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5. 黒点式開演

「レオせんぱ~い、あんまり身を乗り出しすぎて落ちないで下さいよ。

 黒点式の間は下からのお客さんの邪魔にならないよう自動転落防止装置(オートセーフティ )が切られてますから」


「それくらい言われなくてもちゃんと知ってるよ」


見渡す限りどこまでも続いているかのように思える広大な雲海。

その向こう側に今にも沈みかける太陽はその身を赤々と燃えたぎらせ雲間を鮮やかな橙へと染め上げる。

その暖かな光をこうして見ていると、なぜか安らぎと共に不安が同時に襲ってくるような

不思議な感覚に陥る。いつも見ているはずなのに何故かこれが最後となるような妙な感じだ。

次の瞬間、ビュウと風が全身を吹き抜けていった。

遮るものが何もないこの場所では常に心地よい風が吹き続いている。


さらに柵から身を乗り出し眼下に目をやると、ゆっくりとうねりながら動き続ける雲が

まるで生き物かのごとく感じられ、ふと気を許すとそこに吸い込まれてしまいそうな

錯覚を覚えた。


不意に腰のあたりをグイっと引っ張られた。


「だから危ないですって」

「ああ、悪ぃ眼鏡君」



会場の端の端の端というだけあって、この第8警備所はメインとなる舞台や

先ほどまでいた本部からは大分離れていた。

そのため会場の音楽や人々の喧騒もかすかに聞こえる程度だった。

まったくあのクソ眼鏡め、今度会ったらタダじゃおかない。

どうせだったら華々しい開会式を間近で見たかった。

そう思いつつも、ここから見える美しい夕日や間もなく日没とともに

現れる”黒点”に内心ワクワクしていた。


「ところで眼鏡君……」

「レオ先輩、前から何度も言ってますが僕の名前は”メガネック=ルー”であって、

 決して眼鏡君ではないのです」


さっきから俺のことを先輩と呼ぶ眼鏡を掛けた見るからに真面目そうなこのチビ助は、

メガネック=ルーといって俺の三つ年下だ。少し前に会ったムカツク眼鏡と違って、

こちらは面倒事を引き受けてくれたり、知らないことを嫌がらず教えてくれたりと

とても良い眼鏡で俺も大変気に入り可愛がっている。


今、俺と眼鏡君は二人でこの場所の見張りを任されていた。

見張りといっても名ばかりで、こうして駄弁っていても注意する人もいない。

近くにあるのはスカイバイクの格納庫やいくつかの倉庫くらいで

開会式直前となった今ではそこに出入りする人すら全くいなかった。


「なあ、眼鏡君。もうすぐそこに”黒点”っていうのが現れるのは知ってるんだけど、

 結局あれって何なんだろうな」


「……先輩、黒点が現れる理由などは散々授業でも習っているはずなんですが。

 ふっ、まあいいでしょう。僕が黒点の仕組みをこの世界の構造と

 古代からの歴史を踏まえ、ざっと3時間ほどで語ってあげましょう」


「いや、そういうのいいから。手短に3分くらいで頼む」


「んがっ! 」


真面目なのはいいんだが、いらないことまでダラダラと話が長いのが眼鏡君のたまに傷だ。


「分かりました……ではまずこの世界の構造から。

 先輩、この世界がなぜ天上と地上に分かれたのかは知ってますよね」


「え~っと、人間同士の争いで地上が崩壊していくのにうんざりした王様が

 自分の国を空へ浮かべたからだっけ」


「ざっくりいきましたね、確かにそのとおりです。

 そしてその時に天上側と地上側との間にとても大きな戦争が起きました。

 それこそが最古にして最大の戦争といわれる”終末戦争(ターミナル )”です」


「文献によるとこの戦争で地上の8分の1が消し飛び、戦死者は8千万人を超えたそうです。

 当時の世界総人口が4億人程度だったらしいですから、それがどれほど激烈なものだったかは

 その数字からもお分かりいただけると思います」


「ふんふん」


「長きにわたる死闘に次ぐ死闘の末、辛くも勝利を得た我らが始祖シャハーン国王は、

 その惨状に大いに心を痛め、以後二度とこのような悲劇が起きぬよう

 天上と地上との間を遮るように厚さ数百メートルに及ぶ巨大な雲壁を人工的に生み出し、

 地上をくまなく覆いました。

 それが今も僕たちの眼下に広がるこの雲海というわけです」


「ほう、凄いなシャハーン国王。それで肝心の黒点はどうなったんだ」


「まあそう慌てないで下さい、これから説明しますから」

そう言ってコホンと咳払いした眼鏡君はさらに説明を続けた。


「この雲は人工的なものとはいえ常にゆっくりと動き続け、地上を切れ間なく覆っています。

 ですが11年に一度だけその動きが乱れ、ある特定の場所に

 ごく短時間、天上と地上とをつなぐ”大穴”ができるんです」


「ふ~ん、なるほど」


「はい、そしてそこを通って地上からやってくる地上人(アンダー )の方々との

 交流行事こそ、まさにこれから行われる”黒点式”というわけです」


「へ~そういうことだったのか。フワリ先生の授業でも何回か聞いたような覚えは

 あったけど、眼鏡君の説明の方がよっぽど分かりやすいな」


「いやいや、そんなぁ先生に失礼ですよ~」


言ってから、もしここにフワリ先生がいて今の会話を聞かれていたら

今度は骨の一本でも砕かれていたかもしれないと思い、背筋が凍った。


「でもさ、一つだけ質問してもいいか」

「ええ、何ですか」


「その穴を通ってきた地上人(アンダー )の奴らが、昔みたいにこっちへ

 攻め込んでくることはないのか?」


眼鏡君は一瞬、間を置いてから答えた。


「あはは、確かに大昔はそんなこともあったみたいですよ。

 ですが、先ほども言ったように黒点が開いている時間はごくわずかなんです。

 大部隊を投入してこちらを侵略しようなんて無理ムリの無理な話です。

 何度か手酷い撃退を受けた地上側もいい加減学習したのか、天上側と地上側の

 国王との間で話し合いの場が持たれ『天地不可侵条約』が締結。

 以後、黒点式は平和的な交流の場となったというわけです」


「ぐ~、ぐ~……むにゃ……むにゃ」


「せんぱ~い、聞いておいて寝ないでくださ~い」


「ん……ああ終わった? 俺どうも難しい言葉が出てくると眠くなる性質(たち )なんだよ。

 それで、その不可能条約とやらで天地のみんなが仲良くなりました。めでたしめでたしって

 ことだよな」


「ふか……はい。まあそういうことでいいと思います、はい。

 おっと3分の予定が大分話し込んでしまいましたね」


眼鏡君のありがたい講義が終わると辺りはほぼ闇に包まれつつあり、

一つまた一つと星が瞬き始めていた。

星……星の伝説……。


「あ~~っ! 」

「何? 何ですか。急に大きな声出さないで下さいよ」


「思い出した。思い出したんだよ黒点式の夜の言い伝えを」

「黒点式の夜の? ああ、その日の夜、共に星を見た者は、

 友とは永遠の友情を、恋人とは永遠の愛情を育むことができるっていうあれですね」

「そうだよ、そう! 」


あー、どうしてそんな大事なことを忘れてたんだろう。

この祭りが終わった後、ルナと二人で裏山へ星を見に行くんだよな。

いや待てよ。ということはルナはどういう気持ちで俺を誘ったんだ。

親友として……いやいや。まさか……こ、恋人として……いやいやいやいやいや。


「もしかしてどなたか思う人がいるんですかぁ、それとももう約束済みだったりして~」

「い、いね~よそんなもん。ただそんなことを思い出しただけだ」

「へえ~それは残念。ちなみに僕はいますけどね~気になる人」


こ、こいつ見た目は子供のくせに。そっちの方は手が早いのか。


「おい、誰だよそれは。こっそり俺にだけ教えろよ」

「言えませんよそんなこと。それに誰かに喋ってしまうとその時点で効力がなくなってしまいますしね」

「あっ汚ねえ! さっき俺に喋らせようとしたじゃないか、この~眼鏡ッ子のクセに~」

「へへへ~」


二人でそんなたわいないやり取りをしているうちに、いつしかあの心地よい風も止んでいた。

いや、止んだんじゃない。流れが……変わった?

眼下の雲はぐるぐると渦を巻き始め、”その時”は着実に近づいていた。




会場では舞台に明かりが灯され、集まった人々が今か今かとその時を待ちわびていた。

あまりの熱気に額の汗を拭ったり、ローブの袖をまくる人や、裾をパタパタさせている子供もいる。

そんな中レオンとルナが住む町の町長であり、この島の代表でもあるボルト=カーチスが

壇上へ現れると人々の興奮は一気に最高潮へと達した。


「皆さんご静粛に」

低く威厳のある声で彼が人々にそう呼びかけると、つい先ほどまで騒がしかった会場は

水を打ったように静まり返った。


「本日はこのようにとても多くの方々にお集まりいただき大変嬉しく思います。

 長きにわたる伝統を途絶えさせることなく本日、無事こうして式を開催できましたことは、

 ひとえに皆様の多大なるお力添えのおかげと深く感謝しております」


「かつてこの世界は天と地に二分されました。それは全て人が引き起こした過ちのせいです。

 ですが我々は常に学ぶことができる。常に反省することもできる。

 そうやって一歩ずつ前に進み現在へ至っているのです。

 平和を願い、そしてそれを享受する権利は全ての人間に対し平等です。

 我々は元は一つの民。たとえ住む場所は違えど、彼らも心は一つなのです。

 争いのない平和な世界のため祈りましょう。

 そして天上と地上のさらなる繁栄を願いましょう」


彼がそう言って目を閉じ、胸の前で手を組むと会場に集まった人々もそれに倣った。


「さて、あまり長々と話しすぎて彼らをお待たせすることになっても申し訳ない。

 それではこれより黒点式を開催いたします。共に迎えようではありませんか、我らが同胞を」


彼が言い終えると、高らかにラッパの音が鳴り響き、会場の周囲からは色とりどりの花火が

何発も連続して満天の星空に向かって打ち上げられた。

人々は一斉に空を見上げ、大歓声が湧き起こった。



会場の方角から花火が打ちあがり、ひと際大きな歓声が上がったことで

開会式が始まったことを知った俺たちは警備のことなどそっちのけで

二人とも柵から身を乗り出すと島の下方に目を凝らした。


島のほぼ真下には、すでにぽっかりと巨大な大穴が口をあけており、

時折いく筋もの稲光が見え隠れしては雷鳴が轟いている。


「スゲェ、雲の中ってあんな風になってるのか」

「防壁用として作られた雲ですからね。中は雷と乱気流の嵐で並の飛行機械では5分と持ちませんよ」


そんなやり取りをしていると、穴の奥からブーンという低いエンジン音が

かすかに聞こえてきた。その音はこちらへ近づいてくるにつれ、どんどん大きくなる。

この島にあるスカイバイクや航空自動車(エアービークル )とは異なり、

もっと大きく重厚な物であることが音からでも分かった。


「見えました。あれです、穴の中心あたりの白いヤツ。あれが地上の航空艦 ”方舟(パンドラ )”です」



方舟( パンドラ)(中型航空輸送艦)

全長50メートル超

古代大戦時に地上軍が天上側の飛行機械を鹵獲し、動力源である反重力装置(グラビティマスター )

飛行性能を改良して生み出した航空輸送艦である。収容人数は100名前後。

天地不可侵条約が締結された際、軍事用の武器、機械等の破棄も条件に盛り込まれていたため

この方舟(パンドラ )も例外ではなく、多くが解体処分された。

そのため地上側に現存しているものはわずかであり、現在も稼働しているのは黒点式に

用いられる機体のみである。



最初は穴の中心に白い点にしか見えなかったそれは急速にスピードを増し、

こちらへ向かってきた。


「おいおいおい、ちょっと近すぎじゃないか」

「ぎゃああああ、ぶつかる、ぶつかっちゃいます~」


俺たちがいる場所のすれすれを勢いよく通り過ぎたと思うと、上空で一旦停止し、

会場へ向けて再び水平方向に遠ざかっていった。


通り過ぎて行った時の風圧で後方に吹き飛ばされ尻もちをついた俺と眼鏡君は

立ちあがって、尻をはたくとお互いに悪態をついた。


「何なんだよあれは。地上人(アンダー )ってのはあんなに礼儀知らずな奴ばかりなのか」


「まったくです。まさか地上人(アンダー )の方々も先輩みたいな人に

 礼儀知らずと言われてるなんて夢にも思わないでしょうね」


俺は黙ってうんうんと頷いた。……ん?


「眼鏡君それはどういう意味……」


今の言葉の意図を尋ねようとすると、彼は「さあ警備に戻らなくちゃ」などと

独り言を言いながら、足早に俺の元から遠ざかって行った。


う~む、どうやら今度は眼鏡君にも俺の個別授業を受けてもらう必要があるようだな。

そんなことを思いながら自分も警備に戻ろうとした時、何かが動く気配を感じた。


振り返ると、少し離れた所にあるスカイバイクの格納庫へ入る扉が

ちょうどバタンと閉まるところだった。

まだ開会式も始まったばかりのこんな時間に一体誰が……。

何か胸騒ぎを感じた俺は眼鏡君にしばらく一人で警備を任せると声を掛けてから

単身、格納庫へと乗り込んだ。



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