7. 真相
格納庫の中は薄暗かった。天井付近の明かり取りから月の光が差し込んでいるものの、
手前に駐車してあるスカイバイクが何とか見える程度で奥の方まではよく見えない。
俺は電気を点けようと照明スイッチに手を伸ばしたが、そこでピタリと手を止めた。
待てよ、今ここに誰か入ってきたならなぜそいつは電気を点けなかった。
暗がりで何か秘密裏に行動したい時、いちいち明かりを点けるバカはいない。
実際、俺も今朝はじいちゃんに気づかれないよう電気など点けずコッソリ家を出た。
ということは今この中にいる人間は少なくとも表立った行動はしたくない人物だということだ。
そこで俺は明かりは点けず、なるべく足音を立てないよう抜き足差し足で部屋の奥へと向かった。
途中、着ているローブがバイクのハンドルに引っ掛かり倒しそうになったが、ギリギリのところで
何とか将棋倒しになるのだけは防いだ。
ふーっと一息つくと、やはり奥に人がいる気配がする。
シュルシュルっとロープが擦れるような音がする。何だ……何をしている?
もう少し近づいてよく見ようと歩きだした時、誤って床に置いてあった工具箱を蹴り飛ばしてしまった。
カシャガシャカッシャーン……
金属製の工具類がぶつかり合う盛大な音が部屋中に響き渡った。
「誰だ! 」
案の定というかやはり見つかってしまった。これ以上隠れていても仕方ないので、
仕方なくこちらもその暗がりにいる人物に対して呼び掛けた。
「すいません。俺、今日ここらの警備を任されてる者なんですが、ちょうど
あなたがここに入っていくのが見えたんで、何かあったのかなと思って追いかけてきたんです」
本当はお前こそ何者だよと聞きたかったが、相手の出方が分からない以上、
まずは穏便に事を進めるしかない。
「ふっ、何だ。誰かと思えば君かね、レオン=バルディア君」
この絡みつくようなどこか嫌みったらしい物言いには聞き覚えがあった。
しかもつい先ほどのことだから、まだはっきりと覚えている。
「あなたこそこんな所で何をしてるんですか。セカッチ先輩」
「なあに、式典の関係でちょっと運ばなければならないものがあったからコイツが必要になっただけさ」
奴はそう言ってバイクをポンと叩いた。
暗がりから月明かりの下へ歩み出てくると、その顔には不敵な笑みを浮かべていて、
どうにも信用ならない雰囲気をプンプンと漂わせていた。
「そうですか、だったら俺も運ぶの手伝いますよ。一人じゃ大変でしょう」
「いや結構だ。僕一人で十分運べるものだからな」
「まあそう言わずに。後輩として先輩をお手伝いするのは当然の義務ですので」
「いいと言っているだろう!貴様は早く元の持ち場へ戻れ」
最初は冷静を装っていたが、ちっとも引き下がらない俺に対しどんどん苛立ちを
募らせているのが手に取るように分かった。
「大丈夫ですって、今は連れの方に見張りを任せてますから」
そう言って、セカッチを押しのけ強引にバイクへ近づこうとすると、
奴もいい加減我慢できなくなったのか、ローブの下に携えている剣を
鞘からサッと引き抜くと、俺の喉元へピタリと突きつけてきた。
「貴様、それ以上近づいてみろ。どうなるか分かってるのか」
「へ~何がどうなるっていうんです。教えて下さいよ先輩」
奴の顔からは先ほどまでの不敵な笑みが消え、今はまるで獲物を仕留めんとする
獣のごとき凶悪な顔で俺を睨みつけていた。
「チッ、僕は貴様のそういう余裕ぶった態度が以前から気に入らなかったんだ。
だが……それも今日で終わりだ」
「終わり? どういう意味だよそれ」
「知りたいか? ククッ……ハハハハハハッ」
何だ、コイツはいったい何を……。
俺は奴から顔を逸らすと、暗がりに置いてある奴のバイクに目をやった。
バイクの荷台には乱暴にひもで括り付けられた何か白くて丸いものが見える。
「コレはっ! グレート・コックスの卵……なんで、どうしてコレがここにあるんだ」
「ククッ、僕はねこの日のためにどうしたら最も効率よく町を混乱に陥れることが
できるのかをずっと考えてきたんだ。
当初の計画では町の至る所に爆弾を仕掛けるつもりだった。だが、偶然にも
もっと簡単でかつ自分の手を汚さずに人々を狂乱の渦に巻き込む方法を思いついてね」
自己に陶酔しているかのようにニタニタと気味の悪い笑顔をこちらへ向けながら
さらに奴は話しを続けた。
「僕は今朝、アイツらの巣から卵を盗み出した。でもそのすぐ後に貴様とルナ君までもが
あの遺跡に来ることは想定外だったよ。だが、そのおかげで奴らを
この島へ引きつける良い”餌”が増えた。そのことについてはとても感謝しているよ」
どういうことだ、町を混乱させる? 爆弾? 計画?
分からない。一体コイツは何を言っているんだ。
「……どうしてだ、どうしてあんたはこんなことを」
「どうしてだと……フンッ、生まれた時から雲の上でぬくぬくと日の光を浴びて
育ったお前たちには一生かかっても分からんだろうさ。
自らを雲上人と呼び、地上の人々を蔑む貴様らにはな」
「地上の人々だと……まさかお前は……」
「そうだ。僕は11年前に地上からこの天上へと送り込まれた地上人だよ」
「なっ! 」
地上人だと、馬鹿な。確か黒点式の日だけ特別に天上と地上の交流が認められているだけで
式が終わり次第、地上人は直ちに地上へ帰ることが義務付けられていたはず。
ということはこいつ、今まで雲上人になりすましてたってことか。
「貴様は地上に住む人々がどんな暮らしをしているのか知っているか?
見渡す限りどこまでも続く暗い雲の下、満足に日も差し込まない荒廃した大地で、
わずかな食料や水を奪い合う。そんな暮らしがもう何百年と続いてきたんだ。
僕たちがどんな思いをして生きてきたのか貴様らに分かるわけないだろう」
眉間に青筋を立て、そうまくし立てる奴に対して俺は咄嗟に言い返すことができなかった。
確かに学校での授業や歴史資料館などで地上のことを学ぶ機会はあった。
だが、それはあくまでも歴史上のことであって実際に地上にいる人たちが
どんな暮らしをして、どんな思いをしているのかを知っている人も場所も書物もない。
天上ではまるで地上に人など住んでいないかのように誰もがその事実から目を逸らしていた。
「確かに俺は地上の人たちがどんな風に暮してるのか知らない。でもだからって
こんなこと許されるわけないだろ。
そうだ、今からでも町長に言って地上の人たちと話し合う場を設けてもらおう。
あの人ならきっと分かってくれるはずだ」
「話し合いだと?貴様は知らんかもしれんがな、僕たちが今までいくら地上の惨状を
訴えてもこの島の奴らは一向に動こうとはしなかった。
天地不可侵条約を盾に相互不干渉を決め込んだんだ」
「そんな……。町長も島の大人たちも誰一人そんなことになってるなんて教えてはくれなかった」
「ハハハハッ、だろうな。結局雲の上に住む奴らは身捨てたんだよ、地上に住む
汚い地上人のことなんてな。
だから僕たちは決めたんだ。この美しい蒼空と暖かな太陽を自分たちの手で取り戻そうと。
今夜はその新たな歴史が刻まれる第一歩となるんだ」
奴は俺に剣を向けたまま壁際まで行き、入出庫用の開閉スイッチを押した。
ギギギギギと軋む音を立てながら格納庫の側面に設けられたシャッターが徐々に上がっていく。
その隙間からは会場の明かりが見え、地上からの客人を迎えようと熱狂する町の人々の歓声も
聞こえてきた。
ダメだ。みんな今すぐそこから逃げろ。奴らは……奴らの目的は……。
「さて、君とのおしゃべりもそろそろ終わりにしようか。僕ももう行かなければならないのでね。
本当だったら君にはそこら辺で鳥どもの餌にでもなってもらうつもりだったんだが、こうして
僕の前に現れた以上、ここで息の根を止めさせてもらうよ」
言い終えると、奴は剣を持つ右手にさらにグッと力を込めた。
俺にピタリと狙いをつけ、上半身を大きくひねり右腕を高く振り上げる。
そんな一連の動作を見つめながら、俺の頭の中では様々な考えが目まぐるしく行きかっていた。
地上のこと、目の前のコイツのこと、巨鳥のこと、島のみんなのこと、そしてルナのこと。
正直言って天上と地上の間のいざこざのことなんて突然聞いたところでよく分からない。
ざっと聞いた感じでは確かに天上側が悪いような気もする。けど、今この状況でもっと大事なのは、
もしここで俺が死んだら、誰が町のみんなにこの危機を知らせるんだということだ。
死ねない、死なない。俺はまだこんな所で死ぬわけにはいかない。
そう強く思った瞬間、体はもう自然と動いていた。
パッとローブを広げると右手で腰に差している祭礼用の剣をガッと掴み、力一杯鞘から引き抜いた。
ガギイイイイイイイインッ……
下から切り上げた俺の剣と上から振り下ろしてきた奴の剣が空中で激しくぶつかり合い、
一瞬暗闇に火花が飛び散る。
そのまま奴の剣を振り払うと、脇腹目がけて二撃目を叩きこんだ。
「グフッ……」
祭礼用の剣なので斬れることはないが、今のはかなり手ごたえがあった。
「こんな所でおとなしく死んでたまるかよ」
「ゴホッ、ゴホッ……度胸だけはいいようだな。だがそんなオモチャで何ができる。
僕の剣は君のと違って本物だぞ」
「へっお前を気絶させるにはこいつで十分なんだよ」
「面白いその余裕どこまで持つか試してやろう」
そう言って奴は俺との間をじりじりと詰めてきた。
マズイ。ああは言ったものの、この剣は戦闘用としては作られていない。
おそらく本気で打ち合ったらあと数発でひびが入り砕けてしまうだろう。
どうする……。
「どうした、いつもの口だけか? ならこちらからいくぞ」
奴が剣を構え一気に俺との間を詰めようとした、まさにその時……。
「うわあああ~~~~、誰か、だれか助けてくださ~~~~~い」
あれは眼鏡君の声。普段は物静かなほうである眼鏡君があそこまで大声で助けを求めるなんて……。
何か命に関わるような緊急事態が起きたに違いない。まさか!
「来たかっ」
こちらの眼鏡は、また例の気味の悪いニタニタとした笑顔を見せたかと思うともう俺には
目もくれず自分が用意していたスカイバイクに素早く飛び乗り、ブルルンッとエンジンを掛けた。
「決着をつけることができなくて残念だが、どうせ君にはもっと無様な死が待っているだろう。
それはそれでまた面白い。では、せいぜい良いオトリとなってくれよレオン=バルディア君」
ブオオオオオオンッ
奴は一気にスロットルを引き、エンジンを吹かせるとバイクを急発進させ、
会場へ向けて一直線に疾走していった。
だんだん遠ざかっていく奴を見送っているうちに急にそれまでの緊張が解け、
その場にへたり込みそうになった。
けれど建物の外から聞こえてくるギャーギャーという鳴き声と
シャッターの外から見えるいくつもの巨大な黒い影がそれを許してくれそうもない。
まずは眼鏡君を助けにいかないと。
手にしていた剣を鞘に納め、纏っていたローブをバサッとその場に脱ぎ捨てると、
近くに停めてあったスカイバイクにまたがった。……が、肝心の鍵がない。
仕方ない、こういう緊急時にはあの方法を使っても誰も文句は言わないだろう。
見よ! 近所のちょいワル兄ちゃん直伝 『無錠起動術! 』
※スカイバイク(航空自動二輪車)
全長2~2.5メートル
正式には航空自動二輪車というが、実際に車輪が付いているわけではない。
あくまで見た目が地上を走る二輪車に似ていることからこう呼ばれている。
動力源には小型の反重力装置が組み込まれているが、車体に浮力を与える補助的な役目を
果たすのみであり、実際に推進力の元となっているのは地上を走る二輪車と同じ内燃機関である。
理論上最高速度は時速400キロ程度出る設計だが、安全のため普段は半分程度のパワーしか出ないよう
制限がかけられている。
だが、血気盛んな若者たちがこの制限を独自の方法で外し、夜な夜なバイクレースを楽しんでいるという
話も聞かれ町の警察官たちの頭痛の種となっている。
眼鏡君の声がした方へバイクを走らせながら俺は時折空を見上げた。
そこには満天の星空を遮るようにおびただしい数の巨大な影が飛び交っていた。
翼を広げたその姿は今朝、遺跡で対峙したアイツよりもさらに大きく感じる。
おいおいアイツら一体何匹いるんだ。島の周辺を警備する人数じゃ到底守りきれないぞ。
実際に何匹かはすでに島の中心部にある会場付近へと向かっているものもいるようだ。
「うわあああああ、来るな、頼むから来ないでええええええ」
前方へ視線を戻すと巨鳥が何匹か密集している場所があった。
あそこか! 今行くぞ眼鏡君っ。
ブオオオオオオオオオオンンッ
俺はバイクのエンジンをさらに吹かすと巨鳥たちが密集する中心部へ猛然と突っ込んでいった。
「ウオオオオ―----ッ」
けたたましいエンジン音と俺が発した怒号に巨鳥たちは驚き、その場から一斉に飛びのいた。
その隙に奴らの真ん中で小さくうずくまっていた眼鏡君を救出する。
あいつらに小突きまわされたのか彼のローブはボロボロで眼鏡もひび割れてしまっていた。
「乗れーーーー眼鏡君ッ! 」
「せんぱ~~~~~~~い」
涙や鼻水や汗やらでぐしゃぐしゃの顔をした眼鏡君を後部座席に乗せると、
再びアクセルを目一杯吹かして、今度は会場の方角へ向けて急発進させた。
「せんばい~~、ぼぐのこど助けに来でぐれて本当にぼんどうにありがとうございまず~。
ぜんぱいは命の恩人でず。このご恩はいっじょう忘れまぜん。一生せんばいにづいていぎます~」
目を真っ赤に腫らし、未だに涙や鼻水が止まらない彼の様子を気の毒に思いながらも
ひとまず無事救い出すことができホッと安心した。
「ごめんな、すぐに助けに行ってやれなくて。こっちも色々と取り込んでてさ。
でもそんなにボロボロになるまでよく耐えたな、ホント間に合ってよかったよ」
「はい、あのでっかい鳥たちに周りを取り囲まれた時には流石に死を覚悟しましたけどね。
ですが、なぜこんなことになっているんですか。あの鳥たちはいったい……。
もしかして先輩が今朝しでかしたことと何か関係が……」
「う~ん半分は正解だ。けどもう半分は……。とにかく今は説明してる時間も惜しい。
メイン会場まで急ぐぞ。そこに行けばきっと真実が分かるはずだ」
「真実……何やら事情がおありなんですね。分かりましたこのメガネック=ルー、
先輩の行く所なら例え火の中、水の中、でっかい鳥の群れの中にだってお伴致します」
「おうサンキュー眼鏡君、落ちないようにしっかり掴まってろよ。高度を上げて一気に突っ走るぞ」
「ハイッ」
普段、町中でスカイバイクを走らせる時は墜落の危険なども考慮し、地上から
3メートル以上の走行が禁止されているが、今はそんなことを言っている場合ではないので、
建物のはるか上空、会場の様子が見渡せる位置までグンと高度を上げた。
「先輩あれ……あれを見てください」
「クソ、遅かったか」
会場周辺に辿り着くとすでに会場だけではなく、町の方に至るまで
そこかしこから火の手が上がっていた。
舞い上がる炎の熱風でジリジリと肌が焦がされていくように感じる。
町の人々は突然の出来事にパニックを起こしたのか四方八方に逃げ惑っていた。
巨鳥たちはそんな人々を分断させ人数が少なくなった所から一斉に取り囲み襲っていた。
そして全員の息の根を止めるとまた次の獲物を探す。食べるためではない、
ただ殺戮のためだけに行われているおぞましい光景。
そんな中、銃や槍で果敢にグレート・コックスに立ち向かう警備隊や町の男たちも見受けられたが、
かなりの苦戦を強いられていた。
また別の場所では人間同士による激しい銃撃戦が繰り広げられている。あれは地上の……。
やはり奴の言っていたことは本当だったのか。
だが、この状況一体どうしたらいいんだ。地上の奴らと巨鳥たちと町の人々による三つ巴の混戦。
幸い地上の奴らはそれほど人数が多くないように見える。だとしたら、まずは数が多い巨鳥たちを
何とかするべきだろう。
「眼鏡君、鳥たちの中で体が燃えるように真っ赤な奴を探してくれ。そいつがこの群れのリーダーだ。
そいつさえ何とかできれば鳥たちの暴走は抑えられるかもしれない」
「分かりました。体が赤い奴ですね」
二人で懸命に会場やその周辺、町の方にまで目を凝らす。どこだ、どこにいるんだ真紅の女王……。
その間にも一人、また一人と巨鳥や地上の奴らの餌食となっていく人々が目に入る。クソッ……畜生め。
「見つけた、見つけました! あそこです。島の反対側に向かって飛んでるヤツ。
何かを追いかけてるように見えます」
俺の肩をバンバンと叩きながら大声で叫ぶ眼鏡君が指差した方向を見ると、
他の緑色の個体とは明らかに異なる真紅の巨体がその大きな翼をこれでもかと羽ばたかせ、
何かを追っているのが見えた。
あいつがそれほど必死に追いかけるもの……。
さらにその前方へ目を凝らす。そこには紅い巨体に追いつかれないよう
懸命にバイクを駆るセカッチがいた。
ヘッ、馬鹿な奴だ。結局自分が一番のオトリになってるじゃないか。
町をこんな風にした報いだ。そのままおとなしくアイツの餌にでもなってろ。
そう思ってゆっくり奴らの後を追おうとしたが、もう一度セカッチの
バイクをよく見たとき俺の心臓はドクンと大きな鼓動を打った。
「何で……何でお前までそこにいるんだよ」