8. 革命
巨鳥たちが島に襲来し人々が大混乱に陥る30分ほど前、
メイン会場では町長の挨拶が終わり、色とりどりの美しい花火が夜空に打ち上げられ、
マーチングバンドによる華やかな演奏が始まるなど人々の興奮は正に最高潮に達しようとしていた。
そんな中、来賓用に用意された建物の一室でお茶とお菓子を用意しながら
何やら浮かない顔をしている少女が一人。
「はあ~、レオンにちょっと悪いことしちゃったかな」
誰に聞かせるでもなく自然と口から漏れ出たその言葉には、自分がついた嘘によって
親友の少年を悪者にしてしまったことに対する後悔と自責の念がほんの少しだけ
含まれていた。
だってあの状況じゃ仕方なかったじゃない。あそこで変に別の言い訳をしたところで
セカッチ先輩にいらぬ追求をされていたに違いないわ。
だったら話の流れに沿ってレオンを悪者にした方がよっぽどスムーズに事が運ぶのよ。
でも、歩くのが遅いってだけで急に女の子を殴り飛ばすってよくよく考えたらヤバイ奴よね。
うん、かなりヤバイ奴だわ。レオンについて変な噂を広げないよう先輩に釘を刺しておかないと、
今後ずーっとアイツは女の子たちから軽蔑されて寄り付かれなくなるかも。
いやちょっと待って。それはそれで私にとっては都合がいい……かな。
う~~~ん。
「ちょっとルナちゃん、もうすぐお客さんたちが到着するってのに何て顔してんだい。
こういう時はね常に笑顔だよ。え・が・お! 」
私がよく行く青果店の店長であるサリーおばさんだ。明朗快活、活発艶麗。
どんな時でも笑顔を絶やさず、来店する人たちをも元気づけてくれる彼女の
ことを気に入っている人は多く、私も幼少の時からずっとお世話になっていた。
「すいません、ちょっと考え事してて。私そんなに難しい顔してました? 」
「ああ、してたしてた。こんなかお~」
サリーさんがあまりにおかしな顔をしたので思わず手に持っていたティーカップを
落としそうになった。
「プッ、してませんよそんな顔~」
「いいやしてたね、こう眉間に皺寄せてさ。せっかくのカワイイ顔が台無しだよ。
ほら、笑って笑って。ハハハハハハッ」
「ふふふふっ、もうサリーさんったら……」
二人で笑い合いながら準備を進めていると建物の外からひと際大きな歓声が上がった。
「おっ、地上からのお客さん達とうとうやってきたみたいだよ。ここはもういいから
ちょっと外に出て見てきてごらんよ」
「えっ、でも悪いですよ」
「いいからいいから、私はもう何回か見たからね。あんたはまだそんなにじっくり見たことないだろ」
確かに以前、黒点式を見た時はまだ4歳くらいだったのでどんな光景だったのか
あまり覚えていない。覚えているのは花火が綺麗だったことと、
屋台で母に買ってもらった綿あめがおいしかったことくらいだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ。少し見たら、すぐに戻ってきますから」
「はいはいお構いなく。いいからゆっくりしておいで」
サリーさんに笑顔で見送られた私は部屋を出て建物の入口へ向かった。
来賓用の建物なのでメインとなる舞台からは目と鼻の先だ。
扉を開け、建物から一歩外に出ると人々の熱気に頭のてっぺんからつま先まで一瞬で包まれた。
「うわぁ、見てみてあれ」
「デケえええ」
「すごい、すごおーい」
人々は口々に感嘆の声を上げ、一斉に空を見上げ始めたので、私も彼らに倣って視線を上へと向けた。
「あっ! 」
思わず息を飲む光景だった。
闇夜に浮かぶ真っ白な箱型の巨艦はまるで見えない壁にでも貼り付いているかのように
ピタリと空中に静止していた。
会場からの照明装置によって照らし出されたその姿は純白に光り輝き、
この天上に存在するものとは異質の、ある種神々しさまでもが感じられるようだった。
「きれい……」
ごく自然とそう呟いていた。おそらくこの場にいる多くの人も同様に感じていることだろう。
と同時にあの中に乗っている地上の人たちに対しての興味がふつふつと湧いてきた。
彼らはどんな姿をして、どんな喋り方をするのだろう。
髪の色は、肌の色は、瞳の色は私たちとは異なるのだろうか。
しかし式典の最中は私たちが着ているローブと同じように特別な身なりをしているので
顔や体型は分からないという話も事前に聞いている。
ああ、でも早く会ってみたい。
その時、ふと左頬に貼ったままのガーゼが気になった。
この顔のままお客さん達を出迎えるのは少し気が引ける。
そこでベリベリとガーゼを剥がし、そっと頬に触れてみた。
まだ少し腫れていたが気になるほどではなくなっていた。
「あ、おっきいお船降りてきたよ」
「うん、地上のひとたちもうすぐ出てくるね」
隣で小さな子供たちが地上からの船を見ようと、人垣の間から必死に首を伸ばしていた。
私も11年前はレオンとこんな感じで見てたんだっけ。
でもどうして当時のことをあまり覚えてないのだろう。
何か……何か大事なことを忘れているような。
私は11年前のあの日、ここで何かを見た……?
しばらく考え込んでいたが町長の呼びかけでふと我に返った。
「さあ、皆さん地上の友人たちがもう間もなく現れます。盛大な拍手をお願い致します」
人々から割れんばかりの拍手と歓声が送られる。
方舟は舞台のすぐ脇に静かに着陸すると、その側面に設けられた出入り口用の扉が
音を立てて開き中から続々と地上人たちが降りてきた。
彼らの服装は事前に聞いていたとおり、やはり非常に特徴的なものだった。
ゆったりとした白色のローブを纏い頭にも深々とフードをかぶっている。
そのため背の高低は分かっても男性か女性かは見た目だけでは判断しづらい。
顔には各々、全体を覆うような仮面を全員が着けていた。あれも私たちのローブの紋章のように
地上側の何かを模したものなのだろうか。
手には革製のグローブをはめ、足にはブーツを履いている。
方舟から舞台までの通り道に引かれた赤い絨毯の上を皆粛々と進んでいった。
先頭で彼らを率いていた代表と思われる人物だけが町長のいる壇上へあがると、
残りの4、50人程の人たちは会場に集まっている人々の方を向き一列に整列した。
町長は地上側の代表と向き合うと武骨な笑顔で歓迎の挨拶を始めた。
「本日は地上からこの天空島ヴァリスまで遠い所をお越しいただき誠に感謝しております。
私は現在この島の代表を務めておりますボルト=カーチスと申します。
地上側と天上側との友好の証としてこれまで続いてきました伝統行事をこの度も無事
開催できましたことを嬉しく思っております。
お互いに文化や環境の違いはありますでしょうが、これからも互いの平和と繁栄を祈り
未来永劫このような素晴らしい関係を築いていきましょう」
そう言って右手を差し出し握手を求めた。
「…………」
だが、しばらくしても地上側の代表は町長を正面に見据えたまま何も話さず、
握手にも応じようとはしなかった。
フードや仮面のせいでどんな表情をしているのか、何を考えているのかが全く読み取れず、
町長もバツが悪そうに手を引っ込めるしかなかった。
「いや、これは……。我々に何か不手際でもございましたでしょうか。もしそうであるなら
先に謝罪しておかねばなりません」
「フッ……フフフ、謝罪……謝罪か」
代表らしき者は不意に声を発した。仮面越しなのでくぐもってはいるが若い男性のようだ。
「貴様らが今さらどれほど謝ったところで我々にとっては何の意味も持たんさ。
むしろ黙ってひたすら地面に這いつくばっていてくれた方が我々にとってはよっぽど
都合がいい、この下衆どもめが」
この言葉を聞いて会場に集まった人々の間からも流石に言いすぎではないか等のヤジが
そこかしこで上がりだした。
町長はすかさず左手を振り上げ、人々をなだめる。
「お言葉ですが代表殿、我々の対応に何か不躾な点がありましたのなら今すぐにでも
謝罪致します。ですが、先ほどおっしゃったことの真意がよく分かりませんな。
我々にも理解できるよう分かりやすくご説明いただけませんか」
まだ笑顔を何とか保っていたが、町長の両手は固く握られ小刻みに震えていた。
その質問に対し、少し間を置いてから代表の男はゆっくりと話し出した。
「光の届かぬ大地に植えられた植物は、光を求め懸命に茎を伸ばし、葉を伸ばす。
少しでも高く、少しでも遠く。たとえ光に届くことはないと分かっていてもな。
それでも光を得ることができなければ簡単に枯れてしまうだろう。
だが我々は植物とは異なるのだ。考える頭を持ち、行動できる体を持つ。
今日この場に立っているのは呆けた式典のためではない、我々地上人の手に
この美しい空と母なる太陽を取り戻し、新たな歴史を切り開く革命のためなのだ」
ブオオオオーーーーン。
彼が言い終わると同時に一台のスカイバイクが勢いよく会場の上空に現れた。
集まった人々が何事かと騒ぎだし、警備兵が動き出そうとしたその時、
ドスッ……
ぶ厚い肉の塊に思い切り鉄串を刺し込んだような鈍い音が壇上から発せられた。
人々の視線が一斉にそちらへと注がれる。
「な、な……に……を……」
「我々の革命のため君たちには尊い犠牲となってもらう。憐れな雲上人諸君」
代表の男は町長の胸に突き立てた長い剣を一気に引き抜いた。
途端、真っ赤な鮮血が傷口から噴き出し男が着ている純白のローブを紅く染めた。
町長は膝から崩れ落ち、舞台の冷たい床に力なく倒れ込んだ。
「いやああああああああああああああああああ」
「きゃあああああああああああああ」
女性たちの絶叫に近い悲鳴が上がる。
「何をしている。さっさとソイツを取り押さえろ」
警備兵たちが一斉に壇上の男目指して駆け寄ろうとする。
「やれ」
全身を血で赤く染めた男は人々の方を振り向くと右手に持った剣を掲げ、冷たくそう言い放った。
するとそれまで微動だにせず一列に整列していた地上人の何人かが
ローブの下から短機関銃を取り出し、人々に向け躊躇なく乱射し始めた。
バババババババババババババババババッッ
ズドドドドドドドドドドドドドドッドドッ
「うっ……」
「ぐっ……」
「ギャアア……」
舞台に近い場所にいた何人かが次々と倒れ周辺は一瞬にして血の海に変わった。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおお」
「うわあああああああああああ」
「助けてええええええ~~~~」
「いやだ~死にたくない死にたくないいいいいいいい」
なおも続く容赦のない発砲から逃げ出そうと、人々は四方八方へ逃げ出した。
その様子を見た私も咄嗟に近くに置いてあった看板の陰に身を隠し様子をうかがった。
ダメ、こんな所に隠れていてもすぐあいつらに見つかっちゃう。もっと遠くへ逃げないと。
傍らに目をやると数メートルも離れていない場所に血だまりの中、倒れている人たちが何人か見えた。
皆、ピクリとも動かなかい。
思わず口を両手で覆う。酷い……こんなの酷すぎる。
しばらくして辺り一帯にはまだ硝煙と砂ぼこりが舞っていたが、
激しい銃声は次第に彼女のいる場所から遠ざかりつつあった。
今なら行けるかも。そう彼女が思い立った時、砂ぼこりの向こうから何者かが近づいてくる気配がした。
思わず姿勢を低くして身構える。何か武器にできそうなものが身近にあればよかったが残念ながら
適当なものが見つからなかった。
相手も警戒しているようで、ゆっくりゆっくりと近づいてくる。
彼女は両の拳を固く握ると、レオンの祖父から教えてもらった対人格闘術を思い出し、
迎撃の態勢を整えた。
巨鳥相手の時はどうにもできなかったが相手は人間だ。落ち着いて対処すれば必ず活路は見出せるはず。
一歩、二歩……、もうすぐそこまで相手が迫っている。
彼女はさらに拳を固く握りしめると、意を決してその人影に向かい飛びかかった。
「はあああああああああああ」
「ちょっと待って待って、私よ、わ・た・し。あんたルナちゃんかい? 」
聞き覚えのある声だった。怯えているのか若干震えてはいるが、つい先ほども聞いていた
ハリのある威勢の良い声を聞き間違えるはずもない。
「サリーさん! どうしてここにいるんですか。危ないですから早く戻ってください」
フライパンを両手でギュッと握りしめ、辺りを警戒しながらサリーさんは言った。
「だって外から銃声がしたかと思うと、この有り様だろ。あんたも危険な目に合ってるかと思ったら
いてもたってもいられなくなっちまったんだよ。なんせあんたのお母さんとは、ずーっと昔から
顔なじみだしねぇ。もしもあんたに何かあったらと思うと……」
「あ~分かりました、分かりましたから。それじゃあ早くここから逃げましょう。こんな所で
のんびり話してる場合じゃないですから」
「ああそうだね。すぐそこの建物にみんな避難してるから私たちも向かうとするかい」
いつまたアイツらが戻ってくるかもしれないと思うと一刻も早くここを離れたかった。
のんびりしているサリーさんの背中を急かすように押しながら、二人で建物へ向かって歩き出す。
その時、不意に自分たちの周囲だけが暗くなった気がした。
今は夜なので暗闇が辺りを包み込んでいるのは当然だ。しかし会場の照明装置はまだ生きているし、
混乱の中、そこら中で火の手が上がっていたので足元を確かめるくらいの明かりはあった。
不思議に思った私はふと上を見上げた。その瞬間……
ドガアアアアーーーーーーーン
凄まじい衝撃と風圧に私の体はまるで赤ん坊に振り回される人形のように弾き飛ばされた。
固い道路に背中からドンッと叩きつけられ、呼吸がうまくできない。
しばらくして何とか息を整え、ふらつく体をゆっくり起こしたのち、自分の体を確かめた。
幸いなことに腕や足は多少痛んだが、どこも折れてはいないようだった。
おばさんは……サリーおばさんは無事だろうか。
先ほどの衝撃の正体を確かめるべく自分が今までいた場所に目を凝らした。
グチュクチャ、クチュクチャ……
舞いあがる砂塵の向こうには巨大な影がうごめいていた。
次第に視界が晴れてくるに従い、その姿はより一層あらわになる。
燃え上がる炎に照らし出されたその紅い体は、今朝見たときよりもさらに巨大に感じられた。
「真紅の女王…………」
不覚だった。レオンのお爺さんにあれほど空に注意するよう言われていたのに。
地上人の奇襲に気を取られてそれどころではなかったとはいえこの状況は最悪だ。
アイツが何かに夢中になっている間におばさんを連れて一刻も早くここを離れなくては。
だが周囲を見回してみてもサリーさんの姿はどこにもなかった。
もっと遠くまで飛ばされてしまったのだろうか。焦る心を押さえながら必死におばさんの姿を探す。
クチャクチュ、グチュクチャ……
その間にもアイツが何かをついばんでいるような不快な音がずっと続いていた。
さっきから何の音なの、気持ち悪い。
なるべく見たくはなかったが、アイツの足元にある物体を確かめるためにもう少しだけ
上体を起こした。
「……うっ……嘘……でしょ……」
そこには腹を裂かれ、内臓をズルズルと引きずり出されているサリーさんの無残な姿があった。
目を見開き必死に腕を伸ばしたその姿は、きっと懸命に助けを求めていたに違いない。
奴が頭を振るたび、そこらじゅうに彼女の血と内蔵がビチャビチャと飛び散った。
途端、猛烈な吐き気に襲われ口の中に嫌な酸味が広がり、両目には涙が溢れた。
私だ、私のせいだ。アイツの狙いは私だったはず。なのに近くにいたサリーさんを巻き込んでしまった。
さっきまで普段と変わらず元気でいたサリーさん、それが何故あんなむごい姿にされる必要があるの。
こんなのあんまりよ……酷すぎるじゃない……。
両目から溢れだした涙は頬を伝い、ポタポタと乾いた地面を濡らした。
何て顔してんだいルナちゃん、カワイイ顔が台無しだよ。ほらっ笑顔笑顔!
その時、頭の中にいつも聞いていたおばさんの声が何度も響いた。
そう……だよね。いつまでも泣いてたらまたサリーさんに怒られちゃうよね。
私はゆっくりと立ち上がり、両目の涙をグイッっと乱暴に拭うと
大きく息を吸い込み、闇夜にうごめく巨体に向かってあらん限りの声で叫んだ。
「おいコラ、そこのバカ鳥! あんたの狙いは私でしょ。私はここよ、ここにいるわっ! 」
すると巨鳥は動きを急に止め、その大きな体に見合わないほど素早い動きで顔を上げると
血走った金色の瞳で私のことをまっすぐ見据えた。
あの瞳、それにあの紅い体……間違いない、今朝レオンとあの遺跡で会った鳥だわ。
でも咄嗟に叫んじゃったけど……よく考えたら今のわたし丸腰じゃない。
どうするのよ、こんなことならレオンに対動物用のスモッグボールをいくつか貰っておけば
よかったわ。
とにかく隙を見つけて何とか逃げ切……。
「グギャアアアアアアアアッーーーーーーーー」
巨鳥は突然、耳をつんざくような咆哮を上げたかと思うと鋭い鉤爪がついた足で地面を抉れんばかりに
蹴りあげ、猛烈な勢いで突進してきた。
殺す、お前だけは必ず殺してやる……言葉が通じずともその気迫がこちらまでビンビンと伝わってきた。
確かにあなたの大切な子供を奪ってしまったことは謝るわ。でもね、だからってむざむざ
殺されてたまるもんですか。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッと地響きが感じられるほどの勢いで突進してくる巨体をもう少しで
蹴り殺されそうというギリギリの所まで引きつけ、何とか右に飛び退いた。
ガシャーーーーーン
目の前の目標を突然失った巨鳥は方向転換をしようと踏ん張ったが、勢いを殺しきれず
そのまま道路の端に放置されていた焼鳥屋の屋台へ派手に突っ込んだ。
串に刺さった鳥肉が何本も宙を舞う。タレがよくしみ込んだジューシーな串焼きは子供だけでなく
大人たちにも大人気でみんなが祭りのたびに楽しみにしている物の一つだ。
ぶつかった時に頭でもぶつけたのか、巨鳥はもがくばかりでなかなか出てこれないようだった。
よし、今よ!
私はこの絶好のチャンスを逃すまいと全力で走りだした。
今、この機会を逃せば次はないだろう。アイツはそれほど甘くない。
ここに来てそれまで纏っていたローブを脱ぎ捨てた。借り物のローブだったが捨てていくのに
躊躇などしていられない。無事に助かったら必ず弁償しますから。そう心の中で叫びつつ、
しゃにむに手足を動かした。
だが、十数メートル走った所で希望はすぐに絶望へと変わった。
ドンッ!
ドンッ!
ドドンッ!
グレート・コックスは巨鳥の中でも頭が良く、集団で獲物を追い詰める狩りを行う。
さっきの耳を塞ぎたくなるような咆哮は威嚇のためじゃない、仲間を呼び寄せるためのものだったんだ。
前方、右、左と新たに空から舞い降りた三頭のグレート・コックスに行く手を阻まれ、後方からも
先ほどの紅い巨鳥がドス、ドスッと足音を響かせ迫っていた。
こんなの……もう無理だよ、逃げられないよ……。
自分の命の危機が迫っているというのに急に家族のことが頭に浮かんだ。
お父さん、お母さん、それにユナは無事だろうか。
聡明な父のことだから、いちはやく危険を察知して母や妹を連れ安全なところまで
逃げのびていることだろう。
お父さん、お母さん、今までわがままばかり言って困らせることしかしなかったね。
本当にごめんなさい。
ユナ、これからはあなたがお父さんとお母さんの側にいてあげて。そして、いつか格好いい彼氏を
見つけて幸せな人生を歩んでね。
そして……レオン、あなたとは小さい頃からずっと一緒だったよね。
普段は不真面目でおちゃらけてる所もあるけど、時々すっごく頼りになる時もあって
私にとっては本当のお兄ちゃんみたいだったよ。
今夜、一緒に星を見に行く約束、悪いけど私行けそうにないや。
あ~あせっかくのいい機会だったのにな。
昔一緒におばあちゃんから聞いた黒点式の夜のおまじない、
レオンは覚えてたかな? ううん、きっと忘れてるはず。
私ね……本当はレオンのこと……ずっと、ずっと前から……
四方を巨鳥たちに取り囲まれ、完全に死を覚悟した時、
鳥たちの隙間から何か白いものが動くのがかすかに見えた……あれは。
バンッバンッバンッバンッバンッ!!!
先ほど会場で地上人たちが乱射していた機関銃の音とは違う
自動式拳銃による発砲音がけたたましく響いた。
「ゲギャアアアアアアアアアアアアアアア」
「グギャアアアアアアアアアアアアアアア」
そのうちの何発かが命中したようで二頭の巨鳥がよろめき、私の目の前に何とか
すり抜けられそうな道ができた。
その隙間からグイッとグローブをはめた手が伸びてきたかと思うと、私の右手をガッチリと掴み
巨鳥たちの包囲網から引っ張り出してくれた。
「こっちへ」
「えっ……」
言われるがままに手を引かれ、すぐそばの横道に入ると、より入り組んだ路地裏を目指して
二人で走り出した。
恐ろしい巨鳥たちから何とか逃れることができて九死に一生を得たのだが
私の心はどうにも晴れず、むしろ様々な疑問が頭の中に次々と浮かんでいた。
なぜなら今、私を救い出し手を引いている人物が純白のローブを身に纏い、
顔全体を覆う仮面を付けているからだ。