編んでつくった鞄をかける。中にはおやつの真珠をいれて、海の中をゆったりとおよげば水が頬を撫でて気持ちがいい。海底には色とりどりの珊瑚が敷き詰められている。通り過ぎる魚たちに手を振ればキスをしたり、ヒレで撫でたりして挨拶してくれる。くすぐったくて心地よい。
「ねぇ、わたしの小さな友達さん。どこかで珍しいのもの見なかった?」
『みた?』
『みた?』
『みたかも。』
『みてない。』
珊瑚のまわりで遊ぶ魚たちに聞いてみれば口々に相談し始める。
『あれは?』
『あれ?』
『どれ?』
『それ?』
1匹が思いついたらしく『あれ』について説明する。
『うかんでた。ぷかぷか。』
他の魚たちも思い出したらしい、騒ぎ出した。
『それしってる。』
『ひれない。』
『うろこない。』
『なにそれ?』
「それは、どこにあるの?」
『あっち。』
『そっち。』
『こっち。』
『どっち?』
魚たちが一斉にひとつの方角をみる。一匹だけわからなかったらしい、みんなを見て慌てて同じ方向を向いた。
「ありがとう。」
お礼に魚たちの額にキスをする。
『やった。』
『うれしい。』
『わーい。』
『えへへ。』
慌てていた魚の額を指でつつけば、よろめいて混乱していた。
『おおきなとも、ひどい。』
その様がおかしくてクスクスと笑う。ごめんね、と言ってキスをすれば嬉しそうにくるりと回った。魚たちのなんてかわいいことだろう。手を振って別れを告げる。
『『『『ばいばーい。』』』』
魚たちは小さな子供みたいだ。
いつかわたしたちにも子供ができるのだろうか?
岩海苔とわたしの間に子供はできない。人魚には単一の性しかないのだから。人間の精を胎に入れなければ子はできない。それでもわたしたちはお互いに恋をする。番が子を身籠れば、2人で子育てをするのだ。たまに人間に恋してしまう人魚もいるけれど。そういう人魚をまっているのは悲恋、悲劇、破滅だ。だいたいろくなものじゃない。
岩海苔の子供は綺麗だろうな。深い色の髪の毛も、やわらかい笑顔も岩海苔に似ていたらいい。2人で育てたらどんなに楽しいだろう。三人で手をつないで、こんな風に散歩したりして、海底の貝に真珠をもらったり、魚たちに挨拶して。宝探しも、三人でするようになるのかも。
岩海苔が他の人に触れられるのはいやだけど、それはきっと素敵な日々に違いない。
そんなことを思いながらわたしは魚たちの指した方へ泳ぐ。
「なにあれ。」
水面にぷかぷか浮かぶそれは、初めて見るそれだった。
鱗の全くないからだ。
ひれのない皮膚。
二つに分かれた尾。
私たちによく似た上半身。
いや、知っている。知っているけど。見たのは初めてだ。
「人間だ。」